第187話―桃の節句イブニング4―

ひな祭り、または桃の節句とも呼ぶイベントを比翼を楽しませるために俺と冬雅は思いつく限りの

必要なものを集めた。そのおかげもあって比翼は膝立ちして人形が整然と並ぶ人形を見ていた。


「わぁー!これがひな人形・・・」


豪華、七段飾ななだんかざり。その名の通り七段で飾ることである。もちろん一番上は男雛おびな(殿様)と女雛めびな(お姫様)の一対。

この2体だけがサイズが最も大きい上に華やかだ。特にお姫様の衣装は大河ドラマでしか見たことない十二単じゅうにひとえだ。


「えへへ。頑張った甲斐がありましたねぇ!お兄ちゃん」


「冬雅のお陰でね。あの7段飾りってとんでもなく高かったらしいから感謝しないと」


ネットで購入を検討して調べていたら十万を超えるなんて多々だったので、古い言い方をすれば

吃驚仰天びっくりぎょうてんだ。ソファーで俺と冬雅は隣に座って比翼がはしゃぐ背中を温かい気持ちで見るのも悪くないと俺はそんなことを思っていた。


「そうですね。比翼があんなに喜んでくれるなら、ママとパパに感謝ですね・・・なんだか感涙でむせびそうです」


「・・・ああ、本当に良かったよ」


確か、7段飾り。の上からニ段目は三人官女さんにんかんじょの3人が並び、三段目は五人囃子ごにんばやしで美少年や俊才らが集まり(5人だけど)楽器やうたいを披露してくれる役目を持つ設定。


四段目は随臣ずいじんと呼ばれる身分が高そうな着物姿で矢を背に持つ。したがう臣下と覚えておいた。ちなみに右大臣うだいじん左大臣さだいじんの地位。


五段目は仕丁じちょうと呼ばれる雑用係が3人。泣き上戸じょうご、笑い上戸、怒り上戸の思ったよりも豊かな表情をしている。

そして六段と七段目は様々な道具が絢爛豪華けんらんごうかに並んでいる。


「これだったら俺も、それらしいのを着替えるべきだったかな?」


「わたし的には、お兄ちゃんの着物姿を見たいですけど大丈夫ですよ。わたしの格好ってドレスですから」


「西洋と東洋でまさしく和洋折衷わようせっちゅうだな。けど、ドレス高くなかったか。言ってくれたら出してあげるけど?」


「前に買って収納していたドレスなので、この日のために用意したものじゃないですよ」


「そうなのか・・・汚れらしいの無いから新品だと」


シワなんてないから、この日のために購入したものだと思っていた。


「・・・お、お兄ちゃん・・・その、そんなに、まじまじ見られると恥ずかしいよ」


頬を赤らめて冬雅はドレスを隠すように身を縮み両腕で隠そうとする。


「ご、ごめん。シワが無いなぁと感心して・・・つい」


「う、ううん。えーと、ありがとう。お兄ちゃん」


「とぉーつげきキッィィク!」


俺と冬雅の真ん中に比翼が割り込んで来た。キックはしてこなかったが勢いよく強引に入ってきた比翼に俺と冬雅は驚いて、すぐに場所を開けて比翼が座れるスペースを作る。


「うわあぁ!?比翼ちょっと危なくないか」


「そ、そうだよ比翼」


「危ないのは二人のイチャイチャですよ!なんですか、夢中にひな人形を見ていたら後ろでは

カップル何年目かそれ以上の会話を広げて」


比翼は俺と冬雅を睨んでは嘆息をした。どうやら気に食わないようだ。比翼に好意を抱いているのを知っている俺と冬雅は「ごめん」としか言えなかった。それは、それでイチャイチャを認めているようで反論したいが、反論で返されるだけだと分かっている。

怒りを吐いたことで冷静になった比翼は俺の手を握る。視線を向けると冬雅も手を握られたようだ。


「フーン♪フフッ、ラッ、ラーー♪」


座りながら前後に身体を揺らして比翼は歌い始めた。鈴を転がした美声なので準備した疲れとか癒やされる。それもあるけど、やはり比翼が年相応に無邪気に笑っていることが癒やされるもう一つの要因かもしれない。


「・・・そろそろ食事にするか」


比翼が歌い始めて数分が過ぎて、それから雛人形ひなにんぎょうを眺めて静かに短く会話をして俺はそう言った。窓が射し込んでいた片夕暮かたゆうぐれだったが西に傾きから沈んで夜になりつつある。窓は闇夜が広がり、雛人形も黄昏に染まっていたが今は、静かに暗い色に染まっていた。それは桃の節句が終わりを告げるように思えた。


「うん、ご飯!」


「はい、お兄ちゃん」


比翼は、まだまだ元気のようで勢いよく腰を上げた。そんな僅かな年しか離れていない冬雅は穏やかな表情で立ち上がる。二人の容姿と衣装も相まって部屋はちょっとしたパーティーのように華やかさがあった。ずっと、慣れ親しんでいる部屋なのに不思議。


「冬雅おねえちゃん今日のご飯って?」


「うーん、少し寂しいかもしれないけど・・・ちらし寿司とピーチケーキ」


「あまり夕食らしくないけど・・・美味しそうな響き」


「えっへへ、お兄ちゃんと頑張って作ってみました!」


作ったのは簡単なちらし寿司だけど。冬雅はケーキを作るスキルが高くピーチというケーキを作った。正直なところケーキが楽しみにしている。桃の節句ことでピーチケーキと前に買い出し途中で訊いた。テーブルに今日の主役である比翼を座らせて俺と冬雅は

作っておいた料理を並べる。


「こ、これがピーチケーキ!?

エモいし、かわいい!!」


(比翼がはしゃぐだけあって、圧巻だな冬雅が作るケーキは)


どうやら比翼はピーチケーキに心を奪われた様子。まぁ、ちらし寿司は苦労しなかったので触れなくても仕方ない。目的は桃の節句らしい食事にしたのだから。俺は比翼の向かい席に腰を落とし冬雅は流石に今日は隣には座らず主役である比翼の隣に座る。


「「「いただいます」」」


合掌がっしょうして合唱がっしょうする。


「・・・ちらし寿司も悪くありませんね。美味しい!」


ごくんっと比翼は飲み込んでから笑顔で美味だったと称賛した。

工夫して作ったので味には自信があったが、食べてもらうまでは少し不安だったが安堵と嬉しくなる。


「うん。お兄ちゃんが作る料理やっぱり美味しいよ。わたし、ずっと食べていたいなぁ」


「わたしも、ずっとおにいちゃんとは食べて一緒に寝れたら十分!」


比翼、さすがにそれは無理だと思う。一緒に寝れるのは少しだけでそのうち一人で寝てもらおうと検討している。もちろん今はそんな無粋な事を言わず俺もちらし寿司を口に運び咀嚼。我ながら美味しく出来ている。


「メインのピーチケーキを食べるよ冬雅おねえちゃん」


「うん!」


フォークでケーキを刺し口に運ぶ比翼。さて、味の感想はいかに?


「・・・・・くうぅぅ。口の中で小宇宙の終焉の炎に包まれるスーパーノヴァが起きたような美味しさ!」


なんだか凄い食レポを言ったのだけど。それは置いといて比翼が叫ぶほど美味しかったようだ。

やはり冬雅が作るケーキは美味しいようだ。俺も興味が強く持ち口に運ぶ。


「・・・スパークしている!?」


「お、お兄ちゃん?」


俺の謎すぎるコメントに戸惑わせる結果になった冬雅は不安げに声を掛けた。


「わるい、滋味じみに富んだ味が良かった・・・美味しかったよ冬雅」


「えっへへ、大好き。お兄ちゃん」


満面な笑みで感謝を返された。油断すると見つめてしまうほど眩しく感じた俺は頷いてケーキに視線を落とす。


「おにいちゃんも小宇宙が見えたようだね」


「あ、ああ。そうだね・・・」


比翼が言う小宇宙とはよく分からずに首肯することにした。

冷静に考えたら比翼は14歳だから中二病になってもおかしくない年齢だ。そのうちポエムとか聞かされるのだろうか。

食事を終えると比翼がしたいゲームや観たい時代劇(最近は史実が多めの映画に)を楽しんで過ごした。


「すぅー・・・・・すぅー・・・・・」


「寝てしまったか」


俺の膝の上で寝息を立てて夢の住人に誘われた比翼。


「そのようだね。えへへ、かわいい」


冬雅は親愛に満ちた笑みで比翼の頭を優しくでる。はしゃぎ疲れた比翼を起こさないように寝台にまで運ばないといけなくなった。俺は起こさないよう気をつけて少しずつ膝から降ろしてソファーから立ち上がる。


「冬雅、悪いけど今日は比翼と一緒に寝てくれないか?」


俺は比翼を両腕を使って抱き上げるように持ち上げる。


「うん、構わないけど。お姫様だっこをしていたなんて比翼が知ったら大喜びですね」


「・・・・・ああ、そうだね」


起きていたら首に腕とか回されて密着してきたのだろう。冬雅は楽しそうに言っているがうらやましそうにもしている。


「わたし片付けておきますね」


「わるい。戻ったらすぐに手伝いに行くよ」


「はい」


俺はあせらず比翼を冬雅が寝る場所へと2階に上がる。寝台に降ろして音を立てずに部屋を出て早足でリビングに向かう。


冬雅は雛人形を収納ケースに入れる。隣家じゃなかったら運ぶときにものすごく目立つだろうなぁ

と2度目になることを考え手伝う。あとはこれを冬雅の家に運ぶだけ。夜風が吹く外に出る。


「こうして二人で夜で歩くの懐かしいですね。お兄ちゃん」


「そうか。なら荷物を片付けたら二人で軽く散歩でもしないかい。知り合ったばかりみたいに」


「・・・それもいいですね。

すごくドキドキしています、わたし」


荷物を片付けた俺と冬雅は月光が輝く下で夜の住宅街を徘徊はいかいするのだった。

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