第34話  散散

「あーもう限界。俺はこんなちまちました作業に付き合ってらんねぇ、日が暮れちまう。やりたきゃお前たちでやっとけ。大体何だよ。そこのおっさんに敵を探す力があるとかいう話だったのに結局近くに来るまで待ってるだけじゃないか。役立たず」


 恐れていた瞬間は狙い過たず全員のつま先が一同に会したところで訪れた。まぁこんなものはノストラダムスやサイババのような第六感がなくとも誰でも予期できることなのだが。


「十分役に立っている。俺から奴らの気配が分からないところで隠れて待ち伏せする。これだけで効率は段違いだ。これまでは〈肉塊〉に気付かれているかも分からず闇雲に捜索するか、陰に身を潜めた末に唯の待ちぼうけで一日を浪費するかのどっちかだったのだからな」


 ウェネティの荒れた声を遮るようにシロッコが反論する。シロッコの言い分ではちょっと待ち構えていさえすれば魔物の群れを一網打尽に出来るなんて今までとは雲泥の差、桁違いにスムーズという話だ。


「はんっ、しょうもねぇ。そんなもん走り回って追っかけりゃいいんだよ。俺はいっつもそうやってるぞ。まぁお前らはついてこれねぇだろうがよ。おい、お前。この荷物の番をしとけ。いっちょ一山分の群れをぶっ潰してきてやらぁ」


 シロッコの言い分を鼻で笑ったウェネティはパンパンの鞄を礼一の足元にドンッと下ろすと獲物を求めて駆けだした。その俊敏性や豹の如し、コンマ1秒程で手当たり次第に伸びた緑の垂幕の後ろに姿を暗ましてしまう。


「どりゃッ、どりゃッ、どりゃッ....」


 彼方から元気のよい金切り声が木霊す。声の高さと掛け声がマッチせず違和感たっぷりだ。


「予定を狂わされた。ここまでハチャメチャな奴だったとは。ん〝、どうするかな」


 側でシロッコが唸る。ご立腹のようで顔が朱に染まっている。まぁボロカスにけなされた上、勝手に動かれたせいで当初の討伐計画も白紙に戻ったのだ。当然と言えば当然か。


 礼一は捨て置かれた鞄に腰を掛け、徐々に小さくなっていく雄叫びに耳を澄ます。ようやく静かになった。お隣さんの怒りの矛先は自分には向いていないようだし、ここは部外者気取りで森林浴でもして寛ごうか。幸いこの森に危険が少ないようだし。


 呑気にそんなことを考えて目を閉じること数分、山中に『考える人』が一体出来上がった。


「ん、随分いい気なものだな。悩んでいるのは俺ばかり。馬鹿みたいだ。丁度良い。君達には荷物番を続けてもらおう。君はそいつと一緒にいてくれ。俺は俺で動く」


 未だ夢と現の境目をフラフラ行き来する礼一のお守りを洋に命じると、シロッコは単身、移動を開始する。自分ばかり苦労に見舞われ面白くなかったのだろう。彼の刻んだ足跡は心なしか普段よりも深かった。


「ぐー、ぐー」


 残された愚か者は穏やかに寝息を立てる。まんま言葉通りに知らぬが仏で、生身を象徴するものは口元からタラーリ、タラリと伝う涎のみである。


「んあっ、えっ?どうなってる?他の人は?あれ?」


 そんなもんだから起きた時の慌てようもひと潮で、あっちへバタバタこっちへバタバタと。パニックのあまり友達の顔に浮かんだ悪魔の微笑みも見逃してしまった。


「おいおい、こりゃ噂に聞く迷子ってやつじゃないか。どうしよう。一面緑の海で元来た方向も怪しいぞ。保護者を呼び出す放送もない世界でこれからどうしろってんだ」


「これは迷子じゃない。捨て子だ。俺たち見捨てられたんだ」


 眉尻を下げて嘆く礼一の発言を洋が下方修正する。もう自分達に帰る家はないのだと。


「二人で強く生きよう」


 何故か頰をヒクつかせながらこちらに手を差し出した親友の表情にしこりを覚えつつも礼一はその手を握る。


「まずはここを離れようぜ。臭いに引き寄せられて何か来ないとも限らないし」


 握手を終えた礼一は安全を確保し、山を下りる方策を思案し始めた。そして直ぐにここに留まる危険を悟る。


 何しろ見知らぬ動植物、それに魔物の跳梁跋扈する世界である。自分達では対処できない捕食者にみすみすかち合うような選択はしたくない。


「移動するのは...。さっきの茂みで。絶対だ」


 何故だか洋が強硬にこの近くにいることを主張する。シロッコにほっぽり出された以上ここにいるのに意味は無いはずなのだが。


 まぁいい。感知に長けた〈肉塊〉に気取られない隠れ家だ。当面は無事に過ごせるだろう。そう思い直した礼一は来た道を引き返し、もぞもぞと葉っぱの間に身を捩じ込むのであった。念のために獣除けのつもりで魔道具で焚き火を作り煙を上げておいたが強烈な腐肉の臭いを前に果たして意味があるのかどうか。


 ぎゃあっ、ぎゃあっ


 鬼が出るか蛇が出るか。数分程穏やかならざる気分で丸まっていると上方から不気味な赤子のような鳴き声がした。遂に現れやがったかと礼一達が葉っぱの狭間より目を凝らせば、大きな鳥が稲妻の如く地上に舞い降りる。よくは見えないが鷲か何かだろうか。何者をも恐れぬ様子で巨大な翼を鷹揚に畳む姿は如何にも天空の支配者といった風格である。


 ゴクリと二人の喉が嚥下音を発する。当たり前ではあるが一羽だけのご登場で終わる筈もなく同じような鳥の影が次々と地上に降り立ったのだ。


 着地した捕食者の群れは誰にはばかることもなく悠々と獲物を啄ばみ始める。両足の間に嘴を埋めては小刻みに頭部を動かす食事シーンを眺めつつ、まかり間違ってもあの足の下敷きにされたくはないと礼一と洋は身を屈める。

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