第110話 遊園地とマスコットとシュレリンガーの猫

 1月も終わりに近づいたある日のこと。

 僕たちの通う双ヶ丘十海里高校は、来年度入学する学生たち向けの入学試験が行われる為、休み。僕と璃月は遊園地――片隅ふわふわランドにやってきていた。

 入口から中に入ると、RPGゲームに出てきそうな中世ヨーロッパ風の建物だったり、大きなお城が出迎えてくれる。一瞬で僕は異世界に迷い込んだ気になってしまう。しかも隣にいるのがお姫様みたいに可愛い璃月がいるので、尚更だ。

 もぉー、璃月、可愛くて、ほんとすきぃー。

 また、さらに進めば、遊園地によくあるジェットコースターやメリーゴーランド、観覧車なども目に入る。他にもAR技術を使ったシューティングゲームが楽しめるアトラクションなどちょっと変わったものだったり、開催する日時や時間が決まっているようだが脱出ゲームも開催されるよう。夜には花火が上がり、休日にはヒーローショーなんかもやっているとのこと。1日いても飽きることはないだろう。

 まぁ、璃月と一緒なら紅葉狩り以外なら飽きることなんてないんだけど‼

 僕はそんなことを思い、再度周りを見渡すことにした。


「わぁー、わぁー」

「鳴瑠くん。そんなに、くるくる回ったら目が回っちゃうよ?」

「わぁー、わぁー・・・・・うぅ、気持ち悪いよぉ」

「ゆわんこっちゃないんだから」


 呆れながらも優し気な微笑みを浮かべて璃月は、僕に駆け寄り背中をさすってくれる。彼女にさすられただけで僕は回復できるので、すぐに目まいから解放された。


「璃月、ありがと。遊園地に久々に来て、ちょっとテンションがあがちゃった」

「見てるこっちとしては、可愛いからいいけど。クルクル回るのは危ないし、気持ち悪くなっちゃうから、めっだよ」

「えへへ、璃月からめってされちゃった」

「反省しなさい。鳴瑠くんは罰としてクルクル回れないように、私が手を握っていたあげる。大人しく、私の隣にいるんだよ。はい、手、出して」

「うん」


 と、僕が手を出すとカチャリ。

 互いの間に手錠のかけ橋が架けられて、一定の距離から離れなくなる。

 そうして万全な準備を整えると、璃月は手を繋いでくれたのだった。

 ――あまりにも自然な流れだった為、僕は手錠のかけ橋がかけられたことに気づくのに遅れてツッコむことができなかった。流石は璃月。伊達に手錠で僕を拘束しつづけてはいない。そもそもの話、璃月との手錠は好きなので拒否はしないのだが。

 彼女の手際の良さに、感心していると僕はあるものを見つけて声をあげた。


「あぁー、璃月、璃月、大好きな璃月‼」

「ん、急に告白されたら、照れちゃうよぉ、えへへ。それでなに?」

「あっちに、あっちに変なのいるよ‼」

「あれはここのマスコットキャラだね。その名もクラゲのくららちゃんだね」

「へー、そぉなんだぁ‼」

「近くに行ってみる?」

「うん」


 僕と璃月はクラゲのくららちゃんのもとに行ってみることに。

 大きな2つの瞳に、蒼い色の丸い頭にはリボン。頭から伸びる無数の触手のうち、2本だけが太くそれを足のように使って大地に立っている。水の生き物の為に、地上にいるそれは妙な違和感を感じて仕方がない。それに、足に使っている2本の触手以外はうにょうにょと宙を動き回っており、どうやって動かしているのか謎だった。

 しかも時折、瞬きをしている気もしなくもない。

 本当に着ぐるみなのかな?

 若干、疑いたくもなるが、クラゲが地上で生きれるわけがないので着ぐるみだろう。ちなみに、可愛いか、可愛くないかでは言えば、後者かなぁー(言ってみたかった)。そんな感じのクラゲだった。

 とはいえだ。

 可愛いか、可愛くないかはさておき、僕はこういった着ぐるみをみるとある行動がしたくてたまらなくなってしまう。たぶん、ロリ遺伝子の影響なのだろう。

 1人、うずうずしていると、璃月は僕の欲求を口にする。


「鳴瑠くん。抱き着きたいんじゃないの?」

「え、なんでわかったの!?」

「鳴瑠くんってさ、私がいない時を見計らって、私の部屋に置いてあるおっきなぬいぐるみに抱きついたりしてるでしょ。私、知ってるんだから。だから、くららちゃんにも、おっきなぬいぐるみみたいに抱きつきたいんじゃないかって思ったんだ」


 何を隠そう、現在の僕はくららちゃんに、全力疾走をしてダイビング抱きつきをしたくてたまらなかった。その欲望は一旦、おいておき。

 隠れて璃月の部屋に置いてあるぬいぐるみに抱き着いていたのが、バレていたのが恥ずかしくて堪らない。この分だと、璃月におっぱいをおねだりする練習をしていたのも知られているかも。・・・・・はわわ、羞恥のあまり興奮しちゃうよぉー。

 歪んだ性癖が、表に出そうになる中、璃月は言う。


「私はもはや、鳴瑠くんの恥かしいところとか見まくってるから気にしないし。くららちゃんは、小っちゃい子に抱き着かれるのが仕事なところあるし。思う存分、抱き着いちゃえば。ほらほら、私にかわいーとこ、見せてよ。ね、えへへー」


 だらしない顔をし始める性癖まるだしの璃月。

 さりげなく、僕を小さい子に分類していたのが気になるが、いつものことなのでいいとして。僕は本当に抱きついていいのか、視線でくららちゃんに問う。

 すると、こちらに手を振って『こっちに来なよ』的ジェスチャーをしてくる。

 それに従い更に距離を詰めた。

 その際、僕たちに付いている手錠に一瞬だけ驚くもさすがはプロか、すぐに冷静さを取り戻して無数の触手をあげて抱き着いていいよのジェスチャーをしてくれた。僕たちはそちらに向かう。と、そこで、僕は思うことがあって、


「待って、璃月」

「わん‼」


 さすがは璃月。

 僕たちがたまにやるわんちゃんプレイの効果か、とっさの言葉でも飼い犬のように言葉に従う。僕は「お利口だね」とばかりに頭を撫でることにした。


「わふーん、じゃないよ」

「え、撫でるのやだった?」

「それはいい。もっとして‼」

「うん」

「で、なんで急に止まらせたのさ。ビックリしてわんちゃんになちゃったじゃん」

「それはごめん。けど、理由があるんだ」


 僕たちの会話に驚きを隠せない様子のくららちゃん。

 そんなくららちゃんは放って置き、璃月に『待て』をした理由を教える。


「くららちゃんの外側って、女の子だよね」

「外側って・・・・私の鳴瑠くんが、可愛くないことをゆいはじめた。でも、『ちゃん』って敬称が付くくらいだし、そうなんじゃないかな」


 くららちゃんも、『側なんてないよ。けど、女の子だよ』とジェスチャーをして教えてくれる。どうゆうわけか、なんとはなしに言っていることがわかった。

 ちなみに、正しいかは知らない。


「うん、うん。てことは、僕が抱き着いたら、浮気になっちゃわない」

「さすがの私もコイツと抱き着いたからって、浮気にしないよ。なんたって、絶対に私の方が魅力的。だから着ぐるみに嫉妬なんて皆無だもんねー、くららちゃん?」


 僕の璃月、着ぐるみに『私の方が魅力的だよね?』と同調圧力をかけ始めていた。

 それに乗らないくららちゃん。

 むしろ『この勘違いに何か言ってやれ』とばかりに僕に向けてジェスチャーをしてくるが無視。僕はいつだって璃月の味方だし、璃月のがくららちゃんよりも魅力的なので反論の余地なし。


「たしかに、璃月の魅力に勝てるものは、この世にも、あの世にもいないよ」

「もぉー鳴瑠くん。私のこと好きすぎ。ちゅーしたあげる」


 ほっぺにちゅーしてくれる璃月。

 えへへ、璃月の唇、やわらかくて好きぃー(嫌いなとこはない)。

 くららちゃんは『何、この子たち』とでも言いたげな視線を送ってくるが、とりあえずは無視。璃月との会話を続けることにする。


「でも、璃月って時々概念と浮気したとか言うじゃん。くららちゃんの時にもそう言ってくるかなって、抱き着くのを思いとどまったんだ」

「むぅ、たしかにそんなことゆってるような。とはいえ、今回は私から抱き着いてもいいよってゆったわけだし、気にしなくてもいいような気もするけど?」

「いやいや、璃月。忘れちゃいけないことがあるでしょ」

「え、なに?」

「さっきはくららちゃんに外側があるって言ったじゃん。ってことはだよ。中身がいるわけでさ、その中って男性か、女性かで、浮気になるかもしれないんだよ。これはまさに『シュレリンガーの浮気(シュレリンガーの猫の亜種)』なんだ。中身を確認するまでは浮気かわからない。くららちゃんはめっちゃ怖い爆弾だよ」

「シュレリンガーの浮気?がよくわからないけど・・・・。あ、ちなみに私的には男の人と抱き合っても、浮気だから。許可したあげるのはギリいろはちゃんだけね」


 シュレリンガーの浮気。

 中身が男性であろうと、女性であろうと、浮気となる。

 観測する為に、くららちゃんを脱がす必要さえなかった・・・・・。 


「うん、うん。たしかに鳴瑠くんのゆー通り。残念だけど、くららちゃんとは抱き合えないってことだね。そもそも、私ね、自分の行動の愚かさに気づいたの」


 真剣な顔をする璃月。

 僕は固唾をのんで話の続きを待ち、くららちゃんは『人とか入ってないから。営業妨害はやめてくれます?』みたいな顔とジェスチャーを僕たちにしている気がする。

 構わず、彼女は続けた。


「たしかに鳴瑠くんのゆー通り、くららちゃんの中身はわかんない。ようするにだよ。私の可愛い鳴瑠くんみたいな可愛い男の子を狙うド変態年上女がこの中に入ってるかもしれない。危ない、危ない、盲点だった。危うく私の鳴瑠くんが、くららによる触手プレイに遭っちゃうところだったよ。ほら、こっちにおいで鳴瑠くん」


 と、璃月は僕を引き寄せて、抱きしめてくれて、にゃわわ、璃月の胸の中は温かくて気持ちいいよぉ。僕はくららちゃんに抱き着かなくても、満足してしまっていた。

 いやいや、危ない。

 幸せのあまり、ツッコミを忘れてしまうところだった・・・・。

 まぁ、僕が璃月の所有物であるのは間違いないし、女装をすれば信者が湧く程度には可愛いので、そこは否定しない。だけど、くららちゃんの中身が『可愛い男の子を狙うド変態年上女性』は言い過ぎではないだろうか。むしろ、年上という点を除くと璃月にこそ当てはまるような気がしなくもないし・・・・。何よりだ、


「璃月」

「ん?鳴瑠くんをくららの触手から絶対に守ってあげるから、安心していーよ。ほら、君の大好きな私のおっぱいでも飲んでて。頭も撫でたあげる。よしよし」

「そんなに甘やかしてくれるの、璃月。もぉー大すきー」


 またもや流されそうになるが、グッと堪える。

 そして、僕は言いたいことを言った。


「ねー、璃月。流石に着ぐるみのくららちゃんに触手プレイはできないというか。その発想はちょっとえっち過ぎるような気がするんだけど・・・・」

「鳴瑠くん」

「ん?」

「私はえっちくないから」


 ぷいっと顔を背けながら、自身のおっぱいに僕の顔を更に押し付ける。そうして、僕は数分の間、喋られなくさせられた。ご褒美という名の罰タイムも終わり、おっぱいから解放されてしまう僕(残念)。彼女は再度、口を開いた。


「とにかくだよ。抱き着くのはダメってことにしよ」

「うん、それはいいけど・・・・」

「しょぼん」とくららちゃんは、ジェスチャー。

「「・・・・・」」


 ここまで話を長引かせて、待たせておきながらその結論に至った今。

 くららちゃんは寂しそうにしていた。


「璃月、写真くらいは・・・・・」

「・・・・だね、写真くらいはとろっか」

「え、ほんとにいーの!?」とくららちゃん。

「「喋った。しかも、口が動いてなかった!?」」


「フリフリ」首を横に必死に振るくららちゃん。

 僕と璃月は顔を見合わせる。

 それからいくら経とうともくららちゃんは、口を開くことはなかった。そのため、見間違いだったということにした。そうして、僕と璃月とついでにくららちゃんは写真を撮ることに。遊園地での最初の思い出を作ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る