第294話―富は海水に似ている―

風鈴の存在を報せ、日常を同化した猛暑のせみによる合唱と玲瓏れいろうたる空。

コロナによる変化を変えざるえない夏は終わりを迎えようとする時期に俺は冬雅のお願いでイラストのモデルになっていた。


「な、なんだか見つめ合って

いるみたいで、ドキドキしませんかお兄ちゃん?」


「なるべく動かないようにすれば目が合うのは当然だと思うけど。気になるなら目を逸らそうか?」


「ぜひ、このままで。

いえ気にしていませんので」


言葉を変えても遅いんだけど!?

全部を口しての換言する手法という斬新さに俺はいつもの苦笑。

次から展開に繋がらないよう小さな事に注意を払わないと。

冬雅が言うには鏡で映る自分をモデルにしたり真奈や比翼にも頼んでモデルになってもらいキャラの個別化する技術を磨こうと努力している。けど、男性キャラを書くのがどうしても上手くいかないのでモデルになってほしいと

理由で引き受けたのだが趣旨が途中から変更したのじゃないのか疑心暗鬼になる。


(恥ずかしそうに上目遣いとか、嬉しそうに明らかに意味もなく嬉しいそうに見つめたりとしている。

早く終わってほしいなぁ)


冬雅の夢を全力で応援すると決めてはいたが揺るぎそうになりそうだ。

協力するのはいつでもやぶさかではないんだけど何度も心拍が上がるような行動はやめてもらいたいものだ。

微動だにしないのは難しく許容範囲で腕を回したり少し下ろしたりしながら続けていると、どうしても無聊ぶりょうというものがある。

退屈になってしまい俺はソファーで楽しそうに4人で人狼ゲームを楽しんでいる方へ耳を傾ける。

断片的にだけど大体の話は推測は出来るので実質すべて聞ける。


「真奈おねえちゃんがオオカミだとイージーゲームだよ」


比翼が村人を襲う犯人が真奈だと判明したようだ。どうやらゲームは得意でもこういうゲームは心理的でポーカーフェイスのゲームはあまり不得意のようだ。比翼が遊び足りなく不満そうにしているぐらいには。


「イ、イージーゲーム…もう一度。

今度こそ絶対に隠し通してみせる!」


「いや同じ役割で再開しても迷いなく確実に完勝する事になるけど」


よほど悔しかったのか真奈は再戦を求めるが、アクションゲームやカードゲーム等ではないので

すぐに終わると思う。

その前に人狼じんろうゲームをするのなら俺達も誘ってほしいのだけど。


「熱くなるのは兄者の前だけにしないと人生やりにくいぞ真奈」


「お兄さんの前では…次からは果敢に攻めようと思う」


「真奈様!?そんなハーレム社会人にそんな事をしなくとも」


移山の言葉にやる気に漲る真奈に隣に座る香音が必死になって止めようとしている。

うーん、頑張って香音。ここ最近の真奈は冬雅のように積極的なので。


「お兄ちゃん出来上がったよ!

よかったら見てもらいませんか?」


「どれどれ…二次元だと、かなりイケメンに美化されている」


絶対この眉目秀麗さは恋人いない歴が28年ではない。

まだ冬雅達と

恋人になっていないので年齢イコールで間違いない。そう思わないとモテ期が到来とか馬鹿な妄想をしそうだし。


「これで…。それじゃあ、お兄ちゃん昼食を作りましょうか」


最初に呟いた言葉が気になるけど、尋ねたら長くなる気配を察知して聞かなことにした。


「手伝ってくれるのは嬉しいけど受験生なんだから無理しなくても」


「ううん。お兄ちゃんと何かをしている方が勉強のモチベーションになりますし、何よりもまだドキドキ足りないようですから」


それは俺の反応が薄かったから続行するとも聞こえるが気のせい。

意識したら負けだと思えと自分に言い聞かせてみる。

俺はなんとなく比翼の方へ視線を向ける。冬雅も気になったのか比翼を見て安心した笑みを浮かべる。つまり振り向く前は憂いていた。

これだけ比翼を気にするのは俺の考え過ぎではなければ、

ネガティビティバイアスに陥っているかもしれない。心理学用語、

ボジティブよりもネガティブを記憶に残りやすい性質を持ち注意を向けやすい心理的な状況を指す。

人の幸福度が間違いなく落ちる。

今は元気な比翼は、人格が破壊されるほど追い込まれていて最も強く、そして過去に囚われやすいと思う。


(これが考え過ぎだといいんだけど)


それから比翼を気を遣ったりと日が沈む時刻。夕食を食べ終えてテレビを見ていると香音が立ち上がり真奈から冬雅と俺以外を見渡すとおもむろに言葉を言おうとする。


「実はそろそろ家に帰らないと怒られるから私はこれで」


「か、香音おねえちゃん帰るの?」


「だ、大丈夫だから。また会いに行くし。ほら泣かないでよ比翼」


「泣いていないよ!そういうことなら仕方ないよねぇ」


香音と冬雅達はフレンドリーな別れを告げると俺は家近くまで送る。さすがに夜遅いと危険だろうし珍しく隣に立っても香音が不快そうな眼差しを向けない。


「あんたニートって聞いたんだけど?」


駅が見える信号が変わるのを待っていると香音と尋ねてきた。

ニートと素直に言おうと思ったが抵抗感があって軽く驚く。

そんなプライドとかないと思っていたのだけど俺の人の子か。っと何故か自画自賛みたいな事を心の中で呟いた。


「小説志望者だよ」


「今は無職だよねぇ」


「……」


「返事をしないなら淫行とか痴漢と叫ぶけど、どうする?」


汚い!そんな冤罪でどれだけ苦しんでいるか…いや淫行の場合は冤罪じゃないか。


「はい。仰る通りですよ。健康的なニートの小説志望者だよ」


信号が青になり少し距離を取りながら並行して歩く。今は場所が広く人が少ないのでマスクをはずしている。


「どうでもいい情報なに?

そんなことよりも冬雅達がいるのにお金とか大丈夫なの?」


「実は…ピンチだけど。なんとかなるよ。たぶん」


「ハァー、別にいいんだけど。

困っているなら私もお金を出すけど?ほら比翼の嗜好品とか衣装代とかを」


「それは冬雅から貰っているみたいで大きな出費とかなっていなくて助かっている」


俺は貯金をあまり頓着しないようにしている。無頓着になったのは哲学者に琴線を触れたわけで、座右ざゆうの銘にしているのがある。

富は海水に似ている。

ドイツの哲学者アルトゥル・ショーペンハウアー、主著は意志と表象としての世界。

金を貯めても海水のように飲んでも幾ら飲んでも乾きを覚えて似ている意味だそうだ。

そこまで俺はその人に関しては詳しくはないが、その記された文字に学ぶものがあった。

だからこそ費用を冬雅達のために使うことに一切の躊躇ためらいはなかった。

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