第45話  地底

 下界からは激しい衝突音が断続的に響き渡る。


「洋のやつどうするつもりなんだ?」


 もうもうと立ち込める土煙で魔物の位置も友の無事もわからない。無沙汰は無事の便りなんて言葉があるが、音信過剰なこの状況は到底無事とは思えない。


 と、直ぐ近くからドンッと地鳴りが起こり、それを際に静かさが戻る。果たして今自分の側にいるのが友かそれとも外敵か。こめかみに冷たいような熱いようなそんな感覚を覚えながら礼一はジリジリと臨戦体勢を整える。


 土煙はだんだんと晴れ、奥に人影が見えてくる。さあどっちだ。


「はぁ良かった。洋か?」


 煙の中から歩み出てきた人形に手足が二本づつついているのを確認した礼一は取り合えず魔物でないことに安心しながらも誰何する。


「ああ」


 返答したのは間違いなくちょっと前まで一緒にいた友達だった。特段怪我をした様子もなく、ただちょっと疲れた様子の彼はこちらの傍へやって来て腰を下ろす。


「それで一体どうなったんだ?何でか沢山煙が立っていて何も見えなかったんだ。あれは何だ?というか魔物はやっつけられたのか?」


 早速質問を繰り出した礼一だったが洋は口にチャックをするようジェスチャーをして黙り込む。

 暫くしても彼は押し黙ったままだ。しびれを切らし、まさか眠ってやしなかと試しに顔の前で手を振ったり肩を叩いたりしてみると反応は返ってくるものの、依然情報は齎されない。そんなにもったいぶらずに話してくれればいいのに、それともまだ魔物が近くにいたりでもするのか。礼一は落ち着きなくきょろきょろ周りを見渡す。


「っはぁ、危な」


 5分ほど経ってから洋は前触れもなくそう呟くなりすっかり気が抜けたように仰臥する。


「もういいのか?安全なのか?」


 縋り付くように問う礼一に彼は何度も頷いて答える。


「下で撒いてきたから当分心配はいらない。現象も偶には役に立つ」


 あの大層な土煙は着地時に巻き上がったものだけではなかったらしい。あんな切羽詰まった状況で器用なことをするものだと礼一は友達の心胆に感心する。


「じゃあさっきからずっと静かにしてたのも魔物から身を暗ますための仕上げだったってことか。目つぶししても声で場所が割れたら馬鹿みたいだもんな。あれ?じゃあ今喋ってるのももしかして不味いのか」


 危機的状況から脱出し、ちょっぴりハイになっていた礼一は慌てて口を押える。


 しかし、


「あれは疲れてて質問に答えたくなかっただけ。もう普通に話しても大丈夫」


 どうやら友の肝っ玉はまだまだ想像の遥か上らしい。まったくいい根性してやがる。


「それでどうするよ。このまま続けるか?疲れているなら一旦止めにしてしまってもいいけど」


「もう後すぐだ。さっさと終わらせる。石の用意を」 


 嫌なことは後回しにという個人的希望を前面に押し出した提案をしてみるが洋は頭を振った。


「そりゃ何とも勤勉なこって。へい、へい。わかりましたよ」


 じろりと見つめられた目から逃げるように礼一はズタ袋を探り、残り僅かになった感応石を握りしめる。


「おーい、聞こえてるか。もういっちょ頑張らないといけないみたいだからよろしく頼むぞ」


「もうしょうがないな。わかったよ」


 魔力を通しながら魔石に呼びかけると酷く面倒そうな答えが来る。身体の持ち主と居候、共に面倒くさがり、サボり上等な精神で生きているのである。


 こうして礼一と洋の二人による移動砲台はその後しばらく稼働し、残りの魔物の駆逐も完了する。先達て二人に襲い掛かってきた魔物も今では崖下で儚くなっている。


「帰るか」


「ちょっと待て」


 もう心残りはないだろうと即座に引き返そうとした礼一だったが、背後から呼び止められる。この後に及んでまだ何かあるのかと不満は感じたものの、あっちゃこっちゃ歩き回ったせいで今や帰り道がわかるのは遠くを見渡せる洋だけとなってしまっている。従って命綱に引きずられる形で移動せざるを得ないのだ。


「あれ」


 少し移動してから洋に促されてのろのろと顔を上げれば、山の斜面の一部分にぽっかりと穴が開いているのが見える。それは風に削られたのでも地揺れの影響を受けたのでもなく如何にも不自然に人工物然としてそこにある。


「ついてこいってのはあそこのことじゃないだろうな。やめとこうぜ、厄介なことになるだけだって」


 こっちの世界に来てからというもの人がいるということは即ち良きにつけ悪きにつけ面倒が起こる前兆である。さも人が作りましたといった穴なんてのは可能な限り踏み込むのを遠慮したい。礼一としては今日はもう心労も疲労も抱えたくないのだ。


「いや、行こう」


 君、俺の話聞いてた?


 微塵も自分の主張を曲げず、先に進もうとする洋にうっかり顎が外れそうになった。穴の中にどんな興味を誘われたのか知らないが、こっちの都合も考えてくれよ。


 このままじゃいけねぇ。そう思った礼一はその後数分、この分からず屋の友達にこんこんと小言を言って聞かせた。しかし、やっぱり分からず屋は分からず屋らしい。散々話したところで彼の意思は変わらず、足の歩む先もさっきと変わらず、不吉な予感たっぷりの暗い洞の方へと向かっていくのだった。


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