第150話ハッピーニューイヤー

冬雅と真奈は家族団欒だんらんとお正月を楽しんでいることだろう。休日の両親と貴重な時間、だけど比翼は違う。おそらく家出する比翼をお正月を楽しませないといけない。


「よし。お正月を俺も思う存分に楽しむのが比翼のためになる」


上半身を立ちたがり一緒にベッドでいる比翼。寝息を立てて穏やかな表情をしている。起こさないよう気をつけて腰を上げる。


「あけおめ。お兄ちゃん!」


去年と同じくベランダ上にいた冬雅。馴鹿トナカイのパジャマ姿で。


「冬雅、おはよう。そして

あけましておめでとう」


「うん。おはよう・・・わたし今年での最初の挨拶はお兄ちゃんって決めていたんだ」


「私も実は同じ。今年最初は冬雅がいいなぁと思っていたんだ」


網戸を開きベランダに入り比翼を起こさないよう窓を閉める。


「・・・・・」


閉め終えて振り返れば冬雅は口を開けたまま驚いていた。さっき言った言葉に呆れて失望させたのか。


「・・・・・冬雅その、初夢って見た?いや、元旦に訊く質問じゃないけど。ちなみに俺は覚えていない」


「えっ?あっ、はい。え、えーと見たのはお兄ちゃんと一緒に富士山を眺めて茄子ナスを食べたことですね」


一富士ニ鷹三茄子いちふじにたかさんなすびたかを見れたらコンプリートだったね」


「お兄ちゃん忘れています。ゼロにお兄ちゃんです」


「そんなの無いから」


今年も突拍子も無いと言うか驚かせるセリフを言う。もう慣れてしまって普通にツッコミでさばけるようになった。


しばらくはデ、デートは出来ないけどまたデートしましょうね」


「そ、そうだね」


「うん。それじゃあ、お兄ちゃん」


「ああ、また」


冬雅は手を振って部屋に入り窓を閉めようとして手が止まる。

隙間すきまから顔を出て見る冬雅。


「そ、そのお兄ちゃんが今年の最初すごく嬉しかったですよ」


勢いよく窓を閉めて冬雅は最後にそう言った。雪の肌に仄かな朱色を染まった表情は儚く美しかった。まるで一時の逢瀬おうせじゃないか。


(って、これだとシスコンでロリコンじゃないか!俺は大人で冬雅はJK。だからドキマギなんてするなぁ。俺は―――)


平常心を保つのに時間がかかった。比翼が目覚めるまでリビングで小説を書いていた。


「おにいちゃん、おはよう」


「比翼おはよう。ぐっすり眠っていたね」


「うん。大好きなおにいちゃん抱き枕があったから、いっぱい寝れたよ」


冬雅が用意した黒猫パジャマをした比翼は炬燵こたつに入って録画したアニメを観賞する。

向かう形で。比翼はミカンの皮をむき口に運ぶ。


「おにいちゃん。冬雅おねえちゃんとデートに行くのですか?」


ガンダムwエンドレスワルツを観ている比翼はなんの前触れもなくそう訊いて来た。PCから顔を上げる。


「い、いや。しないよ」


「ベランダからデートって単語が聞こえましたよ」


「き、聞いていたのか・・・

恋人では無いよ。だからデートじゃなて適切な言葉は買い物」


「おにいちゃん嘘を言うの下手です」


「本当に違うんだけどなぁ」


比翼がなかなか納得してくれなかった。午前が過ぎ正午とすぐになり一緒に作った雑煮ぞうにで炬燵に入り食べる。


「比翼は寂しくないか?こんなつまらない大人といて」


比翼は憮然ぶぜんとなり、

口にある物を飲み込んでから返事をしようとした。


「ハァー、おにいちゃんは考えすぎだから。人生でしっかりと初めてお正月できるのはおにいちゃんのおかげだら、知らないことで

楽しみなんだよ」


あまり語らない比翼からすれば過去を少し話をするのも信頼されているからか。


「比翼・・・そうか。そんな優しいきみにお年玉をあげよう」


俺はお年玉を入れた袋を懐から出して差し向ける。比翼はおそるおそると受け取る。


「わーい!ありがとうね、おにいちゃん」


お年玉の入った袋を大事に受け取りキラキラした目であらゆる角度で見る。


「よし比翼。ここで豆知識タイム。元日がんじつガンタンがんたんの違いだけと、わかるかい?」


「い、いえ」


「元旦は最初の日である午前まで。元日は1月1日までなんだ」


元旦は早く過ぎていた。思い出になったとすれば冬雅と話せたことだろう。


「ほぇー。さすがは、おにいちゃん」


「ともかく言うのはハッピーニューイヤー、比翼」


「えへへ、ハッピーニューイヤーおにいちゃん!」


今年は早々、明るい一年になると俺はそう信じて疑わない気持ちになっていた。

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