第46話  下界

「うわっぷ、なんだなんだ。あっ、」


 暗闇に顔を突っ込んだ途端に目の前をバタバタ煽られて仰け反る。しかし立っている場所は地底へ真っ逆さまにつながるような坂道である。そんな場所で態勢を崩せば結果は見えている。二人は共倒れになって底へ底へとずり落ちる。


「なんだよ、おい。蝙蝠でもいたのか」


 手の土を払って起き上がりつつ礼一はぼやく。尤も肉眼で周囲を見渡しても何も見えない。明かりなんて一つもないのだ。


「や?なんだ。どこ行くつもりだ」


 急に腕を掴まれて引っ張られる。行く先が上でないことから元の地上へ戻るのではなくこの地底のどこかを目指しているようだ。考えてみれば目を強化すれば暗い中でも周りが見えるのだ。便利なものである。


「十徳ナイフみたいな能力だな。俺もそんぐらい日常的に使える魔石にしてほしかった」


 導かれるままに歩きながら礼一は愚痴を垂れる。応用範囲の広さが自分のものと比べると桁違いなのだ。戦闘にも逃走にも日常生活にも使えるなんて流石にずるい。


「いっそ俺のこと担いで帰ってくれたりしませんかね?そろそろ疲れがピークなんですが。ったく、無視かよ」


 ついつい羨ましくなって嫌味を口走ってしまったが、洋は一言も喋らない。これは余計なことを言って怒らせちまったかな。しばらく口を閉じておこうと礼一は唇を引き絞る。

 こうして歩いてちょっとすると、視界が明瞭になった。そうして礼一はちびりそうになった。


「っ、あんたら誰だよ」


 先程からずっとこちらの手を掴んでいたのは、友達でも何でもない見知らぬ人だった。


 身の丈は小学生と見紛うくらいに小さく、腕周りが礼一の脚回りくらいある筋骨隆々の小人。勿論そんな知り合いこれまで一人としていたことがない。


 一体いつの間にすり替わった?それに洋は?混乱をきわめる礼一であったが答えはすぐ側に転がっていた。


「おい、しっかりしろ」


 目を閉じて足元に横たわる友に呼びかけてみるが、反応がない。さっきの滑落劇の最中に頭でも打ったのだろうか。小人は他にもうじゃうじゃ湧いて出て死体のように身じろぎ一つしない洋の四肢を掴んで引きずっていく。その様が餌を巣に運ぶ蟻のようで怖気が走る。急ぎ引き留めようとするが、がっちりとこちらを掴む小人の手がそれを許さない。


「あなたたちは誰ですか?俺たちをどうするつもりですか?」


 意思疎通の可能性に掛けて、むっつり顔の小人に問うてみる。


「ぞどのもんがうぢになんのようだだ」


 ごめん、何て?


 全体的にダミ声且つ妙に訛った言葉のせいで、何を言われたのかぱっぱらぱーだ。


 それから何度も聞きなおしてようやくわかったことだが、彼らはシロッコが話していた例の地下の住人ということらしい。何でも頭の上でどんどん喧しい音が鳴り響き、様子を伺いに外に出ようとしたところへ礼一と洋が落ちてきたようだ。何とも間の悪い話である。


「んで、うえのもんがなじでじだざぎだだ」


 段々慣れてきてニュアンスがわかるようになった。上を指して下を指すそのジェスチャーからも質問の意図は明瞭だ。何しにここにやって来たのかということだろう。


「いや、そこに転がってる奴が穴を珍しがって入ろうってうるさかったので仕方なく。おれは入りたいなんてこれっぽちも思っていなかったんですよ」


 礼一は死人に口なしとばかりに洋に責任をなすりつける。そしてここからが本題だ。


「あのう、そういう訳なんで帰してもらえないですかね。というかずっと奥に進んでくんですか?俺たち招かれざる客じゃないんですか?」


 そうなのだ。さっきから押し問答を続けつつも一団はどんどん深いところへと向かっていっているのだ。このまま生きて帰れないとか嫌なのだが。ツタンカーメンみたい豪勢に飾り付けられたところで、人知れず朽ち果てるなんてのは御免である。


「えーと、話聞こえてますか。僕たち帰してもらいたいんですよ。もうお暇したいですよ」


よぞもんがざわぐでね余所者が騒ぐんでないんじゃないあどじゃべりがだがあと喋り方がべんだだ変だ


 どれだけ懇願しても何故か無視されて地底へ連行される。余所者とか言うのであればさっさと余所へ追い払うなりしてくれればいいのに。あと喋り方云々についてはこっちのセリフである。


 引っ立てられた二人はやがて狭い穴道から開けた場所へと引っ張り出される。ここがどこだか知らないが、脇についていたガチムチ小人がちょっと離れて息がしやすくなったのは幸いだ。


 それにしても、ここへ来る道中でもそうだったが、洞穴の中に設置されている照明器具の数が妙に少ない。辺り一帯は殆ど暗闇、最早物理的にお先真っ暗である。


「ええと、こんなところに連れてきてどうするんですか」


うるざいうるさいぢょっどまづだだちょっと待つんだ


「うへえ」


 何故か叱られてまた小人達が詰めてくる。薄暗い中じゃ自分より背の低い相手の表情は見えにくく、何を考えているのかわからないため不気味だ。


 言われた通りに大人しくしていると、小人の内の何人かが穴の奥へと駆けていった。誰か呼びにいくのだろうか。

 少ししてバタバタと去っていった小人達がまたバタバタと戻ってくる。そして連中は揃って左右に分かれ整列した。


びざをづくだだ膝をつくんだ


 側にいる小人に唸るように命じられ、強制的に地面に膝を擦り付けられる。地味に痛い。


おぎれ、おぎれ起きろ、起きろ


「おい、やめてやってくれ。脳にダメージを負ってるかもしれないんだぞ」


 渋々ながら服従していた礼一だったが、洋をバンバンと叩いて起こそうとしたのを見て流石に声を荒げて止めると、憤慨する彼の様子に怯んだのか、小人の暴虐はストップした。


 しかし、代わりに抵抗した罰とでも言うかのように今度は肩まで地面に押し付けられる。恐ろしく筋肉隆々な輩に両側からガッシリと抑え込まれるので、痛いのなんのって。


「離せって、おい。ふざけんな。頼むって」


 思わず悲鳴を上げるが、今度は単に情けない声だったから拘束は緩まない。


 のしっのしっ


 礼一の骨が緊縛プレイにいよいよ限界の音を上げようというそのタイミングで、洞穴の壁が揺れ、前方から何かがやってくる。小人達が針金でも仕込まれたかのように、ピシリを背筋を正しているあたり、彼らの上位者がやってくると見て間違いなさそうだ。


 壁からパラパラと土の欠片が落ちてくる。こりゃあ要石くらいの相撲レスラーが来る予感。

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