蝋燭の炎

 日は落ち、月明かりと街灯に照らされているビアンカの住宅街。周りと比べて明らかに豪華な家の、ある一室。

 コトンと静かに音を立て、ティーカップが机に置かれた。


「ありがとう」


 ぎこちなく紅茶を口に含み、飲み込む。


「それで」


 お盆を持ったメイドは顔を上げる。


「今はマグナが番をしているので構わないのでございますが⋯⋯、ここまで来てお話することとは一体何でございましょう」

「フェルニー、その、実はね」


 高級そうなソファーに腰掛け、緊張したように肩を狭めているのは、エイン。


「今日、会ったの。あいつと」

「あいつ、とは?」

「覚えているかしら。いえ覚えているでしょうけど。金髪緑眼のエルフ」


 漠然とした情報だが、フェルニーにはそれで十分にわかった。それは、表情が険しくなったことから伺えた。


「ああ、彼女と。では先程の報告にあった謎の女というのは」

「ええ。そいつよ」

「彼女がついに目立って動き始めた⋯⋯と」


「また始まるのかしら」

「いいえ。そんなことはわたくしどもがさせません。そうでございましょう?」

「ええ、ええ。そうね。だってこんなに暖かいの⋯⋯こんなの初めてだから。絶対に守らなきゃ!」


 立ち上がって拳を握りしめる。


「ふふ、ご報告ありがとうございます。こちらでも何かしらの対策を練りますので⋯⋯、あら」


 ガチャリとドアが開く音が聞こえてきた。誰かが帰ってきたのだろう。


「ちょうどお嬢様がお帰りですね。夜道は暗いので、くれぐれもお気を付けくださいまし」

「ええ。ごめんなさいね急に。でも少し気が楽になったわ」



 帰り道、ふと気がついた。

 フェルニーはお嬢様が帰ってきたと言った。しかし、自分は誰ともすれ違わなかった。居たのは一階の入口近くで、すぐ部屋を出たのだから足音ぐらいしてもいいはずだ。

 いや、それは本当に偶然で、考えすぎなだけかもしれない。


 しかし、フェルニーが誰かに仕えているという話は聞いたことがない。あの家ならお金持ちが住んでいてもおかしくはないが、一体どのような人物なのか。


 知らなくても特に問題は無いのだが、何だか気になる。

 研究者。それとも商人。


「⋯⋯こんなこと考えたってわからないわね」


 どうでもよい疑問は放り投げて、真っ直ぐギルドの寮に帰った。




 蝋燭の炎がゆらりと揺らめく部屋。


「先程のお話ですが」

「彼女は聞いていませんよ。私に聞こえなかったのですし恐らく」な

「あなたにはお伝えしておきます。くれぐれも⋯⋯」

「彼女も含め口外厳禁ですね、わかっています」

「ええ。よろしくお願い致しますわ」

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