女神の目覚め

 その先の部屋はとても大きかった。


 松明の明かりで照らされているだけで、薄暗い。

 床や壁などは白く美しい大理石で装飾されているようだ。


 そして、中心には、これもまた美しい、石造りの女性の像があった。神々しいその像の真上を見上げてみると、ステンドグラスのようなものがあり、どこから来たのか、まさか海上からの光では無いだろうが、明かりが差し込んでいた。

 その光が、部屋の様子を見せている。


「なんか、すごく綺麗だね」

「これ、泣いてるしー?」


 よく見ると石像は、涙を流して立ち尽くしている様子が表されていた。


「なんだろう」


 そう言ってスィエルがまじまじと見つめていると、急にそれにヒビが入り出した。


「スィエル、今何か⋯⋯」

「な、何にもしてないよ!!」

「おやおやーこれは降りてくるよー」


 ネプが含みを持たせて言うと、像のヒビは全体に広がり、やがて眩い光を放ち、崩れた。


 何が起きたのかと思いながら見れば、土煙の中から出てきたのは一人の少女だった。

 金色の髪は水の流れのようになびき、白い衣は滑らかに揺れる。

 まるで、白昼夢を見ているかのようだった。いや、最初は誰もが、ネプ以外がそう疑った。


 ぼんやりとした幻想的な光をまとったその少女は、ゆっくりと目を開いた。

 光は空気に溶けるように消え、あたりは先ほどと同じ景色に戻る。


 突然、少女は腕を振り上げた。

 星のようなものが上に現れ、拡散して飛び散る。


「あたると痛いよー!」


 ネプが叫んだのを聞き、五人はそれを避ける。

 そのまま呆然としている中、ネプは歩みでる。


「やあ、お寝ぼけ女神。私だぞ」


 空色の目がネプを見据える。


「………私だぞ?」


 反復するように、女神と呼ばれた少女は言った。


「おはよう、随分長いお昼寝だったなー」

「む⋯⋯お昼寝じゃない、冬眠」

「そうかそうかー。それで何だって急に起きようとしたんだー?」

「起きようとしてない⋯⋯誰かが⋯⋯何かした⋯⋯?」

「曖昧すぎるぞー」


 普通に会話をしている。その様子を見て、チエがようやく口を開く。


「ネプ、そいつは⋯⋯」

「おー、こいつか?こいつはニオべだぞー」

「ニオべ⋯⋯だよ⋯⋯」

「ギリシア神話の神ニオべ。タンタロスとディオーネの娘だー。前に会ったことがあるぞー」

「うん⋯⋯その通り⋯⋯」

「神話⋯⋯?別の世界から来た神様?」

「そうとも言えるなー。でも、ニオべはこの世界に適応している。つまり、この世界の住人である条件を満たしているんだー」


 何を言っているのか、全員が理解することは出来なかった。しかし、とりあえずこの世界の住人であるらしいことはわかった。

 この世界の住人という言葉もあまり耳慣れなかったが。


「そこの薄幸そうな元素なら、勘も良いだろうしわかりそうだなー」

「あ゙?」

「ごめんなさい」


「⋯⋯ニオべと言えば、そいつが由来の奴がいたな」

「そ、そういう事だなー」


 ギリシア神話のニオべ。その女神の名に由来する者とは…


「彼女は元素番号四十一番、ニオブ。さっきあった扉の『我』というのは、彼女のことを指していたんだろう。結局分解していって残ったのはニオブだったからな。そこから予想はしてた」

「んー⋯⋯そうだったかもしれない⋯⋯?」

「本人が疑問系でどうするんだ一体」

「こいつはそんな奴なんだー」


 口を閉じれば神々しく、口を開けば威厳は消える。

 仕方ないさ、(見た目)幼女だもの。


「それで、これからどうしろって言うんだ?」

「そうね、帰ってさっさと報告書でもまとめる?」

「ママ⋯⋯」


 ニオべはキョロキョロと周りを見回し、呟いた。


「え?」

「ムッターがいない」

「むったー?」

「マンマ⋯⋯」

「……お母さん?」

「ふむ。確か親も元素に⋯⋯、タンタルのことか?」

「そうかも⋯⋯?」


 相変わらず疑問符付きの回答である。


「もうツッコまないぞ」

「マムも近くにいると⋯…思う⋯⋯」

「自信持っていいよ自信」

「まーまー。まだ先があるみたいだぞー?」


 ネプが指さす方向には、確かに木の扉がある。あの先にいるのだろうか。


「進みま⋯⋯すよね」

「そだねー」

「この子はどうする?」

「むー……、待ってる⋯⋯」


 スィエルに頬をムニムニされながらそう答えるので、六人で行くことにした。


「やっぱこれは樫の木だろうなー」

「神様だもんねー」


 扉を開けると、ひんやりした石の通路に出た。

 その先へ、ゆるーくゆるーく進んでいく。

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