第二部第二話Part9『日下のトラウマ克服大作戦』

牧野:レインバス六階 通路 夕刻


牧野です。今日の仕事も無事に終わりました。

犬伏さんと東矢さんに森羅さんのことも話せて協力をお願いできたし、今日は上出来です。


私が通路を歩いていると、耳を劈くような甲高い声が聞こえてきました。


「狩川お悩み相談室~~始めるよ~~~いえええええええええええいっ」


 一体何なんですか、あの人は? お悩み相談室?


「おっ玉藻っち。元気?」

「あっはい。元気ですけど」

「何か悩み事はない?」

「悩み事、正直沢山あります。ありすぎて、何から話せば良いのか解らないぐらいです。」

「ほうほう、よかったら、話聞こうか? ここじゃあ何だから、GAMの部屋でね」

「はあ・・・」


 正直あまり気乗りはしませんでしたが、狩川さんに付いて行くことにしました。


牧野:レインバス GAM部室 夕刻


 牧野です。

 狩川さんに連れられてGAMの部室にやってきました。まだ誰もいない、無人の部屋です。


「ささ、玉藻っち、座って座って」

 

 私は狩川さんに促されて椅子に腰掛けました。

 狩川さんは私の右隣の席に座りました。


「それで、3Uでの一件はどうだった?」


 3U。


「正直最悪でした」

「まあ無理もないよね。大事な楽器は傷つけられちゃうし、観客の罵声は酷かったし、おまけにビール瓶は投げられて

 美咲ち達が怪我するわで、もう本当にいいこと何にもなかったもんね」

「返す言葉もありません・・・」

「ねえ玉藻っち、ひょっとして、あの日のこと、トラウマになってない?」

 

 真剣な眼差しでそう問うてくる狩川さんの瞳を、私は見ることができませんでした。


「べっべつに、トラウマには・・・なってないです」

「どうかな? ルリちゃんに聞いたよ。この間のライブ、上手くできなかったんだって?」

「あっあれは、その・・・」

「ま、神様は乗り越えられる試練しか与えないからさ。忘れろとは言わないけれど、時間をかけて傷を癒していこうよ」

「そうですね、ってそんな場合じゃないんです、私」

「どういうこと?」

 

 私はカウントZEROライブのことを狩川さんに話しました。


「へえ~そいつは面白そうだねぇ」

「お願いします、狩川さん。私に力を貸してください」

「そう言われてもな~美咲ちには話したの?」

「あんな人、関係ありません」

「おやおや、穏やかじゃないね~。美咲ちと何かあったの」

「この前、ちょっと・・・喧嘩しちゃって」

「あらやだ。ま、でも美咲ちは引きずらないタイプの人だから、直仲直りできるよ。

 ライブの件なら、私も協力してあげるよ」

「ホントですか?!」

「ただし条件がある」

「条件?」

「玉藻っちがトラウマを乗り越えられるのか、それを確認したいんだ」

「トラウマを・・・乗り越える・・・」

「そ。きっと美咲ちも同じ事を心配してると思うんだよ」


 私と狩川さんが話していると、美咲ちゃんと日下さんが部屋に入ってきました。


「あら、玉藻。どうしてここに?」

「美咲ちゃん・・・」

「ほら、玉藻っち、チャンスだよ。仲直りしな」

「仲直り?」 


 狩川さんが私を煽ってきます。


「あの・・・美咲ちゃん・・・この間は、その、御免、なさい」

「この間って何のこと」

「あの、お母さんのこと・・・」

「あら、あなたあんな些細なこと気に病んでたの。そんなの気にしないでいいのよ。

 むしろ私の方が謝らないといけないぐらいだわ」

「美咲ちゃん・・・」

「それより玉藻、あなたホントにライブやるつもりなの?」

「うん、そのつもり」

「本当に大丈夫なの? 負けても勝っても借金生活よ」

「大丈夫、私、何とか客を繋ぎとめてみせるから」

「あなた、あの日のこと、トラウマになってるんじゃなくて?」

「う・・・それは・・・」

「美咲ち、私も今そのことを話していたんだよ」

「なんだ、そうだったの、亜美奈」

「牧野さん、あんたさ、今楽器持ってる?」


 日下さんがつっけんどんな調子で私に聞いてきました。


「会社のロッカーに、ベースが置いてあります」

「そう、指野さん。今日のGAM会議のオープニングセレモニーの舞台に彼女を立たせてみませんか?」

「GAM会議?」

「毎月一回、GAMのメンバー達がお喋りする機会を設けているんだ。ここでしか出会えない人も沢山いるんだよん」


 狩川さんが弾んだ声でそう言いました。


「で、私は何をすればいいんですか?」

「その会議のオープニングであのときの凄まじいベースソロをやる。これで決まりよ」

「ベースソロ・・・」

「今日は300人ぐらい集まるから、あなたには丁度いいお披露目の機会になるわよ。そこでベースソロを上手くできたら、ライブの件、力を貸してあげる」

「さっ・・・300人・・・」

「どしたの、怖いかい、玉藻っち」

「いえ、やる。やらせて下さい」

「その言葉を待ってたわよ」

 

 美咲ちゃんが嬉しそうに笑いました。


日下:レインバス十階 GAM会議場 夜


 日下よ。本日のGAM会議の司会進行をするのはこのあたしなの。

 ま、会議というのは名ばかりの懇親会で、名刺交換をしたり各々他愛のない話をするだけなんだけどね。

 本来、今日集まるのは男女300人の予定だったんだけど、大幅に増えて500人を超えちゃった。

 ではさっそく会議を始めましょうか。


「えー皆さん。本日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます。

 これよりGAM会議を始めたいと思いますが、本日は余興と致しまして、

 新しく幹事になった若干18歳の新入社員の音楽を聞いていただきたいと思います。それでは牧野玉藻さん、どうぞ」


 あたしが牧野さんを呼ぶと、彼女はロボットのようなぎこちない歩き方で部屋に入ってきた。


「誰、あの子」

「凄い可愛いな」

「何でも指野さんの従姉妹らしいよ」

「まじか」

「一体何をしてくれるんだろう」


「さ、牧野さん。挨拶してください」


 あたしがマイクを渡すと、緊張していた牧野さんはマイクを落としてしまいました。


「ちょっと、大丈夫」

「大丈夫です。あ・・・・あの、皆様、本日はお日柄もよく、大変に、素晴らしいことでございます~。本日は、ミュージシャンを目指しているこの私がオープニングアクトにベースソロを披露したいと思います~~」


 牧野さんは酷くたどたどしい調子で話し終わると、さっそくベースを弾き始めた。

 するとざわついた空気が一変。彼女の高速スラップを基本にした圧倒的なパフォーマンスにGAMメンバー達は驚きの表情を見せていました。


「凄い」

「何あれ」

「カッコいい」

「すげえヘドバン」


「玉藻、ナイスよ」

 最前列で見ていた指野さんもご満悦の表情を浮かべています。隣の狩川さんも同様。


 どうやら、トラウマは少しは乗り越えられたみたいね。

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