第 四 章 4



 ストレスによる身体化障害と診断され、デパスって薬が処方された。抗不安薬だった。


「あたし精神病なんですか!?」


 思わず声を上げてしまった。心の病気なんて、あたしには全く関係のないことだった。


 医者は言った。正しく飲めば安全な薬だから、そんなに構えなくても大丈夫。ただ、過度のストレスを感じているのは間違いないから、医者として服用をお勧めする。


 受け入れられなかったんだと思う。


 クラッシュしたあの日、あの瞬間、撒き散らされたオイルが1センチずれていれば、跳ね上がったバイクの落下点が10センチずれていれば――あたしは今でも現役レーサーだった。


 いくつもの偶然が作り出した暗い穴にあたしは墜落し、レース人生が絶たれた。あたしの努力が、積み上げてきたものが、すべてが崩れ去ってしまった。


 ――なんで!? どうしてあたしが!


 奈落の底から、あたしは絶叫した。


 それは恐怖に近く、受け入れるなんて、できるはずもなかった。


 受け入れられずとも、容赦なく時は過ぎ、あたしの体は回復してく。生きていかなきゃいけなくて、そのためには働かなくてはいけない。忙殺される日々に、つらさを忘れられる瞬間もあったけど、それは確かに重しになって、いつしか心は擦り切れ、ついに表に現れた。そんなとこなんだろう。


 あたしは薬の服用を受け入れた。医者の言うことはとりあえず聞いておく。怪我の多いレース人生で得た経験則だ。なにより、この喉のつかえが治るならなんでもよかった。


 薬の効果はいまいち感じられなかったけど、コロッと寝付けるようになって便利だった。寝不足は解消され、するとだんだんと喉のつかえがほぐれてきて、それを医者に伝えたら、薬の処方はあっさり終了してしまった。


 それ以降、経過診察で月一で通院していたが、最近は忙しさにかまけて行っていなかった。


 このことを社長は知らない。知られたくなかったし、知られたらなにを言われるか、わかったもんじゃない。


「再発とか、勘弁してよ……」


 原因はストレス――なんだろう。あたし、あいつのことをストレスに感じてるの?


 自分の部屋に戻り、戸棚を漁る。薬はあったが、二錠しか残っていなかった。





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