第二部森羅編

第二部第一話『世界で一番弱い生き物』part1『ミカンは最後に東矢が食べます』




犬伏:レインバス本社6F営業事務所内 午後



犬伏です。森羅編、始まったみたいですね。

でも今は仕事中でそれどころじゃないです。

あたしは自分のデスクに座って黙々と仕事。

左となりの牧野ちゃんの傍にれん坊が来て、仕事を教えています。



二人の間にはこれまであった緊張が感じられない・・・。

東矢君が営業事務にやってきてアホネンに「最近調子どう」的な世間話をしているけど正直どうでもいい。



課長席に座っている沖田さんが徐に立ち上がった。

あたし達の方に向かってくる。一体なんだろう。


「真希ちゃん、今週の土曜日なんだけど、出勤お願いできる?」

「うぇい(カエルみたいな声)」


グッバイ土曜日


「どこから声出してるの? じゃあお願いね」


「ぼぇい」


「だからどこから声出してるの。今月祝日あるでしょ。

その穴埋め。お願い、私も来るんだから。

年末残業地獄にならないように、今のうちに頑張りましょうね」


「ぐぼうぇい」



「まったくもう、しょうがない子ね。あ、長畑君、あなたもだから。お願いね」


「はい、わかりました」


れん坊も一緒か。それならいいや。


「え・・・--っとあとは」


「あの沖田さん」

「何? 牧野さん」


「私は、実家に帰らせて、いただきまーーーーーーーすっ!!」


今、木に止まっている鳥の大群が全部飛んでいった的な

イメージ映像が脳内で流れたよ。それぐらいデカイ声。

思わず耳塞いじゃった。



れん坊が床に倒れこんだ。



あたしは彼に駆け寄り、抱き起こした。


いきなり何言ってるの、この娘は・・・。


「ちょっと牧野ちゃん、どういうつもり?」

「どういうことかしら?」

「あの、実家に帰るので、私、土曜日は、出勤できませーん!!」



「わかったわかった。大丈夫、あなたは大丈夫。色々あったでしょ?普通に休んでいいから安心して。ね?」


「そうですか、わかりました。じゃあ・・・安心します(にんまりとした笑顔)」




「(苦笑い)」




牧野さんの声が聞こえたらしく、

営業事務に他の課の人たちが集まってきてる。

・・・恥ずかしい。



「皆さーん。何も問題ありませんので。業務に戻ってくださいねー」


全くもう、牧野ちゃんったら、ちょっと天然すぎるでしょう。


「(席に座って、額の汗をハンカチで拭き、息を吐く沖田課長)」


「(デスクに肘をつき)まったく・・・いきなりこれかよ」


「(長畑を見て、軽く笑み)」


れん坊が面食らったような表情をしている。まあ、無理もないか。


牧野:牧野の家 384号室 リビング 夜。



牧野です。

いよいよ物語は後半戦です。

俄然気合はいってきました。


 

今日はアミリン、とくっぺの三人をお家に招待しました。

何が食べたいかと二人に聞いたら、鍋と即答されました。

実家からきりたんぽが送られてきたので、きりたんぽ鍋にしてみました。

徳子ちゃんとアミリンは初対面だったのですが、もう仲良しになってます。

流石アミリン。恐るべきコミュ力です。私も見習いたいです。

今は、買ってきたコタツに入って三人で鍋を突いています。


話題はやっぱり、あの3Uの出来事になってしまって・・・・。


「朝稲小弦って、元ジュリエッタのNo1だったんだね」

「うん、私が辞める時に、残ってくれるって言ってたんだけど」

「突然消えたと」


「その話をとくっぺから聞いた私は、彼女を職場に戻すためにジュリエッタに行って、店長から小弦のいそうな店を聞いたんだ」


「そして今井さんと3Uに辿り着いて、ライブを見て、更にタマちゃん自身も

オープニングアクトに出ることになったわけだね」


「・・・うん」


「悔しいね・・・許せないよ。今思い出してもイライラしてくる。

完全にタマちゃんの心をへし折るつもりで、仕組まれた罠だったんだよ」


アミリンの言葉にとくっぺが同調するようにうなづきました。


「そうかもしれないね。でも、アウェーなのは最初からわかってたし。

客の心を掴めなかったのは事実だし。結局は私の力不足なんだよ」


「それは違う。あんなの無茶苦茶。苛めだよ!

最後、瓶まで投げられたんだよ。もしあれが顔にでも当たってたら、今頃・・・」


「大丈夫だよ、アミリン。タマの心はゴム鞠だから、

たとえ凹まされても、直ぐに元に戻るんだ(気丈な笑み)」


とくっぺが、部屋の隅に置かれた


 

私の傷だらけのベースを手に取って泣き始めました。


「実はあの後、今井さんから連絡が来て、またぜひ舞台に立ってほしいって言われたんだ」

「そんなの駄目だよ、罠に決まってるっ」


「解ってる。それでも、私にとっては大きな会場で演奏できる機会がもらえることは良い事でもあるんだ。

だから今、すごくなやんでいる」


「機会か・・・。確かに、あの大人数の前で演奏できる機会はそうそう無いよね」


「うん」


「凜は不安だけど、タマちゃんがそうしたいのなら、協力するよ」

「ありがとう、アミリン」

「私は反対ですわ」

「とくっぺ・・・」


「ここだけの話にしてほしいのですが、3Uには黒い噂が多いんです」

「どんな噂」

「私が聞いた話では、銃器の密売人がたむろしてる、とか」

「それ、本当。もし本当なら、凜、動くよ」


「ええ。それに、知り合いのバンドマンの話だと、

今井大志という人は、行方不明になった前店長の後任らしいんですよ」


「行方不明って、どういうこと・・・?」


「詳しいことは私にもわかりません。

ただ半年前、3U店内で、極道と地元のチームが

喧嘩騒ぎを何度も起こしたらしいんです。

その直後に店長が消えてしまった、そうです・・・」


「消えたって・・・3Uのオーナーは表の人なの?」

「さあ、そこまでは・・・」


「そうだったんだ。怖い思いさせちゃってごめんね、とくっぺ」


「いいえ、おタマ様に比べれば、私など・・・なんだか私、怖くなってきましたわ。


 

おタマ様が、会社でも酷い目にあわないか・・・心配です。


 

会社に監視カメラと盗聴器を大量に仕込みましょうかしら・・・」



「とくっぺちゃーん。警察官がいますよ~」


「はっいけない、私ったら。おタマ様。私に一つ、アイデアがありますわよ」


「?」


「アイデア?」


網浜:道玄坂 ライブハウス・マーキュリーFM コンサートホール内 夜



翌日。

アミリンでっす。

道玄坂にある小さなライブハウスに来ています。

フラットで簡素なスペースですが、壁には徳子ちゃんのポスターが沢山貼られています。

凜、入り口横の物販コーナーで売り子中です。

徳子ちゃんのファンの男性達で、会場は混雑しています。


彼女、ソロでアイドル活動しているんですね。

徳子ちゃん専属のバックバンド、LoveisFireは

リードギター、ベース、ドラムという編成らしいので、

牧野さんがリズムギター担当として急遽参加することになったのです。


「みなさーん。とくっぺライブにようこそーーー」


徳子ちゃんの甲高い声に、

周りの男性達が野太い声援を送っています。



「本日のバックバンドには~、私、とくっぺの憧れの人、

牧野玉藻様が、急遽、参加して、くださいましたぁーーー!

ここで、玉藻様に自己紹介をしてもらいまーーす」


周りの男性達が、牧野さんに凄い歓声をあげている。


「・・・えーーっと、初めまして。牧野玉藻、18歳です。

秋田県出身です。8歳の頃から、ギターとベースをやっていて、

ミュージシャンになる、ために・・・上京してきました。

最近ちょっと嵌っているバンドは、Evanescenceです。

今日は、徳子ちゃんのバックバンド、LoveisFireに参加できて、

とても光栄です。最後まで一生懸命プレイしますので、

皆さん楽しんでいって下さい。よろしくお願いします(おじぎ)。」


なんだか、牧野さんに対する声援が凄まじい・・・。


 

まあ、・・・無理もないか。


牧野さん、生粋のバンドマンって感じで華麗にギターを弾きこなしていました。


「タマちゃん、よかったね」


犬伏:長畑の家321号室 リビング 夜



・・・犬伏だけど。今、ソファに座り、

芋焼酎のお湯割りをあおるように飲んでるよ。


れん坊は携帯を握り締め、私の隣に座ってる。


あたしはコップをテーブルに勢いよく置いて、れん坊に顔を近づけて叫んだ。


「よくないっ!!」


「なっ・・・なんでだよ」

「年頃の男が祝日にぃ合コンに行くなんてー、不潔(吐き捨てるように)」


「合コン倶楽部に所属してる女が、よく言うぜぇ」


あたしはテレビの前でゲームしている東矢君を睨みつけた。 


「でも欠員が出たらしくて。俺が行かないと駄目みたい」


「れん坊が行かなくたって世界経済には何の影響もないじゃんか。

世界は回るじゃんか。だから行かなくてもいいじゃんか。

そういうもんじゃんか」

「どういう理屈だよ」

「確かに。その通りだな」


「いや、納得するなよ。そんなこと言って、

真希ちゃんだって、嫌々言いながら、合コン楽しんでるくせに~~」


 あたしは立ち上がり、両手で東矢君の頭を思いっきり掴んだ。


「あたしは仕事の一環なの、お付き合いなの、楽しめないのっ超ファッ〇」

「いってて」

「とにかく、顔だけ出してくるよ」

れん坊が立ち上がって、ハンガーにかかったコートを着込んだ。

「待ってよ。本当に今から行くわけ」

「ああ」

「お持ち帰り楽しみにしてるぜーーひゃひゃひゃ」


あたしは東矢君の耳をおもいっきり引っ張った。


「いててててて」

「長畑煉次朗って人は、突然呼ばれてホイホイ行っちゃうわけ?!

 はっ・・・さては! この冬到来の寒空の下、一晩のアバンチュール、

あわよくばクリスマス専用の人員確保に淡い期待を抱いてるのねっ。

鼻息を荒くして、ウコンと寝かす用の睡眠薬を懐に忍ばせて、

その日出会った産地不明のどこぞの鳥貝と、

深夜に二人だけの大運動会を開く腹積もりなのね?!

最初は二人三脚! お次は相手に一方的な棒倒しをさせて悦に浸り、

その後は長時間に及ぶ組体操! 締めは温水プールでバタフライですかっ!!

信じられない! あたしには、長畑煉次朗という男が、

もう本当に、信じ、られ、ないよーーーーーーーーーーーう!!」


「(呆れ顔で)何を言ってるんだ、お前は」




「・・・」




「ああもう不潔!不潔よ!不潔ね!

不潔だわ!本当に不潔!不潔すぎるーーー!!」


「煉ちゃん。たまにはハメを外して遊んで来いよ(笑顔で親指を立てる)」

「煽るな、ヒガシ!!」

「じゃ、急いでるんで」

「不潔ーーーーーーー!」

「パパーーお土産待ってるね~」

「不潔ーーーーーーー!」


ああ! れん坊がそそくさと玄関へ行って、ドアを開けた。

許さない・・・・本当に!!

あたしは冷蔵庫に行って冷凍されたミカンを取り出すと、

リビングから玄関のドアめがけて投げつけた。

「こんの! 不潔やろーーーーーーーーーう!!」

ミカンはドアにクリーンヒット。

ざまあみろってんだ、ド畜生めい。

「コラー、食べ物を粗末にするなーーー!!」

「洗えば食えるでしょ、ふんっだ。」

 あたしはソファに座って、引き続き芋焼酎のお湯割りを飲むことにした。


ああ、美味い。芋焼酎、超美味い。最近、酒の量が増えたな・・・。 

「おい、そこのオッサン」

「んだよぉっ(芋焼酎を飲みつつ睨む)?」

「最近好きな人とか出来た?」

「(噴出す)」

「出来たのかな?」

「・・・出来て、ないよ。東矢君がいきなり変なこと言うからだよ」

「それならいいんだけど」

「そういう東矢君はどうなの。彼女とか、できそうなの」

「(笑って誤魔化す)」

「(真剣な表情で)出来そうなの?」

「・・・どうだかね。けっこう暗礁に乗り上げてますぜ」

「何それ? まあ、いいや。

 じゃあお互い、恋は上手く行ってないんだね」

「ん? お互いって? 真希ちゃん恋してるの?」

「(はっとして)!! 違う! もう人の揚げ足取らないでよ、馬鹿ぁー」


あたしは座ったまま東矢君を小突こうと拳を伸ばしたが、届かなかった。


「(しばし犬伏を指差して笑いつつ、真剣な顔)

あのさ、真希ちゃん。これは俺からの提案なんだけどさ、

彼氏が出来たら、その、家を出ていってくれないかな。

俺も彼女が出来たら、出るからさ」


「(立ち上がり)どうして?!」


「だって、彼氏さんがかわいそうだろ。

 男友達と一緒に住んでるけど、好きだから付き合って!

 なんて言われたら、俺なら死ねる」

「私は彼を信じるから、死んだりしない!」

「(呆れ顔)・・・まさか、一生俺達と住む気じゃあるまいな」

「(一瞬の間をあけて)別に、れん坊とかが、いいって言うなら、

 それでもいいよ」

「・・・」

「(モジモジしつつ、上目遣いで東矢をチラチラ見る)」

「あのさ。そういうの、ホント困るから」


「嫌だっ。あたしは、会社に近いこの家を手放したくない。

ここはもうあたしの家だから、絶対に出たくないんだよぉ! 

彼氏さんには、ちゃ~んと話をして、理解してもらう。

ダメっていう人とは付き合わない。それで万事解決! ゲッツ!」

「そんなこと言ってると、一生男できないぞ」

「出来る。分かってくれる人は、きっといるもん」

「いないって(呆れ顔)」

「いるってばよっ」

「もし俺に彼女が出来たら、その子を説得する自信ねぇな」

「そんなあ・・・」

「なあ、真希ちゃん。四人の誰かに恋人ができたら、

この生活は、お終いにしようぜ」

「・・・どうしても?」

「どうしてもこうしてもとか、ないから。

これは暗黙のルールだと思っておいてくれよ。

彼氏が出来たら、即日グッバイしてね(嫌味っぽく手を振る)」

「なんでよ! 嫌だ」

「あなたよりカッコいい男二人と同棲してますが、

あなたのことが好きなので付き合って下さい! 

アホかボケっつー話だろうが! 以上、解散」

「も~うっ(頬を膨らませて地団駄)」


・・・彼氏が出来たら、解散か。

まあ、しょうがないよね。


東矢君が、おもむろに玄関の方に歩いていった。

床に落ちたミカンを拾い、皮を剥こうとし始めた。

「あ、固いなこれ。チンするか」


「・・・不潔っ」




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