第13話  修行

「そう言えばさっきここで魔物を倒してた時に手から火が出てたのは何の魔道具ですか?」

 魔物の話から礼一は先般気になっていたことを思い出し、パントレに尋ねる。

「あれか。まぁ船長から戦い方教えるように頼まれてるしな。教えてやらぁ」

 そう言ってパントレは両の手を前に出し、先程と同じようにその周囲に炎を纏う。戦闘中に見たものよりは微弱だが確かにそこには火が存在し、夜風に煽られても消えることはない。丁度寒かったので礼一はそれに手を翳す。

「おいおい。人のこと焚火替わりにするんじゃねぇよ。そんなためにやってんじゃないぞ」

 パントレは手を引っ込める。

「手を翳したあんたに言うのは何だがな、こいつの原理は何て言うか小便みたいなもんだ」

 急におかしなことを言われ、礼一は固まる。

「魔力ってのは身体の外に出るとすぐマナに還っちまうって話はしたよな。おいらたちは普段魔力を通して身体を強靭にすることで力を発揮している。だがな、使い終わった後の魔力はそのまま身体から抜け出っちまう。そうしてマナに還っていくんだがそれがもったいないってんで使ってるのがこいつだ」

 理由を説明されて自分が汚物を有難がっていたわけではないとわかり、礼一は胸を撫で下ろす。

「それに魔道具は必要ないんですか?今手には何も持ってないんですよね?」

 パントレが何かを使用している気配がないので、礼一は彼がどんな手品を使っているのか探そうとその身体を上から下まで嘗め回すように観察する。

「おい、そんな気持ち悪い目でみるんじゃねぇよ。寒気がすらぁ。大体魔道具ってのもそれぞれの人間の魔力の癖を研究した結果の産物だからな。こんなもん大人になる時にみんな出来るようになるぞ」

 そう言われても礼一はやり方がさっぱりである。彼の場合そもそもまだ魔力の感覚自体身近でないため前提が大きく異なる。

「あんたの場合まずは魔力を使って動くことを覚えないといけないぞ。普通赤ん坊でもやってることだがな。魔力は使えば使う程強くなる。特においらたち冒険者みたいに危険に晒されて、死にそうな状況で魔力使ってるとより成長すらぁ。それが良いことか悪いことかは置いといてな。まぁまずは目を閉じて魔力の道筋を探ってみろや」

 礼一は目を閉じて、何か感じられないか集中する。

 一応指輪の魔道具が何かを吸い上げて指にしっかりとくっついているのはわかる。しかしながらそこから道をたどろうとしても、そもそも最初にどこから魔力が出てきているのかさっぱりわからない。

「あのーさっぱりわからないんですが」

「集中しろ。考えるな感じろ」

 仕方あるまいともう一度何か感じ取れないかと集中するがこれまたさっぱりである。

「やっぱ、わかんないですよ」

「才能ないんじゃないか。おいらなんか赤ん坊の時から逆さになっても出来てたぞ」

 そら母親の腹から出てくる時は大体みんな頭からなんだから逆さでしょう。

「パントレさん最初出来た時どうやってたんですか?」

「だからおいらは物心ついた時にはもう出来てたって言ってんだろ」

「じゃあ集中したら出来るかどうかわからないじゃないですか」

 礼一は出来ない腹いせに、取り敢えずパントレの指導法を責めることにする。

「いやぁ、修行ってのは大体集中して何とかするだろ。それか根性だ。そうか根性だ。よしちょっと殴り合いするか」

「嫌ですよ。なんで根性イコール殴り合いなんですか」

「いいからいいから、ちょっとやってみろ」

 パントレは早々に立ち上がって礼一の方を向いて拳を構える。仕方がないので礼一も必殺一般人の得意技猫パンチの構えを取る。

 ドンッ

 何の前振りもなく急にパントレがヌルッと懐に入り込んだと思うと、ボディーブローが撃ち込まれる。最初突然の衝撃に襲われ、何が起こったのかすらわからなかったが、直後腹から痛みに抉られて呼吸が出来なくなり倒れ伏す。

「、、なに、す、るんですか」

「おい、ちゃんと見とけよ。防御するなりしないと修行になんねぇだろ」

「いや見てましたよ。俺素人なんですからもうちょっとわかりよく優しくやって下さいよ。あとそんな強く殴られたら痛いです」

「お前ぇどこのお坊ちゃんだよ。そんなの修行じゃねぇだろ」

「何か悪いですか。俺ゆとり世代のリーサルウェポンなんで手取りナニ取り教えて貰う方が性に合ってるんですよ。ていうか何も教えないで出来ないことにキレる人って只々頭悪いですよ」

 時代の寵児礼一はパントレの指導法に真っ向から異議を唱える。

 それから二人は散々修行のやり方について文句を言い合った。そうして結局パントレはなるべく手加減する、礼一はなるべく反応して防御するという何とも基準の曖昧な妥協点に着地する。兎に角言い合いが終わり、ようやっとパントレ道場の修行が始まる。

 拳が身体を打つ鈍い音が響く、ただし音が聞こえるのは一方的に礼一の身体からである。たしかにパントレは殴るというよりもタッチする程度しか礼一に触っていないし、動く速度だって相当に抑えている。それでもずぶの素人の礼一にとってみれば何だかわからない間にタコ殴りにされているのと一緒で、拳をガードしようと考えても身体がついていかない。ひたすら何とかしようと慌てふためいているだけである。それにどれだけ軽いパンチでも同じところに幾度も当たればそれ相応に鈍痛がするし、何より一番最初に喰らわされたボディブローの痛みが未だに尾を引いており、身体を動かす度に顔を顰める羽目になる。

「無理無理無理無理無理。もう無理。痛い。疲れた。限界。死ぬ」

 すでに疲労と痛みでどれほど時間が経ったのか礼一にはわからないが、少なくともフラフラになって倒れそうになってから10分程は粘ったはずである。もう勘弁してほしい。喉は乾いたし、全身ガッチガチでこれ以上動けそうにない。

「ったくしょうがねぇな。今日はこの辺にしとくか」

 パントレは懐から魔道具を取り出して、ぶっ倒れている礼一に水を浴びせる。喉がカラカラの礼一は、この際見てくれなど構っていられるかとばかりに上から垂れてくる水に這い寄って、一心に喉を潤す。

「ふう。生き返った」

 運動してエンドルフィンでも出たのだろうか。甲板に仰向けになって見た夜空は先程よりも透き通って見える。吹き渡る風さえもが清々しい。

 その後二人は特に何かすることもなく、礼一に至っては何かする余裕もなく見張り番を続け、夜半に洋達と見張り番を交代した。

「痛ッた」

 階段を一歩降りる度に、身体中が軋み礼一は唸る。

「まったく弱っちくていけねぇや。そんなんだとすぐ死んじまうぞ」

 実際にこちらの世界に来てから既に幾度となく死にかけているので、パントレの言葉を黙って受け入れるしかない。本当によく死なずに生き残っていると思うし、奇跡以外の何物でもないように感じる。

「ここ空いてるから使えよ。今はどうせ人が全然いないんで、大体どこも開いてるがな。じゃあまた明日な」

 そう言われて礼一が入ったのは、階段を下りてすぐのパントレの部屋の真向かいであった。久しぶりに一人になったので、狭い部屋がやけに広く感じられ、本来なら大学に行っているはずなのに一体何をやってるんだろうとぼんやり考える。

 部屋の造りは基本的にパントレのところと大差なく、ベッドと机が置いてあるだけである。ベッドといっても、非常に簡易的なもので、木で作った台の上に筵

むしろ

ようなものが敷かれており、その上に布が被せられているだけである。普段であれば現代日本で暮らしてきた礼一にとってそれは貧相なものであるが、三日間ほど散々な体験をした彼にとっては身体を痛めることなく落ち着いて寝られる場所というだけで大層有難かった。

 寝っ転がると波の音が聞こえてくる。先程の滅茶苦茶な修行のせいで身体は痛むが、休んでいると不思議と何かが染み渡るような感覚がして痛みが麻痺していく。すぐに瞼が重くなり寝入っていく最中に、この染み渡る何かが魔力ではないかと礼一は感じる。夜はゆっくりと更けていく。束の間の安息が疲弊した彼の身体と心を労う。

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