第24話 不正な裁判

「エルグレドさん、『 宵暁裁判しょうきょうさいばん』って何なんですか?」


 篤樹は裁判所の廊下をエシャーと並んで歩きながら、前を行くエルグレドに質問した。


「私も初めて経験する裁判のやり方なので くわしくは分かりませんが、エルフ族特有の裁判らしいですね。 しずむ時間から裁判を始め、翌朝、陽が のぼる前に判決を下すという時間制限付の裁判だとか……」


「時間制限付きの裁判?」


 篤樹は両親が ていた裁判モノのドラマをイメージした。確かにドラマだと毎回1時間で判決は出ていたが、実際の裁判は何週間も何ヶ月もかかるもののはず……それをたった 一晩ひとばんで判決まで?


「人間の10倍もの時間を持つエルフ族なのに、何とも短気な裁判ですよね」


 篤樹の思いが聞こえたかのように、エルグレドも不思議な裁判への 疑念ぎねんを語る。


「本来は彼ら……エルフ族は森の中でこの裁判を行うそうです。裁きを下すのはエルフ族の長老だとか。ただ、今回は人間の 施設しせつであるこの裁判所を使い、しかもエルフ族ではなく人間の裁判官を『 借用しゃくようして』法廷ほうていが開かれます。それほど、彼らが待ちに待っていた裁きなのでしょうね。昨日の朝、エルフ族協議会から国王に 要請ようせいが出され、すぐに許可がおりたそうです。 異例尽いれいづくしの裁判ですよ」


「お父さんは……」


 エシャーも会話に加わってくる。


「お父さんは、一体なんの罪でエルフ族から うったえられてるんですか?」


 当然の疑問だ。300年前……ルロエさんは外界で生まれ、18歳まで両親と暮らす中で一体どんな「罪」を犯したというのだろう? それは篤樹も気になっていた。そして、そんな「大昔の罪」に対し、自分たちがどんな 重要証言・・・・を出来るというのだろうか?


「すみません……詳細はまだ、私も知らされていないんです。私やビデル大臣だけでなく、ボロゾフ 准将じゅんしょうだって今回の訴状そじょう内容は知らされていないと思いますよ。エルフ族協議会はあくまでも『自分たちのやり方』を優先しますからね。彼らの言葉で言うなら『全ては裁きの座で知り得るもの』ということなのでしょう」


 あと少しで裁判所入口のホールに着くというところで、エルグレドは立ち止まった。


「良いですか? 一応、私の知っている 範囲はんいで『宵暁裁判』についての説明をしておきます」


 篤樹とエシャーはコクリとうなずく。


「陽が沈んだら 開廷かいていです。始まるとすぐに、 訴追側そついがわが罪状を法廷に明らかにします。被告人は罪状が語られている途中でも口を はさ自己弁護じこべんごする事が認められています。ただし訴追側も被告人も、裁判長から指示を出されたら 即座そくざにその指示に従わないとなりません。発言を制止されたら、とにかくすぐに口をつぐむ事がこの裁判最大の決まりになっているらしいです。裁判を 妨害ぼうがいしたと裁判長に思われた側が、無条件で『敗け』になります。だから訴追側……エルフ協議会側が裁判長の指示に従わなければ、その 瞬間しゅんかんに被告の無罪が宣告されます。逆に被告であるルロエさんが裁判長の指示に従わなければ、その瞬間に有罪が宣告されます。 量刑りょうけいもその時に裁判長の 権限けんげんでその場で決められるようです。それがたとえ死刑判決であっても……」


「死刑!?」


 エシャーが口を押さえて目を大きく見開く。


「いや、すみません。例えばそんな 極刑きょっけいさえも、裁判長の独断で下される異常な裁判だという事です……私たちからすればね。でもエルフ族にとっては、これも普通の裁判手続きの一つなのだとか……」


「『制限時間』の間に終わらなかったらどうなるんですか?」


 篤樹は裁判の時間制限というのが理解出来なかった。


「裁判の 結審けっしん……判決は『 日没にちぼつからあかつきまでの間に出す』ことがこの裁判の 特徴とくちょうです。つまり日没から暁まで必ず続くわけではなく、その途中ででも裁判長が『もう十分』と判断した時点で判決が下される事になります。ですから、結審自体は裁判が始まってすぐかも知れないですし、真夜中かも知れません。ただ、何があろうとも裁判長は夜明け……太陽が昇る前に判決を下さないとならず、その判決に対しての上告は無く、絶対服従というのが決まりとなっています」


「だけど、そんな短い時間で……間違いだったら?  冤罪えんざいだったらどうするんですか! もし被告人が口下手で、訴追側が うその証言や証拠を並べ立てたら? 裁判長だって人間……神さまじゃ無いんだし間違う事だってあるでしょう?」


「私に言われても……」


 エルグレドは こまり顔で苦笑いを浮かべる。確かに、今ここで篤樹が彼に抗議をしてもどうしようもない問題だ。


「まあ、私も気になっている点はそこなんですよね……」


 考えをまとめるようにエルグレドは手で こぶしにぎり、自分の口に当てながら言葉を続ける。


宵暁裁判しょうきょうさいばんの裁判長に『人間の裁判官』を指名したという点……これは被告にとって非常にマズイ、不利な状況だと思います。宵暁裁判はエルフ族独特の裁判方法ですが、その正当性をある意味で 担保たんぽしているのは彼らが『森の 賢者けんじゃ』と呼ばれるくらい、知恵と知識と 洞察力どうさつりょくを持っているからでしょう。感情や 虚偽きょぎの証言に振り回される事無く、非常に冷静で 客観的きゃっかんてきな判断力を持つ賢者だからこそ冤罪も 誤審ごしんも生じない……これがこの裁判本来の 大前提だいぜんていなのだと思います。でも……」


「今回は人間ですよね? 裁判長は」


 篤樹はエルグレドの言わんとするところを理解した。


「エルフ族協議会は……というよりカミーラ高老大使は、何があってもルロエ氏を……エシャーさんのお父さんを有罪にしたい、と考えているのでは無いでしょうか?」


「どうして! どうしてお父さんを……」


 エシャーの目は、今にも涙がこぼれ落ちそうなくらいに うるんでいる。


「なぜなのかは、裁判が始まってみないことには 推察すいさつも出来ません。ただ、いま私が感じているのは、この裁判は『手続きとしては正当で有効な裁判』として開かれますが『不正な 操作そうさ』がなされている、という事です」


「裁判長を代えてもらうとかって、出来ないんでしょうか?」


 篤樹はなんとかならないものか、自分なりの意見を出してみた。


「権限が無いんですよ、私たちには。異議を申し立てる権利は被告…ルロエさんにしかない。だからと言って、もし裁判長の 忌避きひを被告人……ルロエさんが申し立てたらどうなるでしょうか? そこで裁判長の 心証しんしょうは決まってしまうでしょう。『あなたはエルフ族と違って賢者ではなく、分別が足りない 人間種・・・だから信用出来ない』と宣告するようなものですからね。裁判官というのは『自分は公正中立だ』と自負されている方ばかりです。忌避を申し立てることは、今回の裁判では自分の首をしめることになりかねません。 巧妙こうみょうな不正裁判だと思いますよ、これは」


「じゃあ、どうすれば……」


 エシャーが つぶやいた。エルグレドは何かを考えているような 仕草しぐさで口を開く。


「今回、重要証人としてあなたたちを 推薦すいせんしたのは、実はビデル大臣なんです」


「え?」


 そういえば自分たちが「重要証人」なんて立場に「誰から」選ばれたのか、まったく考えてもいなかった。


「どうしてビデルさんが?」


「さあ……? 閣下にも何か考えがあるんでしょう。ビデルさんは昔から、大臣になった今も『 探究心旺盛たんきゅうしんおうせいな研究者』の面が強いですから……今回、アツキくんという『不思議な存在』に対する関心がとにかく高いですね。あ、失礼……ちょっと調書を読ませてもらったので。もちろん、私もあなたに興味はあるんですよ。『チガセ伝説』というものに。まあ、アツキくんだけでなく、ルエルフ族はエルフの中でも特異な種族ですから、ビデル閣下はどちらも自分の手元に置いておきたいと考えているようです。だから、この裁判でルロエさんをあちら側に取られてしまう事を絶対に けたい。そう考えた上で『重要証人』にあなたたちを立てようと思いついたのでしょう」


「お父さんを……助けるために?」


 エシャーは自分がどうやったら父親を救えるのだろうかと不安を感じた。「下手な証言」をしてしまえば、逆にお父さんを 窮地きゅうちおとしいれてしまうのではないか?


「そうです。お父さまを助ける方法として、ビデル閣下は『人間の施設で人間の裁判長を立てるなら、被告人の子どもたちを証人に立てるくらいの 措置そちをとってはどうか?』と提案されたようです。協議会としては、エルフの裁判に証人は不要と言ったみたいですが、裁判長がビデルさんの申し出を許可しました。もちろん、証人として 召喚しょうかんされる当人たちが同意するならとの条件付で」


「何か作戦とか、打ち合わせとかってあるんですか?」


 篤樹の質問にエルグレドは首を横に振って答える。


「閣下の 要請ようせい了承りょうしょうする代わり、裁判が終わるまで閣下とあなたたち2人の会話を禁じる……という協議会側からの条件も裁判長に承認されたんです。きっと何かの さくこうじるだろうと疑われたんでしょうね。だから大臣やルロエ氏との打ち合わせをする時間はありません。……ということで、法廷に入るまで、あなたたちも閣下も、それぞれ別々の部屋で待機することになっています。」


 ビデルさんは一体どんな考えで俺たちを選んだんだろう? ルロエさんの子どもであるエシャーがいれば、確かに人間の裁判官なら娘を 不憫ふびんに思い、たとえ「有罪」でも量刑を軽くしてくれる可能性はあるのかも知れないが……


 篤樹は「なんで俺まで?」という疑問の解決は出来ないまま、とにかく出廷するしかないと決心した。


 とにかく当たって くだけろだ!……砕けちゃマズイけど……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る