第372話―花恋とお餅―
夢のような毎日だった。
お正月、3日目の朝も冬雅に「おはよう」と挨拶して応えてくれるだけで幸福感が満ち溢れてきた。
言葉のレパートリーが尽きないなと談話中の朝食に呼び鈴の音が響く。
とうとう誰かが訪れてきた。
俺はその音に振り返ったのは、2日連続で鳴らなかったのかと不思議な気持ちで感慨深げになっていた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
さて、連打するだけで特定する人物は、かなり該当がつく。
ドアを開けると手を肩ほど高さで挙げて笑みを浮かべる。
「おぉー、寝癖がついているじゃん…あけおめ東洋お兄ちゃん。
私に会えずに、ずっと寂しくて夜も浅い睡眠しか取れずにいたと
思い面倒な挨拶を早く終わらせて来ました。えっへへ、照れないでくださいよ。で、どうですか!この晴れ着す・が・た・は…ど、
どうやら見惚れて言葉もないようですね」
マシンガントークの挨拶…彼女らしい。今年も
相槌を打つのだった。ともあれ、
晴れ着を感想を恥ずかしそうに訊いてくる胆力からして変わらず元気そうだ。
「ああ、明けましておめでとう花恋」
「それ以外すべてスルー?」
笑顔のまま傾げて出た言葉は示唆的であった。どうして晴れ着姿は何も言わないのかと。
後ろに冬雅がいるから極力この言葉を避けていたのだが…致し方ない。
「似合っているよ花恋」
輝いている黒髪はセミロング長さ、瞳の裏には好戦的な窺えられる、豊満なバストに対して
「くぅぅ……そ、それだけ」
赤面して頬を緩くなっている問のに眉を顰めて不満そうに目をなんとか睨んできた。これを見た俺の感想は下が素直だなと心中で呟いた。
「まるで名画を見た衝撃のようで率直に言うならすごく可愛いよ」
「…ま、真面目な顔で言われると恥ずかしくて正面向けないよ…」
視線を激しくさせるほど羞恥心に悶る花恋に俺は(だから言いたくなかったのに)と心の中で嘆いた。
「お兄ちゃんにドキドキになる褒められて良かったねぇ花恋。
明けましておめでとう」
後ろで傍観していた冬雅は俺の横を超えると花恋の前に立つ。
やや皮肉そうにも捉えてしまう言葉だが純粋な心から出た言葉。
「冬雅さん…あけおめ。その、好きな人にイチャつく場面を見せて、すいません」
去年の最後に盛大な告白をするのを目撃していた花恋は知っている。だからこそ不快になったのではないかと小さく顔を下げる花恋。
細かい事を指摘するなら、すいませんではなく、正しくはすみません。
「ううん。別にいいよ、どんどんドキドキしていよ!
花恋のおかげで、お兄ちゃんとこうして今年を迎えられたから感謝の気持ちはあって恨むことなんてないから」
「冬雅さん…
いえ、そんな事よりも寒いので中に入らせてください」
最初の名前を呟いた時は、感動していたのに次の言葉から真顔で催促をする。この急な態度の変化に
「そ、そうだねぇ…あはは」っと困惑気味の冬雅。
玄関に上がった花恋は俺に近づき冬雅に聞こえない音量で切り出す。
「ねぇ、さっきの無理してない?」
さっきのは冬雅が嫉妬心どころか歓迎するような対応にだろう。
「うーん、本人に聞いてみないと分からないかな?」
理由は知っているが口にするのは憚りと恥ずかしさがある。
「ふーん、そう」
納得しないまま花恋は冬雅に向かって話を始めるのだった。
三人で居間に入ると花恋は駆け足でジャンプしてソファーにうつ伏せで着地した。いつもの光景だけど冬雅は目を瞬き驚いていた。
「えーと、花恋そんなに疲れているのかな?」
「そういう趣味なんだ」
「ちがうーー!」
花恋のツッコミをする声が響き渡る。花恋が満足したのかソファーから離れたタイミングで俺は提案した遊びに二人は頷いた。
福笑いやカルタで、ひとどおりと遊ぶと正午となっていた。
「よーし、そろそろ昼食しますか」
「えへへ今日は何をするのですか」
そんな当たり前なのに俺と冬雅は少しテンションが高かった。だから花恋は少し引いていたが気にしない。
「そうだね、今日かお餅料理かな」
トーストの前で花恋は焼かれる餅を眺めていた。半信半疑な目で。
「ほんとうに、お餅の上にしょうゆを一滴だけ掛けてドカンとなるの?」
ちなみにドカンとはお餅が膨れ上がる意味で使っている。なかなか言語化が分からないと擬音語に頼りがち。俺はキッチンで味噌汁を作っていた。
「ああ、そうだよ。醤油をお餅の上に一滴だけかけるだけで、風船みたいになるんだよ」
「風船みたいって…あっ、マジだよ!?本当にふくふくしている」
花恋は、お餅の早くも膨れ上がったことに驚嘆した。
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