第53話 夏休み 8月その3 夏祭り 待ち合わせ
夏休みの本番は7月よりも、8月というイメージがなんとなくある。それはお祭りやお盆、星降町家のように旅行に行くのも、どちらかと言えば8月の方が多いからなんだと思う。
今ははやいもので8月も下旬。
いよいよ、夏休みも後半も後半に差し迫る中、今日は璃月が旅行に行く前に約束していた夏祭り当日になっていた。
もちろん、彼女の帰省と夏祭りとの間にも僕たちは会っていた。
会ってはいたのだが、旅行中の約3日間を埋めるように、名前を呼び合ったりとか、頬をつっつきあったりとか、くるくる回り続けたりとか、笑いあったりとかしていなかった。そのため、中旬については時間が飛んでいたりする。
夏祭りについて話を戻して。
片隅市では、夏祭りと花火大会が毎年、同時開催される。会場は江トノ島駅の江トノ島。毎年多くの人が訪れるそんな祭だ。
僕は待ち合わせ場所である、江トノ島へと続く橋の入口で、ピロピロと鳴っているよくわからない笛の音や、どんどんと規則正しく鳴っている太鼓の音、ガヤガヤと喋る参加者の声を遠くに聞きながら、僕の愛しの彼女である璃月を待っていた。
そして、そのときが来るのを僕は察知する。
もっと、正確に言うならば、アホ毛の気配、璃月の足音、空気の流れで璃月が来たことに気づく(もはや人間技じゃないのが含まれている)。
彼女が話しかけようとしていることに、見るまでもなく気づいている僕は顔を上げて先に声をかけた。
「璃月、綺麗な浴衣姿だね‼」
「え、なんで私が来たのがノールックでわかったの。こわい」
瑠璃色の浴衣に身を包んだ璃月は、第一声で彼氏に言うべき言葉ではないことを言ってくる。地味に悲しい。
悲しみを背負いながら、僕は思う。巨乳の人は浴衣が似合わないっていうけれど、そんなことないじゃん、と。
特に巨乳浴衣で僕が好きなのは、帯によりおっぱいがより強調されていること、帯の上部分がおっぱいによって隠れているところの2か所が何よりも好きだった。マニアックかもしれないけど、事実だから仕方がない。
「うーん、ノールックで璃月が来たことは察知したけど、浴衣をちゃんと見て綺麗って褒めたんだけどなー。ダメだった?」
「ううん、そんなことはないけど」
そっぽを向いてアホ毛をいじいじしながら、璃月はそんなことを言う。
たぶん、照れてるな。
ちょっといたずら心が働いて追撃したくなる僕がいる(彼女に使う言葉なのかはいささか疑問)。
「髪の毛もまとめてきて、うなじが見えてるのもいいし、えへへー。帯の止め方もリボンぽくて可愛いし、えへへー。なにより、アホ毛‼アホ毛がいつにもまして輝いてる‼えへへー」
「途中途中、ニヤニヤしてるのが気になったのと。最終的にはそこに行くんだね。でも抜かりはない。最近は、アホ毛のケアもちゃんとしてる」
「そっかそっか。どんどん璃月のアホ毛が好きになっちゃうよー」
「あと、若干、納得言ってない褒め方だったけど、ありがと」
そんな風な言い方をしているが、どこまでも嬉しそうな顔をしてくれる。そんな顔をしてくれるからどんどん褒めたくなっちゃう僕がいる。
今度は璃月が、僕をじーと見てから。
「鳴瑠くんの浴衣姿もかわいい、脱がせたくなるじゃなくて、ずっと見ていたくなる」
「途中、褒め言葉じゃないのがあったきがするけど、ありがと」
璃月に脱がされるのも悪い気はしない、むしろ脱がされたい。じゃなくて、褒められてとにかく嬉しかった。
今回は璃月と同様、瑠璃色の浴衣を着ている。彼女の提案でペアルックという、カップル感満載のスタイルで夏祭りに挑む次第だ。
「鳴瑠くん鳴瑠くん」
「ん?」
「下着はもちろん、付けて来てないよね?」
「付けてるよ!?」
「なーんだ」
「璃月は?」
「付けて来てるよ?」
「えー」
「鳴瑠くんの変態さん。普通に付けて来てるに決まってんじゃん。私、変態さんじゃないから。なんで鳴瑠くんの方こそ、下着つけてきちゃったの?」
「ここまでくると、理不尽が心地いい」
理不尽だろうが、なんだろうが。浴衣という普段は着る事のない服装により感じる非日常感の為か、何をされても楽しいし、ニヤニヤがどうも止まらない。
とにかく、僕と璃月は浮かれていた。
そんなこんなで合流したわけだけど、今だに出発していなかった。なにやら璃月が出発前に話したいことがあるとのこと。
「よく夏祭りで離れ離れになっちゃうこととかあるでしょ。マンガとかドラマで」
「たしかに人混みに揉まれて手を繋いでてもはなしちゃったら終わりだもんね」
「うんうん。君と離れ離れになるのって絶対に嫌だって前の事で思い知って。私は絶対に離れない方法を考えてきたの。危機管理ー‼ってやつ」
そう言って、自信満々にきんちゃく袋から、あるものをどこかの猫型ロボットの如く天高く掲げて取り出した。
それは通常の生活では中々みることのできないもの。2つの輪っかが付いており、その間は鎖でつないでいる。たぶん、その鎖は2人を繋ぐ絆の証なのかな?
現実逃避をしても仕方がないので・・・・・ようするにそれは――、
「鳴瑠くん、見て見て、手錠を持ってきたのぉ‼」
滅茶苦茶いい笑顔で、また、めちゃくちゃ可愛くはしゃぐ璃月はそれの名を口に出した。しかも、彼女にないはずの犬の耳と尻尾が見えてきて、褒めて褒めてと尻尾を振っているように見えてしまう。僕はきっと疲れてるのかもしれない。
あぁ、犬耳、犬の尻尾がついてる璃月、可愛いなー。
そもそも疲れているから、夏祭りのデートに手錠を付けようと提案してきている璃月が見えるのかもしれない。たぶんこの璃月は幻かもしれない。本人曰く、悪までも本人曰く、彼女はえっちくないはずで、手錠なんて持ってないはずだ。
「璃月、僕にキスをしてみて」
「ん、いーよ♡」
何の躊躇もなく僕のほっぺにキスをする。
あ、この感触は本物だ。
「現実だったかー」
「現実だよ。いくら私の浴衣が幻みたいに見えたり、手錠デートが夢のようでも、全部現実。私はちゃんと君の前にいるよ?ちゅ♡」
いいように解釈したかー。
とりあえず、もう一回キスをされたことが嬉しかったので、否定をするタイミングを失ってしまった。まぁ、手錠デートがしてみたくないかと言われたら・・・・・してみたい。
「とりあえず、わかった璃月。落ち着こう。璃月が手錠を持っている変態なのは理解できた。ここまではOKだよ」
「手錠は持ってるけど、えっちくない」
普通の人は持ってないんだよなー。
長くなると踏んでこれ以上はツッコミを入れないでおく。ツッコミとボケのやりとりよりもイチャイチャしたい僕である。
「で、一応確認するけど、やっぱり手錠だよね?」
「そー、手錠。あふぁぞん(通販サイト)で買ったんだ。ママに見つかりそうになってドキドキしちゃったの。あ、これを鳴瑠くんと付けようとしてる今もドキドキしちゃってるけど。えへへー」
それがどんなものかわかっているようではあった。
余計に性質が悪い。
待て、僕の感性が少しおかしかったりしないか。だって世の中、僕の価値観がすべてではないはずだ。
案外、手錠を付けて絶対に離れないようにデートをするっていうのは普通のことなのかもしれない。また、『絶対に離れないように』って一見ロマンチックじゃない?
手錠デートはありなんじゃないかと、僕の天才的な頭脳は導き出す。
ここからは言い訳タイムが始まる。
そもそも手錠と聞くと、悪い事をしたとか、アブノーマルなSMプレイに使われているとか、そんなイメージがある。だからこそ、ちょっと抵抗感があるわけで。璃月と一緒に鎖の範囲以上は離れられないていう現状は最高じゃないか。
ありよりのありで、賛成よりの賛成だ。
脳内言い訳タイムも終わり、僕は元気よく答える――、
「――よし、手錠をつけよう‼」
「うん、つけよ」
「折角だし、せーのでつけない?」
「いいね、それ。さすが鳴瑠くん‼あ、ならさ。お互いの手錠をお互いが付けるのってどーお?」
「え、やりたい」
「それもしよー」
とっても可愛いやりとりだけど、現実は手錠を付ける話だった。とりあえず、僕はノリノリで楽しむ案を出すことに専念する。
それから、2人で声を合わせて「「せーの」」で――ガチャ。
何はともあれ、僕と璃月はそれぞれの手首に手錠を付けた。僕が右利きで、璃月は左利きのため、利き手が空くように付ける。
あれ、これ・・・・。
「えへへー、このひんやり感が璃月と繋がってる証だと思うと。めっちゃいい」
「わかる。ね、いいね、これ。これからもしよっ」
「うん‼」
僕は小さな子どものように純粋な瞳を璃月に向け、元気よく返事をした。
忘れてはいけないが、手錠の話だった。
「私ね、実は手錠の他にもう一個、案があったの」
璃月は「聞いて聞いて」と今日あった楽しい事を話したくて仕方がない子どものように言ってくる。こんな可愛い姿を見せられては、アブノーマルな提案なんだろうなと確信を抱いていながらも聞かざるおえなかった。
恋人心と父性心が動かされてしまうのだから本当に仕方がない。
「えっとね、もう一個の案は、お互いの首に首輪を付けて、お互いのリードを持ち合うっていう案だったんだー、えへへ、天才でしょ。これならはぐれなくてすむよね」
「だね。たぶん、友達に見られたら離れていくと思うけど」
「いいの。私は鳴瑠くんがいれば」
「璃月、ほんと好き、大好き、愛してる、離れたくない」
「もう急になに。私もだよ。それに今は手錠があるから離れられないよ♡」
「よかった手錠があって」
ふとこの時思った。
首輪リードデートに比べたら、手錠デートなんて可愛いものじゃないかと。可愛すぎてノットアブノーマルな気がしてきた。
「でも、いろいろなデート法を思いつく璃月は、あれだね。デートのハウツー本でも出せるんじゃない。『恋人との距離を近づける(物理)手錠デート』とか書けば案外いけるんじゃないかな」
「えー、そんなことはないよぉー」
まんざらでもない顔をする璃月。可愛い。
そこでふと思う。
あれでも、最近では幼児の服にリード的ヒモがついていて、どこかに行かないようにするものもあるらしいってきくし、リードデートも普通のことなんじゃ。
僕の順応スピードはかなりのものへと進化していっている。ただ単に、普通というものが何なのか麻痺してきたとも言えるかもしれないけど。
そもそも普通なんて、民衆の意識の塊だ。そんなものに僕たちのイチャイチャを邪魔されたくはない。
こうなってしまえば早かった。
リードデート。とりあえず、1回やってみたいかも・・・・。
そんなこんなで、僕と璃月の夏祭デート(手錠)が始まりを迎えた。
ちなみに。
手錠で道を歩いていると、周りの人たちが勝手に避けてくれて歩きやすい。また、これなら人混みに揉まれる心配はなさそうだ。
手錠でこれなら、リードだったらどうなってしまうのだろうか。
少しばかり気になる僕がいた。
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