第六話part12『3U事変(後編)』
長畑:3Uライブスペース (夜)
長畑だ。いよいよライブが始まるらしい。牧野さんはオープニングアクトとして出てくる。
店内の照明が薄暗くなり、ステージが照らされた。いよいよ牧野さんが出てくるか。
「小弦を出せーーーーーーー!!!」
「小弦、好きじゃあああああ」
なんだかやたらと小弦と叫ばれてるな。きっとこの会場の多くは彼女目当てなんだろう。
無理も無い。今日のチケットには朝稲小弦単独ライブと書かれていた。牧野さんの名前は端の方に小さく書かれていた。
「なんて荒々しい熱気。タマちゃん、大丈夫かな」
「きっと大丈夫さ」
「長畑さん、最前列に行きましょう」
「ああ、そうだな」
俺と網浜は人ごみを掻き分けて最前列へと向かった。
ちょうど最前列に着いたとき、牧野さんがギターを持ってステージ端から出てきた。
そして中央のマイクの前に立つと、早速演奏を始めようとした。
しかし会場内はとてつもない罵倒の嵐が吹き荒れた。牧野さんに対するブーイングが凄い。
牧野さんの顔は引きつっていた。引きつりながらも歌を歌い始めた。
「バカヤロー!」
「なめてんのかーーー!」
「脱げーっ」
会場の脱げ脱げコールが凄い。
今日の牧野さんはロングスカートを身に付けている。これを脱いだら下はショーツ姿になってしまうだろう。
「タマちゃん」
会場は荒れに荒れ、牧野さんの歌声も聞こえない状態になっている。
一体どういうことだ。これじゃ牧野さんが、いたたまれないじゃないか。
「ガタガタうるせええええええええええええええええええええっ」
唐突に凄い叫び声がして、会場が静まった。この声は、日下ルリ? 何故ここに。
と、ステージの左端からひょっとこのお面をつけた人物がベースを持ってやってきた。
牧野さんにベースを渡すと、ステージの隅に引っ込んでいった。
「今日のお客さんは気性が激しいみたいですね。いいでしょう。私も本気で行きます。かかってこいやあ!」
牧野さんはそう叫ぶと、下半身を隠しているスカートを脱ぎ捨てた。
そしてホットパンツ姿の牧野さんの姿が現れた。
「行くぞ、豚野郎共、これが私のロックだ!!!」
牧野さんは叫ぶと、ベースで高速スラップを披露し始めた。
会場の空気はガラリと変わった。
「すげえ・・・・」
「なんだあの指の動き」
その圧倒的な技術と音にみんな見惚れていた。もちろん俺も。
今この瞬間、ステージに立っている彼女はまさにロックンローラーだ。
「タマちゃん、カッコいいですね・・・」
「ああ」
しかし何者かが牧野さんに照明を当て、彼女のスラップは止まってしまった。
同時に牧野さんは自分のベースを見て、驚いた表情をみせた。
なんとベースが傷だらけになっていたのだ。
「そんな、酷い・・・・」
牧野さんはベースを抱きかかえて、その場に座り込み、泣き出してしまった。
「牧野さん・・・」
「タマちゃんっ!」
網浜が我慢できないといった調子でステージに上がった。
ステージの端にいたひょっとこ仮面のスタッフも牧野さんに近づいていく。
と、そのとき、後方から複数のビール瓶が牧野さん目掛けて投げつけられた。
「牧野さん、危ない!!」
「!」
「タマちゃんっ」
複数のビール瓶を網浜とひょっとこ仮面のスタッフが背中で受け止めた。
「ぐうう」
網浜は痛そうに顔をゆがめている。ひょっとこスタッフも背中を押えて痛がっている。
「アミリン、スタッフの人、大丈夫ですか」
牧野さんの声に、網浜は親指を立てて応じた。しかしもう一人は無言のままだ。
丁度その時、朝稲小弦がステージに現れると、会場から野太い声援がした。
「茶番は終わりよ、どきな、玉藻」
「これ、あなたがやったの?」
「そうだとしたらどうする?」
「楽器はね、自分の想いを伝える大切な道具なんだよ、こんな風に傷つけたら、楽器が可愛そうじゃないかっ」
「うるさい女ね。あんたのオープニングアクトはもう終わりよ、さっさとはけて頂戴」
「小弦!! あなたのこと、絶対に許さないっ」
「許さなくて結構」
牧野さんは立ち上がり、網浜とようやく立ち上がったひょっとこのスタッフに連れられて場をはけていった。
牧野さん・・・一体俺はどうすればいいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます