神樹の里レスティ

 レスティの駅からも森は見える。

 石造りの階段を降りれば、そこはもう森の入り口だ。


「んー、自然いっぱいだわー」

「ツリーハウスツリーハウス⋯⋯」


 幻想的だと本にも載る場所なので、二人とも目を輝かせている。


 整備された道の脇には木の柵がある。それほど頑丈ではなさそうで、もともと森の生物たちは穏やかだったのだろうと考えられる。


「観光で来れたらよかったけど」

「じゃあ終わったら観光しましょうか。写真もいっぱい撮りたいですし」

「そうね、一刻も早く依頼を達成しないとね」


 まず向かうのは、里の長のもと。

 道に従ってまっすぐ歩いていく。



「ようこそおいでくださいました。わざわざ遠くからありがとうございます」


 出迎えてくれたのは、不思議な巫女服のような装束に身を包んだ女性だった。

 幾重にも重ねられた布は、重なる木々の葉にも思える。


「わたくしがこの里の長、レアです。わたくしどもではどうにも出来ませんゆえ、今回ご依頼しました次第です」

「けが人が出るかもしれない方を選ぶよりかはあたしたちがやった方がいいでしょう。体は頑丈ですから」

「大変心強いです。武器など、必要なものがございましたらお申し付けください」

「平気よ。魔法があるもの!」


 得意げに胸を叩くエイン。彼女はこのときすでに目星が付いていたのである。


 レスティに近づくほどに強くなっていく何かの力。一つは結界だが、もう一つは?


 エインは一応魔術師の端くれではあるので、力自体は感じることが出来るのだ。

 しかしそうだとしても、エインが感じ取れるのなら、その力は隠されていないのだろう。さすがに二つの異なる魔力の識別はできる。

 森のどこかに、その術式はある。



「ふーん、お参りに来るだけあって、神樹の森も一応道という道が無い訳じゃないのね」

「そうですね」


 しかし、駅からレスティまでとは違い、この神樹の森の道には柵がない。


「策で仕切る必要が無いほど親しかったのかしら」


 動物を殺せば簡単に問題を解決できるかもしれない。その問題とは動物達の凶暴化に限定されるが⋯⋯。それをしないというのは、里の民は自然を敬い、共存を望んでいるということだろう。

 それが実現していたことが、奇跡というものなのか。レスティの民からしてみれば当たり前だったのだろうが。


「うーん、凶暴化したって、具体的にどんななのか聞いておけば良かったわね」


 エインがやる気に満ち溢れすぎていて、飛び出してきたような感じになってしまった。

 人に対して襲いかかってくるのか、それとも動物同士の殺し合いがあるのか。何にも構わず暴れ回るのか。


「無駄に傷つけたくはない。言われはしなかったけど、できることならそうしたいはず」

「そうですね」


 レアは、レスティの人々を優先した。それは村のまとめ役として当たり前のことであり、責められるはずがない。あってはならない。


 どうにか原因をつきとめ、動物たちも助けたいものだ。

 しかし、その実態を見て見ないことにはどうにもならない。周囲の草むらを覗き、動物を探そうた。


 ちょうどその時、草の揺れる音がした。


「あらら、何かしら」


 軽い台詞とは裏腹に、神経を研ぎ澄まして警戒する。

 音は段々こちらへ近づいてきている。


「…前だわ」


 ゆっくりと、音を鳴らしていたものは現れた。

 猫のような、狐のような生き物だった。

 しかし様子がおかしい。

 足はふるえ、耳はへなりと下がり、すぐその場に座り込んでしまった。


「怪我をしているわ」

「随分と弱っています」


 そっと近づくが、襲ってくる様子はない。というより、そのような体力ももう無いのだろう。


「どうしましょう、なにか手当できれば」

「ちょっと失礼、君たち」

「ひい」

「ほい」


 いつの間にか、背後には少女が立っていた。

 桑染色の長い髪、枯れた葉っぱのような髪飾りとドレス。そして左手には緑の杖。


「ふむ、またか。私に任せてくれたまえ」


 そう言うと、少女は杖を動物にかざす。先端が光り輝いたと思うと、みるみるうちに動物の傷が癒えていく。


「⋯⋯わあ」

「うむ。これでよし」

「えっと、あの⋯⋯あなたはレスティの方ですか?」

「そうとも言えるしそうでないとも言える」


 返ってきたのは、極めて曖昧な回答だった。


「私は神樹の森で暮らしている者だ。もしかして君たちが依頼でやって来たという?」

「そ、そうです」

「ほう、なるほど。君たちではなかったのか」

「あの⋯⋯」

「おっと失礼したな。私の名はカリハ。神樹の森に住んでいた妖精のはずだったんだが気が付いたらこうなっていたのだ」


 こう、と言われても、特にわかることはない。


「⋯⋯妖精って、本当に存在したんですね」

「もうほとんど滅びたがね。住処も無くなってきたし」


 妖精は伝承に登場する存在で、自然の力というものをエネルギーにして暮らしていたらしい。今はそのようなもの、ただの作り話だというのが常識になっている。

 目の前の少女が言っていることが絶対に正しいとは言い切れないが。


「それで、その、こう、とは。どうなのでしょう」

「私も君たちの仲間ということだ」

「仲間?」

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