第79話 ハロウィン 準備

「なーるくん。明日はハロウィンだね‼」


 風邪を完璧に治した璃月は、ぴょんぴょんアホ毛を跳ねさせながら僕の腕に抱き着いてくる。可愛い。可愛すぎて僕の心のアホ毛も、璃月のアホ毛につられてぴょんぴょん跳ねてしまう。

 彼女の言葉でわかるかもだけど、今日は10月30日。

 ハロウィンの前日。

 クリスマスの習わしでいけば、ハロウィンイブだ。

 といっても、都会の方では1週間前ぐらいからコスプレする人が現れてハロウィンが始まっているとテレビでみたし、ショッピングモールなどのお店では1ヵ月前から始まっていたりする。

 たぶんというか絶対って言いきれるけど、明後日11月1日になれば、クリスマスが始まるだろう。ほんとにカレンダーとはって感じ。さておいて。


「その行事については知ってるよ。みんなで街を汚すイベントでしょ?」

「うっわ、私の鳴瑠くんが、私をもってしても可愛さ皆無だぁ‼」

「・・・・可愛くなくなった僕は璃月に捨てられるの?道端にポイ捨てされるんだ。やっぱり、ハロウィンは街を汚すイベントなんだ」

「捨てない。捨てないから泣かないで」

「ぐすん」

「一生、私のだよ」

「よかった・・・・僕、ずっと璃月のでうれしいよ」


 謎の茶番を挟む僕たち。

 もちろんハロウィンがそんなイベントでないことはもちろん知ってる。ちゃんとマナーを守って楽しんでいる人もいるわけで。

 では、僕がどうしてこんな荒んだことを言っているのかというと、だ・・・・・。


「のっぴきならない理由があるの」

「私、わかる。このあとめちゃくちゃ可愛いことを鳴瑠くんがゆうの。可愛さを極限まで高める為に、最初に可愛くないことゆったの私知ってるの」

「・・・・・」


 言いずらっ!?

 と、ジト目を送りつつ、僕はこれからとってもカッコよくないことを言う覚悟を決める。僕にカッコよさがないのはわかってるから今更かもだけど。

 璃月は僕の手をにぎにぎしてくる。

 その行為には「どんな鳴瑠くんでも受け止めるよ?」なんて意思を感じる。手からも感じるし、アホ毛からもそう感じた。2方向からその意思を感じるので、きっとたしかなはず。アホ毛からの意思なら間違えるはずもない。


「実はね、僕・・・・おばけとか無理なの」

「はい、きた。きゃわわ、きたぁ‼」


 璃月のテンションは今日1で最高潮となっていた。

 僕は握られた手を強引に引かれ、バランスを崩し倒れそうになる。そこを彼女は自らのおっぱいでキャッチ。無事にぱふっとおっぱい着地に成功した。

 いいな、このぱふっとおっぱい着地。癖になりそう。

 璃月は興奮気味に息を荒くさせた。

 そのまま、むにむにと僕の顔を自身のおっぱいに押し付け始めた。たぶんだけど、

先ほどの「おばけ怖い‼」発言にショタ感を見出して興奮したのだろう。

 納得する僕。

 璃月はふと何かに気づいたように、アホ毛を?マークにすると訊ねてきた。


「あれ、でも・・・・」

「なに?」

「鳴瑠くんさ。夏休みにいろはちゃんと妖怪を探しに行ってなかったっけ?」

「うん、行ったけど。それがどうしたの?」

「妖怪はいいの?」

「何が?」

「だから、おばけは無理で、怖いのダメなんだよね?」

「うっ、直接的に言われると情けない」

「可愛いから、私的にはあり。で、怖いんだよね?」

「うん、怖い系のテレビ番組とかホラー映画とか絶対に無理だよ。お風呂とかトイレとか寝るのとか1人でできなくなるくらいには無理かな。ちなみにお姉ちゃんもそれは一緒だよ」

「可愛い追加情報ありがと、えへへ、はかどるよ~」


 え、何がはかどるの?

 僕が訊こうとすると、璃月が先に口を開いて訊くことができなくなる。


「おばけとかホラーがダメなら、妖怪もダメなんじゃないの?」

「え、なんで?」

「いやいや『何言ってるの?璃月、愛してるよ』みたいな顔しないで。『璃月、愛してるよ』って顔だけにしていいよ」


 ちゃっかり要望を言ってくる璃月。とりあえずは『璃月、愛してるよ。結婚しよっ』って顔を作っておくことにした。


「鳴瑠くん、プロポーズだなんて、受けちゃう‼」


 言葉にしてないのに伝わるなんてすごい。

 さすがは璃月だよ‼

 脱線してきたので話を戻すとして。


「妖怪とおばけは全然ちがうよ」

「どこが?」

「妖怪とは友達になれるもん」

「そっか、そっかぁ。お友達になれるもんねー、お友達なら怖くないもんねー」

「ば、バカにしないでよ。友達の証としてメダルも貰ってるんだからね」

「うん、うん。そーだね。私とは婚約指輪を交換しようね」

「・・・・・うん、する」


 僕の頭を優しく撫でてくる璃月は、母性に溢れてる。

 ・・・・というよりも、婚約指輪の話が出てるけど、今の璃月からは彼氏に向けてくる眼差しもなければ、彼氏と話す口調ですらなかった。それがちょっと嫌なような、そんな風に扱われて興奮しちゃう僕もいて、複雑な気持ちになってしまう。

 どうしていいのかわからなくなった僕は、そっぽを向く。


「照れてるのかなー、可愛いねー、きゃわわだねー」


 璃月は「でもね」と言うと僕のほっぺを両手で掴むと自分の方に無理やり向けてくる。今にもキスされるんじゃないかと思う距離まで顔同士が近づくと続けた。


「そっぽ向くのやー。私だけを見てて」

「・・・・・うん、見てる」


 無理やりされるの、ほんとに好き。ずっと見ていたい。

 熱く見つめ合う僕たち。

 どれくらい見つめ合っていたのか、璃月を見つめているために時間を確認することができない。飽きることもないし、見ようとすら思はない。

 あー、このまま璃月の瞳の中に入っちゃいたい。ちゅーしたい。

 そんな想いとは裏腹に、周りの人たちが咳払いという名のBGMを流し始める。

 見つめ合うことに夢中ですっかり忘れていたが、ここはショッピングモールの一角にあるハロウィンのコスプレ売り場。

 そんな場所で2人見つめ合い、たむろしていたら、邪魔になってしまうのは当然のことだった。イチャイチャは人に迷惑がかからないようにしなくちゃ。

 というわけで、僕たちは名残惜しさをともないながら見つめ合うのをやめる。代わりに見るのは売られているコスプレグッズたち。種類が豊富で目移りする。でも、やっぱり璃月が1番みたいなーとか思ったりして、横目で璃月を数回チラ見。


「とりあえず、鳴瑠くんは、どのコスプレを着ていく?」


 正直、璃月しか見てなかったので、コスプレ衣装をどれにするかなど決めてはいない。僕は適当に答えることにした。


「うーん、とね・・・・・まだ、決まらない」

「そっか。鳴瑠くん、ハロウィンはおばけが怖いっていう理由で苦手だし。ここにあるコスプレの種類は多いし、学校に着て行くって考えると選ぶの難しいよね」


 長らく、おしゃべりやら、見つめ合いなどをしてきた僕たちだったけど、ここには明確な理由があってやってきていた。

 その理由というのは、明日の学校に着ていくコスプレ衣装を買うため。

 僕たちの通う双ヶ丘十海里高校は基本的には普通の学校だけど、ことイベントごとに関しては、体育祭の時のように『普通』はどこかに消え失せる。

 普通の消失はハロウィンの時も同様らしく、明日は各々コスプレをしなくては学校にすら入れないとの通達が1週間前から出されているほど。

 しかも、今日は学校全体をハロウィン仕様にするための準備期間に当てられ、平日だと言うのに学校は休みだったりする。どんだけ行事ごとが好きなんだろって感じ。

 よくよく思い出すと、学校説明会のときに学校行事に力を入れている、なんて言ってた気がする。よもやここまでとは思ってなかったけど。

 事前説明と入ったあとのギャップがあるなんて、世の中的には多く見られることだし、仕方がないことだとは思うけど。

 僕がくだらないことを考えている合間に、璃月は目星をつけたよう。


「鳴瑠くんはね、これがいいよ‼」


 自分の衣装を決めたテンションで、僕の衣装を決めていた。

 璃月がアホ毛をぴょんぴょんさせて見せてきたのは、スカイブルーのワンピースとフリルの付いた白色のエプロンが合体したデザインのエプロンドレス。どこからどう見ても、不思議の国のアリスに出てくるアリスのコスプレ衣装だった。


「・・・・・璃月。今月、僕が女装するの何回目だと思ってるの。休みの日に限っては、男の格好をしていた時の方が少ないまであるよ、たぶん」

「鳴瑠くん、ノリノリだったのに。どうして私が責められている感じなのかな!?」

「こっちのつなぎにフードが付いた着ぐるみタイプにしようよ。お揃いのとか、璃月の好きなキャラクターのとか、いっぱいあるよ」


 お揃い、という言葉に璃月はぴくっと反応を示す。

 だが彼女は、横に首を振って、魅力的なその言葉の響きを振り切ろうとする。


「お揃いは捨てがたいけど・・・・今回はちゃんと理由があってこれを推したの」

「そうなの?」

「うん。鳴瑠くんさ、ハロウィン怖いんだよね」

「それはそうだけど・・・・」

「でしょ。明日の学校がどんな風になってるのかわからないし。おばけの格好をしてる子もきっといると思うの。そしたら鳴瑠くんは、落ち着かないでしょ。今も不安でしょ」

「・・・・・うん」


 明日のことを考えると、不安になったりする。

 それほどまでにおばけの類が僕は嫌だ。


「そこで思ったの。鳴瑠くんは明日1日、不思議の国に迷い込んだ女の子って設定になれば、まだ心が楽なんじゃないのかなって。ほら、不思議の国なら何が起きても、半透明なおばけっぽい人が出てきてもおかしくないわけだしさ。だから、これを着てなりきれば、気休め程度にはなるかなっって」

「・・・・璃月(僕のことを考えてくれてありがとーの眼差し)」

「もちろん、鳴瑠くんの可愛い姿がみたいってのもある」

「・・・・璃月(僕のことを考えてくれてるのか怪しいなのジト目)」


 居心地悪そうな顔をする璃月。そんな彼女はその衣装を棚に戻そうとする。

 僕は棚へと伸ばされた手を握ると、彼女の行動を阻止した。

 そのままの態勢で僕は言う。

「お揃いの着ぐるみっていうのもいいかもだけど、今回はこれにしようかな」


「え、でも女装は嫌なんじゃないの?」

「女装をやり過ぎて飽きてきたのはあるし、あと1ヵ月くらい・・・・半月はいいかなって思ってるよ。だけど、僕のことを考えて璃月は選んでくれたんでしょ」

「うん、それはそー」

「なら、これにしないわけにはいかないよ」

「そっか・・・・」


 璃月は僕に、アリスの衣装を差し出し、笑って言った。


「苦手でも向き合う鳴瑠くんはカッコいい。女装をしてもカッコ可愛い。だからこれを着て頑張って楽しもっ‼」

「うん‼」


 璃月の言葉に僕は大きく頷き返した。

 不安はもちろん消えはしない。

 けど、明日は不思議な国に迷い込んだとでも思っていれば、なにより璃月とならどんなに怖いものでも楽しめるんじゃないか。

 そんな希望が、僕の中にたしかにあった――


 ハロンウィン当日の僕からの一言。

 ――と思っていた時期が僕にもありました・・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る