七
車内の空気は最悪だった。麗奈のリムジンの後部座席はL字型になっており、サイド側の奥から照美、明人、そして未だにぐずっている静香の順に座っている。麗奈は奥の席で足を組んで座っていた。
明人がちらりと照美を見ると、首が折れるんじゃないかと思うほど、麗奈から顔をそらして頬を膨らましていた。静香が鼻を啜る音だけが車内に響いている。
「あ、あの……」
その空気に耐え切れず明人が声を出す。
「麗奈……さん、でしたっけ? あなたも、情魔の退治を?」と恐る恐る質問をする。
「そんな奴に敬語なんか使わんでええ」と照美はかなりご機嫌斜めだ。
「情魔……。そうね。私の一族、鳴神家のルーツは欧州のとある教会。言い伝えでは先祖である神父がお祈りの際に空中に突如顕れた輝く石を見つけたことがきっかけと聞いているわ。神父はその石に星・雷光を意味する【アステリオス】と名付けこの十字架を作った。あなた達が言うところの共感石、神祓守の御石のことですわね」
「色んな名前で呼ばれてるんやな、お前」と明人がリストバンドに話しかける。
「その石の力を使って私の先祖は悪魔祓いを行うようになったの。そして、ひょんなことから私の曽祖父が日本に渡り、同じく悪魔祓いを行った。終戦直後の混乱の中で悪魔祓いを依頼出来たのは権力者がほとんど。そこで集めた人脈や資金を元手に作った会社が、我が鳴神カンパニーと言うわけ」
麗奈は自慢げに髪をかき上げた。
「あのー、会社の成り立ちは分かりましたけど、情魔退治については?」
明人がおずおずと尋ねる。
「情魔退治。こちらでいうところの悪魔祓いね。それは言わば【ノブレスオブリージュ】よ」
「なんやその言葉、歴史の授業で聞いたことおますなぁ」と静香が何かを思い出すかのように首を傾げた。
「つまり【力を持つ者の社会的義務】よ。本来であれば、資産家の私が庶民のために悪魔祓いをするなんて時間の無駄遣いとも言えるわね。でも、我が家の教えとして『持たざる者のために働きなさい』というものがあるから、私は仕方なくこの」
「仕方なく、やて?」
照美が麗奈の言葉を遮り、怒りを露わに睨みつける。
「ふざけんなよ! そんな気持ちで情魔のことを退治してたんか!」
「お、おい止めとけ!」
歯を剥き出しにして今にも噛みつかんばかりの照美の肩を掴み、明人がなんとか抑え込む。しかし、麗奈はそんな照美を意にも介さず鼻で笑う。
「アナタはなぜか情魔に対しての思い入れが強いようね。――下らない。何故私の家系が【悪魔祓い】と言うのか。何故彼女の家系がそれを【呪い】と呼ぶのか」と言って静香をアゴで指す。静香はびくりと肩を揺らした。
「それは情魔が生きている人間にとって害でしかないからよ。そんなモノに対して、何か特別な感情を抱くことはないわ」
麗奈の言葉を聞き、照美はあまりの怒りにより明人の腕の中で小刻みに震えている。
「あ、あてはそんな……」
静香が照美を見つめ首を強く振る。
「分かってるよ、静香。アンタとコイツは違う」
絞り出すように呟く照美の目は親の仇を見るかのように麗奈に向けられていた。
「情魔も元々は生きてた人間の感情や。記憶や。人生や! そんな簡単にないがしろにしてええもんやない!」
「……意見の相違ね」
麗奈は肩に掛かった髪をかき上げると、照美から顔を背けるように窓の外へと視線を向けた。
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