第31話 ビデルの誘導
裁判長は、ルロエの話が一区切りついたことを確認すると口を開いた。
「さて……困りましたねぇ」
そう
「お2人の話には大きな違いがありますな。エルフ族協議会からは、ルロエ氏はガザルの
「裁判長!」
裁判長が頭を抱えた一時の
「ん? なんですか、ビデル閣下」
「発言のお許しを、まずいただきたい」
思わず返事をした裁判長に、ビデルは冷静に発言の許可を求めた。
「ええ……まあ、本件に関わる重要なものであるというなら……」
裁判長も、自分の経験では裁ききれない
「カミーラ大使よりの訴訟内容と、ルロエ氏の反論については……双方、確たる証拠を示しての論議ではないという事実を受け、私は、ルロエ氏が本当にガザルの共謀者か否か、という点に論点を移すべきと考えますが、いかがでしょうか?」
「というと?」
裁判長がビデルの提案に興味を示す。
「つまりは、ルロエ氏……正確にはその父シャルロ氏と母シャリー氏が、ガザルと親密な関係にあったか否かを考えてみてはいかがか、と思うのです」
「それはそうですが、閣下。
「私は……」
裁判長の言葉を
「今回の裁判に先立ち、この件について重要な証言を得られるのではないかと思い、ルロエ氏の娘エシャーとカガワアツキくんを重要証人に指名させていただきました。両名は
ビデルはエシャーと篤樹を紹介するように、右手を広げて2人への注目を皆に
「この2名はこの
篤樹は急な指名にドキドキし始める。エシャーも篤樹の顔を不安そうに見つめた。いつの間にか無意識につなぎあっている手を、お互いに握り締める。
「さて、巡監詰所にて行われたこの3名の調書によれば、今回の『サーガの群れ化』……王室非常時対策室としては、これはかのサーガ大群行の再来であったと考えておりますが、この被害はルエルフの村にまで及んだという事です。つまり彼らもまた、サーガの
ビデルはゆっくり前に進み、ルロエに語りかけた。
「あなた方の村、ルエルフ村にはどれほどのサーガが押し寄せて来ましたか?」
「……数え切れないほどにおびただしい大群でした。湖神様の守りでも防ぎ切れないほどに……」
「その群れの中にガザルはいましたか?」
「はい。ヤツが
「なんと!」「何!」
ビデルとルロエの会話の中でガザルの名が出されると、裁判長とカミーラは同時に驚きの声を上げた。ビデルは何か言い出しそうな雰囲気の両者を制止するように両手を広げた。
「ガザルは何をしましたか?」
ルロエに問いかける。
「ヤツは……村の若者を殺害し、父を
「なるほど。その現場に他に居合わせた者はこの法廷内にいますか?」
ルロエはエシャーを見つめた。エシャーはルロエに小さくうなずく。
「娘が……エシャーもその現場におりました」
ビデルは向きを変え、エシャーに一歩近寄った。
「あなたもガザルを見たのですね? ルエルフの村で」
「……はい」
エシャーは緊張した声で、しかし、ハッキリ答える。
「私の目の前で、アイツは……ガザルは、おじいちゃんに暴行を加えました。その場にいたみんなを……父も私も村人全てを……殺害するつもりでやって来たのだと感じました」
「ではあなたのお父さん……このルロエ氏やおじい様が、ガザルと『親しげ』にする様子は?」
「そんなもの全くありません! アイツは……あのサーガは村を滅ぼし、全てのルエルフを殺すことしか考えていなかったんです。村の長であるおじいちゃんは、命がけでアイツからみんなを助けようと戦いました!」
「裁判長」
エシャーの証言を聞き終わると、ビデルは裁判長に顔を向けた。
「300年前の証言は我々人間には
「ちょっと待て!」
「実の娘の証言など、それこそ何の信用にも
「大使!」
裁判長が言葉を
「訴状として語られた大使の『証言』も、反論として語られたルロエ氏の『証言』も……また、エシャーさんが語った『証言』も、全て私にとっては『証拠に
カミーラは怒りに満ちた目でビデルを
「大使の
ビデルは裁判長とカミーラ、そしてエルグレドをグルッと見回した。
「先ほど話題に上っておりましたが、300年前の『サーガ
ビデルが篤樹を見つめる。篤樹はハッとした。まさか……右隣のエルグレドに目を向けると「……そろそろ出番です。落ち着いて下さいね」と小声で
「群れ化したサーガが、ガザルによって
え? タクヤ? 篤樹は思いもかけない名前に驚き、
「タクヤ大法老の行状記録の最後の章。御本人が書き残されているのは『サーガ大群行』への
「なるほど……」
裁判長はビデルの仮説を納得した様子でうなずく。カミーラもその点には異論は無いようだ。
「たとえ法術士とは言え、人間ごときにあのガザルが封じられるとは到底思えんが……まあ、タクヤレベルの魔法使いなら、何か策があったと考えても不自然はない」
カミーラが自分の考えを差し込む。篤樹はルロエの裁判に集中する気持ちが
でも……300年前? 大法老? あの「
「群れを導くリーダーがいなくなれば、群れの統率が崩れるのは当然の
ビデルは話を続けた。
「今回、世界中で起こったサーガの同時多発的な『群れ化』。あの『大群行』と同じく統率された暴虐……そう! それはあのガザルによって引き起こされたものと考えて良いのではないでしょうか? 今回の『大群行』が300年前の『大群行』ほどの被害にまでは拡大しなかったのは不幸中の幸いです。ではなぜ、ヤツらは先の敗北と同じように『統率を失い離散』していったのか?」
ビデルはまるで、舞台の上で演じる役者のように、法廷内を自由に歩きながら熱の
「そう! ここにいるカガワアツキ! 彼がそのガザルを封じたのです! ルエルフの村を襲ったあのガザルを!」
うわ! ビデルさん、やめてー!
想定していた以上にハードルの高い「証言」に立たされる! 篤樹は絶望的な気分になった。
「何!」「なんですと!」「はぁ?」
カミーラと裁判長が同時に声を上げる。法廷後方からもボロゾフが
「……調書によれば、ルエルフの村を
え?「そうですね!」って……
篤樹はどう答えるべきか困ってしまった。結果的に大筋としては大きく間違ってはいないけど……「閣下の言葉に合わせて!」エルグレドが篤樹に小声で指示を出す。エシャーも篤樹を見つめて「うん!」とうなずく。くそー、ビデルさん! 頼みますよ。
「……はい」
篤樹は裁判長にも見えるように顔を向けてうなずいた。
「エシャーさん、ルロエさん、本当にアツキくんがガザルを封じたのですか?」
裁判長は「信じられない」という表情でエシャーとルロエに
「はい」
「その通りです!」
篤樹は腹を決めた。
ビデルさんの誘導で裁判の流れがすっかり変わってしまったけど、嘘はつけない。つきたくない! 嘘はばれた時の言い訳が面倒だ!……でも今回は……「嘘」じゃない限り、この流れに乗ってやる!
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