妖精の要請

 元素の化身はどのように誕生したのか。


 エインもベルも、気が付いたらこの姿でいたことしかわからない。ただ、自分は元素なんだなという意識だけがあった。


「考えてみると、確かにわからないわね」

「だろう?だから、私自身も本当に妖精なのか、そして今の私も本当にカリウムなのかはわからないのだ」


 カリハはそう言いながら、アイスコーヒーを運んできた。


「ありがとうございます」

「ありがとう」


 カリハは、神樹の森にぽつぽつとある中の大きな木のうちの、ある一本にあるあまり目立たないツリーハウスに隠れ住んでいるようだ。そこの周辺は、妖精の集落だった場所で、一つの小屋に何人もの妖精が暮らしていたという。確かに、そう言われても頷ける広さだ。


 空いたスペースで傷ついた動物を保護できるくらいなのだから。


「そうだ。神樹の森の植生は凄いんだぞ。例えばこのコーヒー豆。こんな所に実るはずが無いのに実る。当然種類は全く違うが」

「ふうん。適応放散ってやつね」


 どうやら、本来この辺りのように冷涼な気候では育たないようなものが、この気候にあった状態で育っているらしい。


「と、自慢は抑えて、本題だな。先程見たように、全ての動物が凶暴化している訳では無いのだ」

「そうだわ。一体何が起きているの?」

「私の推測だがな」


 椅子に腰掛けて、カリハは話し出す。


「何らかの力で、動物たちが凶暴になっている。その力に耐えたとしてもあの様だ。とは言っても、その力が何なのかは分からない」

「もしかしたら魔術かもしれないわ。結界の他にもう一つ、別の大きな力が働いている」


 決めるのは早いが、大いに有り得る。


「ふむ、なるほど。魔術か」

「あの、魔法と魔術って何か違うんですか?」


 ベルは前々から気になっていた疑問をぶつけてみた。

 魔術師にとっては常識で、感覚でわかる事だが、魔法しか使えない身にはなかなかしっくりこないものである。


「似ているんだがね。イメージだけ言うと、魔法は使うもの、魔術は組み立てるものだ。あと、魔法は自然に深く結びつくが、魔術は魔力に強く関係する。簡単に言えばね」


 魔法に準備は要らない。本人に魔法が使えるのなら、使えるのだ。元素や妖精などは自然との結び付きが強いので、扱える。


 対して魔術は、魔力と適性さえあれば誰でも使える。種族は問わず、正しい手順を踏めば行える。

 適性だけでもあれば、魔力を身に付けられる方法は一応あるが、ほとんど才能が左右する。一度魔力を手に入れれば、そこからは修行を積めば許容量も増えるという仕組みだと考えられている。


「君たちは凶暴化した動物達を見たかい?ああ、こういう時に人間を外すのは暗黙の了解だな」


 人間以外の動物だなんて言うと、長ったらしくて面倒だ。そういう意味でも、そのように括ってしまった方が楽なのかもしれない。


「そういえばまだ見かけてないわね。あの子が初めてだったわ」

「来てからあまり時間もたっていませんでしたし」

「そうね」

「そうかい」


 カリハは考え込んでから、


「やはり、実際に見るが早い。付いてきてくれたまえ」




 出会ったのは、耳が羽となっている兎だった。


「あいつはミミット、聴力を僅かに落とし、飛行能力を得た兎というところだな。鋭い嗅覚で敵を察知し、目で姿を捉え、目にも止まらぬ早さで見失わせてしまう」

「…傷だらけ」


 なんとも痛々しい。体中に傷があり、血塗れだった。

 しかし先程のとは違って、弱っている様子はない。


「動きさえ封じられれば、治せるのだが」

「ふうん、そういうことね」

「あ、じゃあ皮膚」

「を腐食させるのはやめろ」

「じ、冗談です」


 ハロゲンはみんなこうなのだ。本気でなくともすぐそういう発想になるんだから。


「んー、じゃあ眠らせるのってどうよ。あたしが子守唄を歌ってあげるわ。魔術のね」

「ほう、そんなことが出来るのか。興味深いな」

「あたしも原理は知らないけど、頭の中に旋律とかが湧いてくるのよね。魔術も魔法も想いが大事っていうし、歌ならあたしでも結構な力が出せるのよ」

「その方法で行きましょうか。早くしないと健気に待機してくれてるミミットちゃんが不憫ですよ」


 そういうのって言っちゃダメなんだけどハロゲンには関係ないのだ。

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