第34話 「大人たち」の計画

 裁判長が 退廷たいていすると、すぐにカミーラが立ち上がった。


「ビデルくん。君の意図を聞かせてもらおうか?」


 ビデルとボロゾフも席を立ち、部屋の中央へ歩み寄って来ている。


「大使、 御英断ごえいだんを感謝いたします」


 ビデルは近寄りながらカミーラに応える。


「エシャー、ちょっといいかい……」


 ルロエもエシャーの手を解いて席を立ち、集まっている3人のもとに近寄って行く。


「フン! ルロエ、命拾いしたな」


 カミーラが腕を組みルロエを睨みつけた。


「事実に基づき公正な裁きが下されただけだ」


「『公正』な? 違うな。コイツの口車に、人間の裁判長も私も乗っただけのこと」


「口車とは心外な……」


 ビデルが、カミーラとルロエの会話に苦笑し、視線をボロゾフに向ける。


「さて、ボロゾフくん。判決の通り、今後ルロエ氏は私の管理下に置かれることになった。君はもうこの件に関わる必要は無い。ここの兵も引き上げ、軍部の仕事に戻りたまえ」


「いや、しかし……」


 ボロゾフは「エルフ族協議会副会長」に目を向けた。ビデルよりも上位の 権威けんいを持つ、カミーラの命令で自分はここにいるという意思表示だ。


「この件についてはもう決着がついた。これまでの協力、御苦労であった。もう下がってよい」


 だが、カミーラはボロゾフの思いを汲むことも無く冷たく言い放つと、腕を組んだまま軽く片手を上げた。


「は……い……では、我々はこれで……」


 ボロゾフは情け無い顔で3人を見渡し一礼をすると、 名残惜なごりおし気に法廷から出て行こうとする。


「ああ、ボロゾフくん!」


 扉を開いたボロゾフにカミーラが声をかけた。ボロゾフは新しい命令を「この場で一番権威の有る」カミーラから再び受けられるものと思い、笑顔でふり返る。


「はい!」


「ここの所長が今回の経費請求を上げて来ているはずだ。君のほうで処理を頼むよ。協議会との協力関係費で構わんから」


「は……い……では、そのように……」


 ボロゾフは、カミーラからその他の指示を受けることが無いのを確認すると、残念そうにそのまま部屋から出て行った。


「さあ、それじゃあ君の意図を聞かせてもらおうか、ビデル大臣」


 カミーラは改めてビデルを睨む。しかしその目は怒りではなく「お手並み拝見」とでも言うような好奇心の色を帯びていた。


「意図も何も……私はただ、大使のお気持ちを配慮しつつ、ルロエ氏の証言にも妥当性を感じたまでのことで……」


「フン。 小童こわっぱが……見えいた言葉を」


「まあ、カミーラ。話を聞こう」


 篤樹はこの「中年男性」3人の会話を、不思議な違和感を覚えながら見守っていた。見た目は3人ともほぼ同じ……50歳前後に見えるのに、カミーラは520歳、ビデルは恐らく50歳前後、ルロエも50歳位だがこの「外界」で生まれたのは300年以上前……それでも目の前にいるのは、まるでPTAの「オヤジの会」で語り合ってる、同年代のお父さんたちのようだ。もちろん3人とも日本人の中年男性とは全く違う見た目だが……


 3人は互いの情報を整理するように、ややしばらく会話を続けている。篤樹は状況を確認しようとエルグレドに話しかけた。


「結局、ルロエさんは助かった……んですよね?」


「ええ……まあ、今回の宵暁裁判としては……ほぼ無罪に等しい条件付の有罪判決だったと思いますよ」


「あの裁判長が言ってた、ビデルさんの『管理下にて自由拘束』っていうのは、なに?」


 裁判中ほとんど言葉を発しなかったエシャーが不安そうに尋ねる。自分の不規則発言でお父さんが不利にならないように気を付けていたのだろう。


「『自由拘束』と言うのは……どこかに監禁したり くさりでつないだり、というような 身体的拘束しんたいてきこうそくはしないという事です。ただ、常に管理者の近くにいなければなりません。今回の判決で言うなら、ルロエさんはビデル大臣の そばから離れない限り、自由に生活していても構わないという事になります」


「じゃあ、お父さんと一緒にまた暮らせるんですね!」


 エシャーの表情がパッと明るくなる。しかしエルグレドは顔を曇らせ、首を横に振った。


「さぁ……それは……ちょっと……」


「なんでですか?」


 篤樹がエルグレドの否定的な返答に質問する。エシャーは不安そうな顔でエルグレドを見た。


「管理者としてビデル閣下個人名を裁判長は指定されましたから……閣下はひとつ所に留まり、ゆっくり生活されている方ではありません。常に公務で王都と、国内の町々村々を駆け回ってます。特に今は、非常時対策室の室長も 兼務けんむされていますから……その閣下の そばに『常にいる事』が自由拘束の条件となっている以上、エシャーさんが期待するような『一緒に暮らす』という状況は……難しいと思います」


 エルグレドは、なるべくエシャーを傷つけないように言葉を選びつつ、しかし、事実をハッキリと伝えた。


「そんな……」


 エシャーはまた悲しそうに顔を曇らせる。その様子をみてエルグレドは少し明るい口調で語りかけた。


「大丈夫ですよ!『守りの盾』をカミーラ大使にお返しさえすれば、その時点でお父さんの自由拘束の縛りも解除されます。大丈夫です!」


「でも……」


 篤樹は思わず否定的な言葉を口に出してしまう。


 でも、どうやってルエルフの村に行って盾を持って帰るのか? 誰がそれをやるのか? 三ヶ月以内にそれは可能なのか?


 篤樹が抱く疑問は、エシャーも同様に感じている疑問だった。エシャーは篤樹に頷いてみせる。「アッキーから聞いて……」と言われたのだと篤樹は理解し、エルグレドに尋ねる。


「でも、三ヶ月以内に……どうやってその『守りの盾』を村から持ち帰るんですか? ビデルさんは……何か当てでもあるんでしょうか?」


 その問いかけに、エルグレドはニッコリ微笑むと、部屋の中央で話し込む3人に目を向けた。篤樹とエシャーもつられて視線を3人に向ける。


「……ということは、私はあなたから離れられないのですね?」


 ルロエがビデルに確認をしている。問いかけに頷くビデルを見て、ルロエは頭を横に振った。


「では、どうやって……誰があの盾を回収してくるのですか? 軍部ですか? あなたの部下たちですか?」


「猶予は三ヶ月だぞ?」


 カミーラも口を挟む。ビデルは、詰め寄る2人に対しても余裕の笑みを浮かべながら語る。


「まあ、何も考え無しに提案したわけではありません。 探索隊たんさくたい適任てきにんな人材がいるではないですか。ここに……」


 そう言うと、ビデルは篤樹を指差した。


 はぁ? 何で俺を指差してるの?


 篤樹は指先から逃れるように、身体をゆっくり左右にずらす。しかしビデルの指は篤樹を追いかけ向けられ続けた。


「アツキくん?」


「ふん。やっぱり『チガセ』頼みだったか……」


 ルロエとカミーラの視線も篤樹に注がれる。


 えっと……よく聞こえなかったんですけど……「探索隊に適任」って……? 裁判後半に感じた嫌な予感は……これだったのかぁ!


「先ほども話したでしょう? 彼はあの『伝説のチガセ』である可能性が高い。いや、私は本当に彼は『チガセ』だと思うのです。あの年でありながら、この世界の事をあまりにも知らなさ過ぎる。その反面、私たちの『知らない世界』の事を、かなり具体的に語ることが出来る。『その世界で生まれ育った者』でなければ語れないことを……。たとえそうでなくとも、彼は湖神の守りの力で確かに守られています。湖神の創ったルエルフ村を探すには適任ではないでしょうか?」


 ビデルの提案にカミーラは頷いた。


「面白い。コイツが『チガセ』なら三ヶ月以内に『守りの盾』を我々の元に持ち帰ること、叶うやも知れんな」


「ちょっと待って下さい!」


 ルロエが さえぎりビデルに訴える。


「アツキくんは、この世界でも『あちらの世界』でも 成者しげるものを終えていない、まだ『子ども』ですよ。それに、この世界の事をよく分かっていない彼に 探索隊たんさくたいだなんて……」


「大丈夫です」


 ルロエの主張にビデルが答える。


「私の補佐官を務めている、あのエルグレドを 同伴どうはんさせます。だな? エルグレド!」


 エルグレドは当然の事のように軽く手を挙げて答えた。


「ほう。アイツか……」


 カミーラが「なるほど」という顔でエルグレドを見る。


「お前は何者だ?  稚拙ちせつとは言え『封魔法コーティング』されているこの建物の中で、あんな 拘束こうそく魔法を使えるとは……お前だろ?」


 え? 拘束魔法? 何を言ってるんだカミーラさんは……


 篤樹は隣のエルグレドの顔を見た。ニッコリ微笑んでいる。


「大使もお人が悪いですね。気付かれていてあの態度だったとは……」


 あれ? 会話が成り立ってる? その会話にルロエが加わった。


「やっぱり『アレ』は君だったか! いや、面目無い。助かったよ。危うく『一番ひどい判決』を受けることになるところだった。命の恩人だね」


 何を話してるんだ、この人たちは? 篤樹は、すっかり 蚊帳かやの外に置かれたまま進められる会話に 動揺どうようする。エシャーもキョトンとした目で、会話のやり取りを見ていた。


「だが……」


 カミーラが厳しい表情になる。


「『 伝心でんしん』は人間の魔法では使えないエルフの『古代魔法』だ。なぜお前が使える? 説明しろ!」


 伝心……ルエルフ村で見た(というか説明を聞いた)あの『通信』みたいな魔法のこと? 篤樹は混乱する頭の中を整理する。


「あっ!」


 裁判の途中、カミーラさんの挑発にルロエさんが乗せられたあの時……一瞬「時が止まった」ような変な感じがした……あの時、エルグレドさんが何か呟いていた……あれか!


「大使にも聞こえたのでしょうか? いや、ますますお人が悪いですねぇ……」


 エルグレドは特に おくすること無く、恥ずかしそうに頭を いている。


「途切れ途切れの小さな『伝心』だったがな。何かを伝えていたのは分かった。ルロエにか?」


「ええ、まぁ……」


「もう良いじゃないかカミーラ。終わった事だ」


 ルロエが間に入る。


「お前は良いかも知れんが私は納得がいかん。なぜ人間種ごときが、妖精エルフ族特有魔法である『伝心』をつかえたのだ?」


 カミーラも ゆずらない。エルグレドはそれでも純粋に「恥ずかしそう」な態度で答えた。


「昔から……幼少の頃からそれらしい 傾向けいこうはあったらしいんですよ。その……『伝心』というんですか? エルフ族の方との『心の対話』らしいものが……まあ、なかなかエルフ族の方と御一緒する機会もありませんでしたし、自分で意識して使ったのは今回が初めてだったんです。とにかくルロエさんに落ち着くように伝えなければ……と。上手く行く確信は有りませんでしたが……」


「フン、そうか……先祖のどこかから異種族婚の汚れ……エルフの血が薄っすらとでも混ざってるやも知らんな」


「そうかも知れませんね」


 エルグレドは笑顔でカミーラに答え、ルロエに顔を向けた。


「あ、ルロエさん。その……前後しますが……先ほどは突然法術をかけてしまい、失礼しました」


「いやいや、君が強制的に拘束魔法で止めてくれたおかげで理性を取り戻す時間が出来たんだ。ありがとう……コイツは昔っから人を 挑発ちょうはつするのが上手くって……」


「言葉を つつしめ! 私を『コイツ』呼ばわりなどと!」


 カミーラは本当に不快そうに怒鳴った。しかしその抗議にもルロエは肩をすくめ、軽く笑む。


「良いですか? おふた方」


 ビデルは、カミーラとルロエの関係を はかりかねる、といった微妙な表情で会話を止めに入る。


「エルグレドはご覧の通り非常に すぐれた法術士であり、また智者でもあります。アツキくん1人では探索隊としての成果は望めないでしょうが、このエルグレドを同行させれば問題はないと思います。それに……」


 ビデルは話の続きはエルグレドに話すように促す。


「はい。文化法暦省はこれまでいくつかの『結びの広場』を特定して来ました。まずはそれらを回り、有効な『入口』を見つけ出そうと考えています。湖神様の守りを特別に受けているアツキくんがいれば、入村の道も開かれるのではないか、と考えます」


 エルグレドの説明を聞くとカミーラは頷いた。


「分かった。ではその『探索隊』には、私の部下も1名同行させていただこう。良いかな?」


「ま、大使のお気の安まるように御手配下さい」 


 ビデルはカミーラの申し出を「やっぱりね」とでも言うように 快諾かいだくする。


 しかし……トントン 拍子びょうしに進められる大人たちの一連の計画を、篤樹だけは全く納得出来ない表情で見つめていた。

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