第43話 終業式とアホ毛
今日は終業式。明日から夏休みだ。
終業式も中盤戦に突入。
うちの学校は無駄に施設が多くある。その中の1つが今現在、終業式が行われている講堂だ。体育館もそうだけれど、冷暖房備え付けの生徒に優しく、地球に厳しいハイスペック設備となっている。そのため、ありがたいことに夏の暑さを忘れて、校長の長ったらしい話を聞くことができるのは嬉しい限りだ。
と、言っても。
炎天下の中で聞かなくていいと言っても、やっぱり聞きたくないものは聞きたくないわけで。これもパワハラとかに該当しないかなー、とか。教育とか学校行事にクレームを入れるならこういうところに入れて無くしてくれないかな、とか。そんなことばかり僕は思う。
そんな時、校長先生がつまらないギャグを言ってスベッた。
これで心折れてステージから降りてもらいたい。その思いは他の生徒も同様なのか、誰1人として笑わない。講堂内を支配するのは校長ではなく静寂だった。これはもはや、ステージからの降壇を願う生徒たちの無言の抵抗と言えよう。
だが、校長もただでは降りたりはしない。むしろ、これは十何回目かのスベリで静寂なんてなんのその。
学校側に対する不満を体現する無言の反抗も虚しく終わり、校長は再び話し始める。もはや、ヤツの心は鋼なんて柔いものでできていないようだ。たぶん、この世界にあるどの金属よりも固いに違いない。
ここまでくると、スベリ芸を生業として生きていった方がいいのでは?と、セカンドライフを勧めたくなるが、校長とそこまで仲が良いわけじゃないからやめておく。
それはさておき。
双ヶ丘十海里高校の終業式などの式系の行事は全て講堂で行われているのだが、席は基本的に自由席だ。そのため隣には璃月が座っている。
彼女を横目でチラリ。
つまらない校長の話をBGMに彼女は、ちっちゃな口を大きく開けてあくびをしていた。彼女の小さな手では口全体は隠しきれていない。それだけで可愛い。
視線に気づいた彼女は恥ずかしかったのか、はむっと口を急いで結ぶ。その様子が心の底から可愛くて頬がにやけてしまう。
そんな僕に小声で彼女は囁く。
「き、君。ニヤニヤしちゃってるけど。もしかしてさっきのすんごーくつまらなかった校長せんせーのギャグが面白かったのかな。趣味悪いよ?」
僕が言うのもなんだけど、校長に失礼だよ?ほんと、僕が言うのもなんだけど。
別に校長の味方じゃないので、僕はスルーして小声で答える。
「そんなわけないよ。僕は璃月が可愛いなー、て思ってニヤニヤしてただけ」
「彼女の恥かしいところを見てニヤニヤするのも趣味悪いよ」
「好きになる女の子の趣味はいいと思ってる僕です」
「むー、今はそゆー話してない」
照れながらも否定はしない璃月。
そんな彼女は「・・・・あと」と言いづらそうに続ける。
「どーして、君は。私のアホ毛をコネコネし続けてるの?」
そう、僕は終業式が始まってからというもの、璃月のアホ毛をコネコネしていたのだった。手持無沙汰ってのもあるけど、普通にずっと触っていたかった。
「え、ダメ、かな(決め顔)?」
「どーして決め顔でそー聞けるの?」
「好きな子を感じていたい。それは普通のことかと?」
「普通、手とかでもいいと思う」
「手も繫ごうか?」
「そーじゃなくてね」
文句を言いながらも、璃月は僕の手をぎゅっと握る。
ちなみに、彼女のアホ毛はこの手に握り続けたままだ。両手に彼女の手とアホ毛、今の僕は最強の状態と言える。何が最強なのかはわからないけど。手を繋いでもアホ毛は放さない。それが僕のポリシーだ。
そんな彼女の手はプルプルと震えている。流石に怒らせちゃったかな。と思い僕は彼女を見ていると。
「むぅー、くすぐったい」
「アホ毛にも神経が通ってるんだね。アホ毛はやはり興味深い・・・・」
「・・・・・。まぁ、いいや」
呆れた様子を見せたけど、璃月は言及するのをやめたらしい。
変わりに別の言葉を続ける。
「前まではアホ毛に何か当たったり、触られたりしても特に何も感じなかったんだけど、なんかアホ毛が最近へんなの」
「たしかにアホ毛の曲がり具合とか、大きさとか、生えている角度とか、感情と連動する動きとか、どんどん魅力的になってるよね」
「私のアホ毛の変化を見抜く君もだけど、もはやただの髪とは思えない変化が起きてるね、私のアホ毛・・・・」
「そんな心配することじゃないよ、うん。とっても良い事だよ」
「アホ毛のケアとか力を入れてしてないから、褒められてもびみょー。肌とか褒められた方が嬉しいなー、私的に」
「璃月の肌って唇が吸い寄せられる肌だよね」
「うん。そーでしょ」
僕は璃月の頬にキスをする。
上機嫌になってくれた彼女は、僕の頬にもしてくれる。
僕たちの様子を見ていた周りの生徒たちが少しばかりうるさくなって、生徒指導の先生に目を付けられそうになったが1度黙ってそれを回避。
アホ毛の話に戻る。
「それで、どう変なの?」
僕の問いにそっぽを向きながら璃月は答える。
「変ていうか。なんか、君に・・・・鳴瑠くんに触られるとね、気持ちよくなっちゃうの」
「く、もはやアホ毛が性感帯になる日がこようとは・・・・それにしても、性感帯が誰にでも見えてる場所、状態にあるのってすんごくえっちくない?」
「む、えっちくない、・・・・・むっ小声だとものたりない」
消化不良な様子の璃月。
とはいえ、アホ毛をいじられると気持ちいいか。うん、いいね‼
「あーあ、僕もアホ毛がほしいなー」
「・・・・・鳴瑠くん。ほんと末期」
そんなアホ毛の話をしていると、いつの間にか終業式は終わりを迎え校長は講堂から立ち去ってゆく。
そんな校長の顔は、全てのギャグが滑っていたのにも関わらず満足げな表情だった。あの何度でも立ち上がる不屈の精神はどこで買えるのだろうか。これではまるで、何度直そうとしても立ち上がるアホ毛のよう――あ、もしかして。
僕はあることに気づいた。
「璃月、校長はアホ毛なのかも‼」
「そっかそっか、何言ってるかわからない」
「うん。実はね、僕も何を言ってるのかわからないよ」
「だろうね。明日から夏休みだから、しっかり遊んで休もっか」
「うん‼アホ毛で遊ぶ」
「普通に遊ぼうか」
こうして、夏休みが始まる。
璃月との初めての夏。やりたいことが多すぎて仕方がない。
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