伝承

 それは六百年ほど前のこと。紙と筆はすでにあった時代の話じゃな。


 この世界特有の神様はいない。皆、別の世界から来たものだとされておる。⋯⋯というのは知っておるな。神様はこの世界で羽を休めるのだという。


 そして、このアンダンサに降臨なさった小さな女神様がおったそうじゃ。

 浜辺に降り立たれた女神様は、悲しみに暮れていた。話を聞けば、たくさんいた子を全員殺されてしまったらしい。


 放っておくことなどできず、村人は女神様を丁重にもてなした。

 料理や舞踊、そして談笑。あらゆることをしたそうじゃ。

 アンダンサに神様が降臨したのはその時が初めてだったんじゃと。きっと手探りであたふたしながらだったんじゃろうなぁ。


 して女神様じゃが、親切で親しみやすかったのじゃろう。人間に対し非常に友好的だったそうじゃ。

 美しい自然を見て、女神様はだんだん落ち着きを取り戻してきなさった。そして、恩義を感じなさり、報いたいと考えられたという。


 女神様は村に恩恵を与えてくださった。

 周辺の賊などの侵攻のみならず、災害を遠ざけてくださったそうじゃ。なんとも有り難いことじゃ。

 今日までこの村が在り続いているのも、女神様のお陰じゃな。


 そしてある日、もう一人、女神様が降臨なさった。

 大変強力な女神様であったそうで、村人は一度は警戒した。

 しかし、その女神様は娘を探しに来たのだとおっしゃる。

 その娘こそ、小さな女神様よ。二人はしばらくアンダンサに滞在なさった。


 これは正しいかどうかわからないが、母親の女神様はアンダンサに繁栄の加護を授けなさったそうじゃ。その時から村が賑わい続けているという。


 そしてある日、二人は海に出たまま帰りなさらなかった。

 恐らく静かに元の世界へお帰りになったのだろうと言われておる。

 しかし今も村が繁栄しているということは、まだきっと、遠いどこかでわしらを見守っておられるのじゃな。


 ここら辺では、教訓話として取り上げられているぞ。

 あれじゃ、情けは人の為ならずのスケール大きい版じゃ。


 しかし人の手により記された記憶じゃて、どこまでが真実かはわからない。

 美化された御伽噺なぞ多くあるからのう。



 話を終えると、宿の主人はこほんと咳払いをし、


「ということじゃ、有名な部分だけじゃが。図書館なんかにはもっと詳しい資料があるじゃろう、気になるなら見てみなされ」

「いっやー素晴らしいです、たぎります」

「今回の件と関係あるとは思えないけどね」

「うぐ」

「ふぉふぉ、知識は多いに越したことはありませんぞ」

「⋯⋯それもそうですね」


 宿主にお礼を言い、二人は図書館へ行くことにした。

 今回のことについても何かわかるかもしれないし、知識はいっぱいあっても損ではないだろう。




 人が寄り付かないような木々の隙間をすり抜け、シータスは走っていた。


(多分、こっちの方に)


 感覚だけを便りに、目的の場所を目指す。


「あった」


 草も映えていない場所があった。


(なんでこんなところに?)


 炭素を操ってスコップにし、土を掘り返してみると、そこにあったのは宝石。

 しかも、大量にある。

 天然⋯⋯ではないだろう、形が整えられている。


「まさか、誰かのへそくりじゃないだろうしー」


 誰のものかわからない。

 こんなにたくさんの、ダイヤモンドを奪ってしまうという結果になるのは避けたい。

 特に問題がなければ放置でもいいだろう。


(いやでも、こんな不自然にダイヤモンドがあること自体問題かもしれないしー)


 やっぱり、誰かをつれてくればよかった。

 三人よれば文殊の知恵。まさしくその通りである。

 スィエルがいたりすれば、魔術的なこともわかる。オウカは知識が豊富である。チエは洞察力が鋭い。ホウコは様々な視点から物事を見れる。三人で文殊の知恵ならば、五人ではもっと良い。船頭多くして云々は知らない。


(とはいっても、なにか起こってるわけでもないしー、今回の件とも関係があるかどうかは⋯⋯うーん)


 そして、悩んだ末に出した結論は、


「困ったときの保留だしー」


 ダイヤモンドが無くならない限り、この場所はわかる。ならばまた今度、必要に応じて来ればよいだろう。


 シータスは、月の方角だけを頼りに、戻っていった。



「⋯⋯」


 ローブの少女は、木の裏でその様子を眺めながら、ほっと一息ついた。

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