第471話―レモンを持ってあかね書店へ―

えたいの知れない不吉のかたまりが私の心を終始おさえつけていた。

久しぶりに読んだ文豪の一人に数えられる梶井基次郎かじいもとじろうの代表作の一つである[檸檬レモン]からの冒頭にある内容を慣れた道を無心になって歩いていたら突然と頭に浮かんできたのだ。

その後から人の輪郭と心地の良い響きが形と声として作られて記憶を鮮明に呼び出した。


(…まるで一瞬の夢を見ているようだ。

どうにも俺は、改めて自分の選択をしたことが後悔している。

現状維持であり来年から答えを出すことに、おそらく冬雅と真奈の二人に不誠実なっていないか心配して間違っていないかを恐れている)


7月の午前の暑さから汗とは別の俺は流れているのを感じながらも目的地に向かって歩いている。

ブロックへいの上には日向ぼっこしている猫が立ち上がり、おもむろに足を伸ばして歩いてどこかへと行く。

ぼんやりと見ていた野生の猫がいると日常生活の1ページさを感じるのは何故だろうかと益体のない思考をしていたと頭の外に振り払って二人どちらも幸せにさせられるか言葉を探す。

そうして糸口になる案も思いつかず気づけば目的地にたどり着いた。

看板を見上げて思ったことは物心がつく前から自分の名前が入っていたら取り下げて欲しいと言いたくなるだろうなぁであった。

あかね書店の門をくぐり涼しい風が吹いてくる。どうやら店内を快適するため性能が良さそうな冷房が回って

いる。


「いらっしゃいま…あっ。

ご無沙汰しております冬雅のお兄さん。わざわざ暑い中と時間を作って助太刀に応えてくれたこと

感謝しています」


「いやいやひまだったからもので」


雲のように穏やかで落ち着いた雰囲気をまとうのは女子大生になったばかりの三好茜みよしあかねさん。

あかね書店の制服を袖を通していて去年よりもどこか様になってきている。

よくよく見れば均等に揃えていた黒髪ショートは少し伸びている。


「あまり、まじまじと見られると困るのですけど」


「えっ…俺まじまじ見ていた?」


「はい」


「嫌悪感させるような視線を向けて、すみません三好さん」


「許してあげます。でも実を言うと今の発したのは嘘なんですよ」


「へっ、嘘ですか」


頬を緩めて微笑を浮かべる三好さん。そんな慈悲深そうで女神のような容姿とは裏腹に、ときどき表から出る部分。あくまで容姿とは別に精神や思考は美しさが必ずしも一致しないのは

知っているがギャップが強い。


「フフ、冬雅のお兄さんドキッとしました?」


「別の意味でね。せっかくの話してくれて嬉しいのだけど仕事をしないと」


久しぶりに話がつい1分以上ほど話をしていたが営業時間にある。

入口の近くで店員の二人が談笑を広げるのは印象として悪いだろう。

すぐカバンを置いてから着替えを終わらせると本を数冊を持って

本棚に向かう。

どうにも今日はアルバイトが休みであり三好さんの父親さんは熱があって安静中のこと。

娘と母親の二人でなら接客はなんとか出来るにも力仕事をするには厳しく戦力としてお願いされた事情があった。


「やっと、終わった」


なかなかの重労働であったと椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げながら独り言をつぶやく。

休憩室とはいえ誰かが見られば怪しい人であろう今の俺は。


「お疲れ様でした。おかげさまで無事に終わりました。冬雅のお兄さん今日が頑張って閉店時間まで働いてくれて助かりました」


休憩室のドアを開けて中に入ってきた三好さん。


「お疲れ様でした三好さん」


「いつもでしたら冬雅のお兄さんは積極性にやぶれて変わりない流れで真奈さんとイチャイチャしている時間帯でしたのに」


「そんなことないですから。

そんな展開なんて毎日するはずが……ないじゃ、です…か」


「ささいな揺さぶり攻撃でしたが心当たりがあったみたいですね。

…あの何か悩んでいることあります」


引きつったような笑顔で呆れていた三好さんは何かを思い出したのか真剣な表情を浮かべて訊いてきた。


「いや特には」


「気の所為てしたらいいのですが。仕事中に横目を向けるとうわの空になっているの少なくありませんてした。

悩みがあるのではないでしょうか?」


ほぼ一直線なシンプルでストレートな言葉だった。心配させたまま帰宅するのも罪悪感はあるし応えるべき

だろう。


「実は――」


起きたことや様々なことをかいつまんで説明をした。


「なるほど。その悩みが尽きないのはまるで発作のようですね。

ずっと隣にいたり延々と疑いのないほど続いていますと」

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