第31話 ビデルの誘導

 裁判長は、ルロエの話が一区切りついたことを確認すると口を開いた。


「さて……困りましたねぇ」


 そう つぶやき、一同を見回す。


「お2人の話には大きな違いがありますな。エルフ族協議会からは、ルロエ氏はガザルの 共謀者きょうぼうしゃであるとうったえ出られ、当のルロエ氏は、ガザルの 暴虐ぼうぎゃくを止めんとして奮闘ふんとうされたと言う。しかも事件は300年も昔のことの上、両者共に確たる証拠の提示も無いと来た。じきに夜明けというのに……うぅむ……」


「裁判長!」


 裁判長が頭を抱えた一時の 静寂せいじゃくやぶったのは、それまで一言も発することなく法廷を見守っていたビデルだった。


「ん? なんですか、ビデル閣下」


「発言のお許しを、まずいただきたい」


 思わず返事をした裁判長に、ビデルは冷静に発言の許可を求めた。


「ええ……まあ、本件に関わる重要なものであるというなら……」


 裁判長も、自分の経験では裁ききれない 訴訟そしょうであると感じ始めてるようで、一つでも多くの有用な証言を求めているようだ。このタイミングを待っていたビデルは席を立ち、語り始める。


「カミーラ大使よりの訴訟内容と、ルロエ氏の反論については……双方、確たる証拠を示しての論議ではないという事実を受け、私は、ルロエ氏が本当にガザルの共謀者か否か、という点に論点を移すべきと考えますが、いかがでしょうか?」


「というと?」


 裁判長がビデルの提案に興味を示す。


「つまりは、ルロエ氏……正確にはその父シャルロ氏と母シャリー氏が、ガザルと親密な関係にあったか否かを考えてみてはいかがか、と思うのです」


「それはそうですが、閣下。 先刻来せんこくらい、カミーラ大使もルロエ氏も各々の主観に立つ証言しか語られない現状では……」


「私は……」


 裁判長の言葉を さえぎり、ビデルが話し始める。


「今回の裁判に先立ち、この件について重要な証言を得られるのではないかと思い、ルロエ氏の娘エシャーとカガワアツキくんを重要証人に指名させていただきました。両名は 召喚しょうかんに応じてこの場に同席しております」


 ビデルはエシャーと篤樹を紹介するように、右手を広げて2人への注目を皆に うながした。


「この2名はこの たび、ルロエ氏と共にルエルフ村より脱出し、2日前に……もう日をまたぎましたので3日前になりますが、ここ『タグア』へ のがれてきた者たちです。巡監隊の 手違てちがいにより、不許可侵入と未遂の容疑で 詰所つめしょ拘束こうそくされておりました。しかし、容疑も晴れて、今は私の 監察下かんさつかに置かれています」


 篤樹は急な指名にドキドキし始める。エシャーも篤樹の顔を不安そうに見つめた。いつの間にか無意識につなぎあっている手を、お互いに握り締める。


「さて、巡監詰所にて行われたこの3名の調書によれば、今回の『サーガの群れ化』……王室非常時対策室としては、これはかのサーガ大群行の再来であったと考えておりますが、この被害はルエルフの村にまで及んだという事です。つまり彼らもまた、サーガの 暴虐ぼうぎゃくから逃れてきた 難民なんみんでもあります。さて……」


 ビデルはゆっくり前に進み、ルロエに語りかけた。


「あなた方の村、ルエルフ村にはどれほどのサーガが押し寄せて来ましたか?」


「……数え切れないほどにおびただしい大群でした。湖神様の守りでも防ぎ切れないほどに……」


「その群れの中にガザルはいましたか?」


「はい。ヤツが 先陣せんじんを切って侵入しんにゅうしてきました」


「なんと!」「何!」


 ビデルとルロエの会話の中でガザルの名が出されると、裁判長とカミーラは同時に驚きの声を上げた。ビデルは何か言い出しそうな雰囲気の両者を制止するように両手を広げた。


「ガザルは何をしましたか?」


 ルロエに問いかける。


「ヤツは……村の若者を殺害し、父を ののしり、殺害しようとしました。私は……ヤツに近づくことさえ出来ませんでした」


「なるほど。その現場に他に居合わせた者はこの法廷内にいますか?」


 ルロエはエシャーを見つめた。エシャーはルロエに小さくうなずく。


「娘が……エシャーもその現場におりました」


 ビデルは向きを変え、エシャーに一歩近寄った。


「あなたもガザルを見たのですね? ルエルフの村で」


「……はい」


 エシャーは緊張した声で、しかし、ハッキリ答える。


「私の目の前で、アイツは……ガザルは、おじいちゃんに暴行を加えました。その場にいたみんなを……父も私も村人全てを……殺害するつもりでやって来たのだと感じました」


「ではあなたのお父さん……このルロエ氏やおじい様が、ガザルと『親しげ』にする様子は?」


「そんなもの全くありません! アイツは……あのサーガは村を滅ぼし、全てのルエルフを殺すことしか考えていなかったんです。村の長であるおじいちゃんは、命がけでアイツからみんなを助けようと戦いました!」


「裁判長」


 エシャーの証言を聞き終わると、ビデルは裁判長に顔を向けた。


「300年前の証言は我々人間には 真偽しんぎはかりかねます。しかし、3日前の証言であればいかがでしょうか? しかも被告人ではなく、娘とは言え目撃者の証言です」


「ちょっと待て!」


  たまりかねてカミーラが口を はさむ。


「実の娘の証言など、それこそ何の信用にも あたいしないではないか! 親を助けようと 虚偽きょぎの証言をしている可能性は 排除はいじょできない!」


「大使!」


 裁判長が言葉を さえぎる。


「訴状として語られた大使の『証言』も、反論として語られたルロエ氏の『証言』も……また、エシャーさんが語った『証言』も、全て私にとっては『証拠に もとづかない証言』という意味で全く同じ価値のものです。それを聞いて私がどう判断するか、すなわちこれらの証言の『価値』は私が決める事です。それがこの裁判の決まりなのでしょう?」

 

 カミーラは怒りに満ちた目でビデルを にらみつけた。しかしビデルは意に かいさぬ表情で続ける。


「大使の 要請ようせいに基づいてこの宵暁裁判しょうきょうさいばんは開かれておりますので、私たちも積極的に協力したいのでございます。さて……」


 ビデルは裁判長とカミーラ、そしてエルグレドをグルッと見回した。


「先ほど話題に上っておりましたが、300年前の『サーガ 大群行だいぐんこう』は我々の資料によりましても『1体のサーガ、ガザルの手により引き起こされた可能性が考えられる』との記録が残されております。これはカミーラ大使の証言と相違なく、ガザルはサーガを組織的に『群れ化』させ、 従属じゅうぞくさせうる能力を持つ者である、と考えるべきでしょう」


 ビデルが篤樹を見つめる。篤樹はハッとした。まさか……右隣のエルグレドに目を向けると「……そろそろ出番です。落ち着いて下さいね」と小声で ささやかれた。


「群れ化したサーガが、ガザルによって 統率とうそつされた『大群行』……では300年前の『大群行』はなぜ途中で 収束しゅうそくしたのか? なぜヤツラは 突如とつじょ統率を失い、本来の自我優先の性質に戻り、我々の祖先の反撃により 蹴散けちらされたのか? 私は研究の中で魔法院の記録にその答えがあると確信しました。300年前に魔法院法術士として 活躍かつやくしていたタクヤ大法老の記録です」


 え? タクヤ? 篤樹は思いもかけない名前に驚き、 挙動不審きょどうふしんにキョロキョロとあたりを見回した。今「タクヤ」って言ったよね? ビデルさん。え? ねぇ、誰か……しかし、どんなに見回しても誰も篤樹の疑問に答えてくれそうな人はいない。


「タクヤ大法老の行状記録の最後の章。御本人が書き残されているのは『サーガ大群行』への うれいと、その元凶げんきょうを排除するため、自らの命をかける最終決断をされた むねまでで終わっています。その後について、法院の弟子たちが加筆した内容に『師はサーガの群れを動かす元凶者ガザルを ふうじ、そのつとめを終えられた』というものがありました。ガザルによる前回の『サーガ大群行』はタクヤ大法老により、ガザルが封じられたことで収束へ向かったのだと考えられます」


「なるほど……」


 裁判長はビデルの仮説を納得した様子でうなずく。カミーラもその点には異論は無いようだ。


「たとえ法術士とは言え、人間ごときにあのガザルが封じられるとは到底思えんが……まあ、タクヤレベルの魔法使いなら、何か策があったと考えても不自然はない」


 カミーラが自分の考えを差し込む。篤樹はルロエの裁判に集中する気持ちが 途切とぎれ、今は「タクヤ」の事で頭が一杯になってしまった。


 でも……300年前? 大法老? あの「 相沢卓也あいざわたくや」のはずはない!……だって……つい数日前まで二次元オタクの同級生だった中学3年生だぞ!……でも先生が「湖神様」だったり……。卓也ぁ、やっぱりお前のことなのかぁ?


「群れを導くリーダーがいなくなれば、群れの統率が崩れるのは当然の ことわり。それはサーガも同じなのでしょう。そして……」


 ビデルは話を続けた。


「今回、世界中で起こったサーガの同時多発的な『群れ化』。あの『大群行』と同じく統率された暴虐……そう! それはあのガザルによって引き起こされたものと考えて良いのではないでしょうか? 今回の『大群行』が300年前の『大群行』ほどの被害にまでは拡大しなかったのは不幸中の幸いです。ではなぜ、ヤツらは先の敗北と同じように『統率を失い離散』していったのか?」


 ビデルはまるで、舞台の上で演じる役者のように、法廷内を自由に歩きながら熱の こもったべんを立てる。そして、ついにクライマックスを迎えたように両手を広げ、皆の視線を篤樹に向けさせた。


「そう! ここにいるカガワアツキ! 彼がそのガザルを封じたのです! ルエルフの村を襲ったあのガザルを!」


 うわ! ビデルさん、やめてー!


 想定していた以上にハードルの高い「証言」に立たされる! 篤樹は絶望的な気分になった。


「何!」「なんですと!」「はぁ?」


 カミーラと裁判長が同時に声を上げる。法廷後方からもボロゾフが 不審ふしんそうに驚きの声を出すのが聞こえた。


「……調書によれば、ルエルフの村を 急襲きゅうしゅうしたガザルは、シャルロ氏に 瀕死ひんしの重傷を負わせました。その介助に当たっていたエシャーさんもろともに殺害しようとしていたガザルを、アツキくんは『 一つに組み伏せ・・・・・・・』た後、湖神様の助力を得つつ、ヤツを ふうじたのです。そうですね!」


 え?「そうですね!」って……


 篤樹はどう答えるべきか困ってしまった。結果的に大筋としては大きく間違ってはいないけど……「閣下の言葉に合わせて!」エルグレドが篤樹に小声で指示を出す。エシャーも篤樹を見つめて「うん!」とうなずく。くそー、ビデルさん! 頼みますよ。 上手うま合わせさせて・・・・・・下さい!


「……はい」


 篤樹は裁判長にも見えるように顔を向けてうなずいた。


「エシャーさん、ルロエさん、本当にアツキくんがガザルを封じたのですか?」


 裁判長は「信じられない」という表情でエシャーとルロエに たずねる。


「はい」


「その通りです!」


 篤樹は腹を決めた。


 ビデルさんの誘導で裁判の流れがすっかり変わってしまったけど、嘘はつけない。つきたくない! 嘘はばれた時の言い訳が面倒だ!……でも今回は……「嘘」じゃない限り、この流れに乗ってやる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る