崩壊のエチュード

第370話―元日スタートして御節供を作る二人―

俺の心は暗澹で支配され壊れそうだった。想い人に別れを告げられ

てから孤独が俺に唯一と残されたものだった。

それ以外は何もなかった。親しい人が離れていき手をずっと繋いでくれた女の子も…失って。


「おに………に…ん」


暗闇の中で光が決して届かない岩礁がんしょうまで堕ちた俺は声をした上の方向へ仰ぐと目映い光に目を閉じる。


「わたし…ここにいるよ」


オルゴールが奏でるような声だった。言葉がはっきりと聞こえるようになると闇の世界はひびが入っていき崩壊していく。


「目覚めてお兄ちゃん。そんな悪夢は偽りを見せる悪意の幻想だよ」


黒で包まれたおりは壊れてゆく…そして飛び込むのは光に包まれた世界だった。

五感が動けるようになる。温度、思考のあらゆる感覚が動けるようになり、目を開くと…想い人が俺を見ていた。


「よかった…お兄ちゃんなかなか目覚めなかったよ。悪夢にうなされていたよねぇ。随分ずいぶんと手強い悪夢です!」


最後は冗談ではなく真剣に憤慨する想い人の言葉に俺は苦笑する。

んっ、頭の下に柔らかく温かいこれは…大変な事態になった。

膝枕している!?その一点だけの衝撃を受けて顔が熱くなる。


「こ、これじゃあ恋人みたいじゃないか…」


「えへへ、そうですねぇ。

ではお兄ちゃん想いを、わたしの気持ちをしっかりと聞いてくださいねぇ。

峰島冬雅みねしまふゆかはお兄ちゃんを愛しています」


「そそ、そ、そ、そうなのか」


冬雅の告白に俺は激しく狼狽して言葉を途切れ、途切れに応えた。

視線を逸らして深呼吸、そして再び冬雅の顔を見ようと仰向けになる。

あまりにも眩しく天使や女神に匹敵する容姿だった。

黒い瞳にはパチリとして清涼とした印象、背の高さ半分ほど伸ばした黒髪は光を織り込んだ輝きを放つ、新雪しんせつあざむく白い肌の美少女。

そんな冬雅の年は18歳で俺は28歳、世間一般に言うなら年の差である。

関係性には恋人でもカップルではないがそうでもある。


「まだ照れているんですか?

かわいい!ほらほら、ここをツンツンしますよ。それぇー」


頬を人差し指でツンツンされるまま、別にいいけど距離感がスゴイ。

俺は耐えられなくなり景色を見ようと体勢を横向けになって、異変に気づく。


「ここ…富士山だとぉぉーー!」


富士山の天辺にいました。うわぁー不思議だな悪夢から目覚めたら美少女に膝枕されて富士山の頂上だからね…無理がなくない?


「あっ、見てくださいワシが飛んでいますよ。近くで見ると迫力がありますねぇ」


彼我の距離はわずか数十メートル。

確かに迫力があるけど何故ここで俺は寝ているのか覚えがないのだけど…

富士山の上で寝るバカがいるのですか…俺だけど。


「な、何かがおかしいぞ…これは。冬雅ここは頭を整理させ――」


言葉を最後まで発せなかったのは口に紫の何かを入れられたから。

これは…ナス?


「わたしの手作りナスナスナスです」


「んんっ、………ハァー。

3回を言う必要があるのかスルーさせてもらうけど…本当にただのナスだよね」


飲み込んでツッコミをすると冬雅は小首を傾げる。どうしてツッコミをされたのだろうかと反応だった。


「お兄ちゃん子守唄を歌いますねぇ」


「それが返事なの!?た、確かに聞きたいけど…そうじゃなくて」


次々と矛盾と疑問が生じていき思考を巡らせること数秒、ようやくここが夢の世界だと真実にたどり着く。

――ゆっくりと閉じた目を開くと視界に入るのは冬雅の顔。


「「………」」


目が合いお互い驚いたまま硬直する…ああー、なるほど合点した。

これは夢だ。起きて早々と冬雅がいるなんて無いのだ。成人男性と同じベッドでJKと寝ているなんて年の差ラノベじゃあるまいし。

さーて今度こそ起きるか…現実を。


(でもスゴイ再現度だな。右手には恋人繋ぎをしているけど絡み具合がリアルで冬雅の温度も感じて

追体験をしているみたいだ)


いくら頭の中で唱えたり意識しても帰れない。これが、ログアウト出来ない状態…そしてデスゲームが始まる。


「…その…え、えへへ。

お、おはよう、お兄ちゃん」


「おはよう…えーと確認だけど冬雅はどうして俺と一緒に?」


「だ、だって…一緒に寝るって話し合いで決まったからだよ。

お兄ちゃん…あ、愛しています」


冬雅は羞恥心で顔を赤く染まる。

身体を左右に悶々と動いたり、目を泳いで別の方向へ逃げようとするが本当に目と鼻の先の距離にいる。

いつもなら立ったままなら身長差で冬雅が俺を見上げるが現在では横になっているため、その気になれば同じ目線に動き調整は可能。


「…あ、ありがとう。でも近すぎるから早く離れよう。いや俺が離れるよ」


「は、はい…そうですねぇ」


下手をすれば口と口が接触する距離。

喋るだけでも息は届くし意識して心臓にはわるすぎる。鼓動はなかなか鳴り止まず、俺はキッチンに立ち朝食の準備をする。


(それにしても、今の夢は一富士二鷹三茄子いちふじにタカさんナス…初夢ジャパンシリーズ最高ランク順位の縁起をすべてを俺は見てしまったなぁ。

コンプリートしたと誰かに自慢をしたいものだよ…あははは)


油断すると冬雅とイチャついた夢に恥ずかしさで灰になるほどだ。

ここで反省をするなら昨日は、やり過ぎた。いくら何でも告白をして一緒に寝ようなんて…。

起きたら恋人繋ぎで愛の告白をしてしまった……夢心地のあまり頭が、ぼんやりとなる。

また夢にあった記憶を思い出す―


(初夢に冬雅が出てきた…それが一番の究極の縁起だったかな。

零冬雅ぜろふゆか…うん、なんだかカッコいい響き)


出来上がるともちと野菜を多く入れた雑煮ぞうにの一品だけの朝食。


「お兄ちゃん、美味しい…よ」


食べた感想を述べる冬雅の瞳から一滴の雫が落ちていく。


「どうした冬雅、体調がわるいのか?」


急に流れた涙に俺は動揺が先に来てから心配する。身体に激痛があるのか心に病んでいるのか不安で押し潰れそうになる。


「ううん。ごめんねぇ、驚かせてしまって…お兄ちゃんとまた二人で生活が出来るって安心したら…嬉しさメーターが壊れて涙が止まらなくなったの…です」


そんな事を思っていたのか。

嗚呼ああ、そうか…心の片隅では俺はこれが最善の選択だったのか迷っていたのだ。

間接的に冬雅を誘惑や誤った恋を与えたのではないかと懸念はあった。

けど思い違いだと冬雅の太陽の笑顔を見ればそう感じたのだった。

――正午になると俺と冬雅は台所に並べた食材を見渡す。


「さぁ、始めましょうか!お兄ちゃん料理対決をねぇ」


どうして冬雅(橙色エプロン衣装)は俄然がぜんとやる気に満ちているか?それは誰かが一番の料理を作ったものには全てを許される命令を行使する権利を与えられるからだ…頭が痛くなってきた。


「ふ、冬雅その…俺は軽い気持ちで言ったのかなって肯定したけど…まぁ、何ていうのか……

数分前を撤回を要求します!」


「いくら、お兄ちゃんでもその要求には呑むことは出来ませんねぇ…

くっくく、口は災いの元だと学ぶといいのです!」


そして料理対決のお題は…おせち料理である。明らかに時間が掛かる料理を時間制限の中で、どれだけ作り、そして見栄えと味が出来るか、完成度を競う。

ここでヒソヒソ豆知識、おせち料理を略せずに言うと御節供おせちくなんだよ(他にも呼び方あり)。

そしてこの一時間以内での激戦で勝利をしたのは俺…

山脇東洋やまわきとうようが辛くも勝利を収めた。


「さ、さすがは…お兄ちゃんです。もしこれがお菓子バトルでしたら負けなかったのですが」


悔しそうに演技をする冬雅。

相手のために作った、おせち料理は時間的な問題もあったが一人前なら簡易的であるが完成度は高かった。


「ともあれ楽しかったし冬雅が俺のために作ってくれた料理は

素直に嬉しかったよ」


少し真剣になったが緩い雰囲気ふんいきは悪くなかった。


「そ、そうですか…その命令はどうします?その、えっちな命令には準備がいろいろと――」


「命令するのは過激な事をしないでもらうことで」


「…ええぇぇーーー!?

わ、わたしそんなイメージあったのですか……」


さきほどの発言を振り返りなさいと注意したいがやめておこう。

本心か計算なのか分からない反応をする冬雅に俺は気づいたら

笑みをこぼして願う…

いつまでも冬雅といられますように。

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