第23話 重要証人
「それで!?」
篤樹は所長の話を聞きながら、一刻も早くエシャーの元に駆けつけたい気持ちになっていた。不安だったろうし、
「まあ……
「まだ何か?」
「うん……また
所長は、テーブル上の球体の中で座っているエシャーの姿に目を向けた。
「だが、気がついた彼女は……今度は大声で泣きだしてね。驚いた監視員が呼びかけても返事もせず泣き続けて……
「あの……」
篤樹は、所長の説明が「早く
「あの、僕もエシャーも、もう解放されて良いのなら……その……僕がその部屋に迎えに入ってもいいですか?」
所長は「よし!」という表情で
「ああ! 是非そうしてくれると助かるよ!」
そうと言うが早いか、所長はソファーから立ち上がり、そそくさと扉に向かい始める。篤樹はその後を追って部屋から出た。
―――・―――・―――・―――
長い廊下を戻り、来る時に「制限魔法」がかかっていた場所を抜け、一般人も入れるホールまで出る。所長は館内設備の説明をしつつどんどん先へ進み、途中で、最初の館内案内の時には気付かなかった廊下(恐らく制限魔法がかかって見えなかったのだろう)を通って奥へ向かった。
「さあ、ここだ」
廊下の左側に4つの扉が並ぶ場所で歩を
開錠音と共に扉が開くと、そこは1m四方の小部屋……衣料品店の試着室のような正方形の「つなぎ部屋」になっていた。奥にもう一つ扉がある。
「こちらの扉が閉まったら、内側の扉が開くようになってるからね。彼女はその中にいるから……君からもよく話してあげて欲しい。今度暴れたら、さすがにお
「大丈夫です。ちゃんと言いますから」
篤樹は「つなぎ部屋」に入った。所長の「頼むよ……」という声が、閉まる扉の音でかき消される。
無音の空間。篤樹は目の前の扉を見つめた。この向こうにエシャーがいる。泣き通して、不安と悲しみに打ちひしがれている女の子が……何て声をかけよう?
急に篤樹は
と、とにかく、せっかく自由の身になれたんだ! ルロエさんの件は……どうなってるのか分からないけど、とにかく、僕ら2人は無事にまた会えるんだ。大丈夫! ここからまた「次」に向かって進めば良いんだ!
篤樹は自分を力づけるように言い聞かせた。
しっかりしなきゃ! でも、なんて話しかけたら良いんだろう……
目の前の扉が「ガチャッ!」と音を立て、数センチほど勝手に開いた。篤樹は残りを押し開く。エシャーは部屋の奥の
―――・―――・―――・―――
2人が「特別監察室」から出てくるのを、所長は廊下でウロウロしながらしばらく待つ。遅いなぁ……大丈夫かなぁ……所長は転送画魔法システムのある隣の部屋に入って、中を確認しようかどうか迷っていた。
所長・責任者としての立場で言えば、安全確認業務なのだから何の問題もない。ただ「若い2人」の様子を
早く出てきてくれないと
所長は「特別観察室」の前で立ち止まると、扉にソッと耳を押し当てた。
ガチャ!
扉が開き、所長は思わず飛び上がる。
「あ、スミマセン!」
篤樹は所長を驚かせてしまった事を
「……あの……すみませんでした……私……ぼんやりとしか覚えてないんですけど……昨日は……スミマセンでした」
「あ……ああ、ああ! 大丈夫だよ。大丈夫かい?」
所長は一瞬、エシャーに
「いや……君も、ホントに……何と言うか……大変だねぇ。とにかく、気持ちを落ち着けてね。ほら、
篤樹は、所長がまるで「泣き止んだ孫に大好きなおもちゃを見せてご
「……昨夜の話は、一応僕からも話しておきました。本人、あまり覚えていないそうで……」
「いや、ホントにもう大丈夫だから! みんな、そんなに
所長はとにかく2人に(というかエシャーに)早く裁判所から出て行って欲しそうだ。
「……それと、あの、ルロエさんに一目だけでも会えませんか?」
篤樹が尋ねる。
「え? ああ……うん、そうだよね……あ! そうだ! ビデル……
所長は「やっと
ビデルさんかぁ……
篤樹は、正直言ってこのままビデルと会わずにここから出られたら、どんなに気楽だろうかと考えていた。でも、そういうわけにはいかないだろう……それに、考えようによっては「大臣」という立場の人と近い関係になっていれば、この先、何かと便利かも知れない。
『
あの時「先生」から言われた場所に行くためにも、とにかく「情報」と「力」は必要だ!
「……ねぇ、アッキー? 誰? その『ビデル』って人……」
篤樹の上着を引っ張りながらエシャーが尋ねる。そうか……エシャーとルロエさんは詰所でビデルさんに会う前に、こっちに連れて来られたんだ。
「えっと……ビデルさんっていうのは……」
エシャーへの説明を、誰かの声が遮る。
「ああ! ここにいましたか! カガワアツキくんですね? それと……ルエルフのエシャーさん。もう大丈夫ですか?」
廊下を歩いてくる若い男の人……お父さんたちが着るような「背広」に似てるけど何となく素材やデザインが違う、独特な濃い灰色の服を着ている人物が声をかけて来た。
「所長、あの後、少しは休まれましたか?」
その男性は近づきながら所長に手を差し出し、
「おや、あなたでしたか! 昨夜はどうもありがとうございました!」
その人物が「誰」かを確認すると、所長も満面の笑顔で手を
「ご挨拶が遅れて申し訳御座いませんでした。私も到着してすぐの事でしたし、あの後もバタバタしていまして……自己紹介もせずに失礼いたしました。私はエグデン王国王室非常時対策室室長付きの
エルグレドと名乗った男性は、言葉通り申し訳無さそうに表情を
「いやいや、あなたや
所長はその礼儀正しい若い男性に好感をもった様子だ。
全然「
イテッ!
右腕をつままれるような痛みを篤樹は突然感じた。横を見ると、エシャーが篤樹の右腕をギュッと
「……いや、本当に御迷惑をおかけします……っと、エシャーさん、大丈夫ですか?」
エルグレドが心配そうにエシャーを見る。
「あなたの眼が『小人の
「え? あの……」
エルグレドの言葉にエシャーが
「彼女は昨夜の事をよく覚えていないらしく……」
所長が会話に割って入る。
「昨夜、君の『
「え! この人が!」
篤樹は思わず聞き返した。
「小人の咆眼」とルエルフの「ルー」を使って暴れるエシャーを、一瞬で止めた法術士……すごい魔法使いなんだ、この人……
エシャーは特別監察室で篤樹から聞いた「昨夜の暴走」を思い出し、恥ずかしそうに目をそらす。
「覚えていないのなら幸いです! いたいけな少女に対し、あのように強力な
エルグレドは少し
「……でも、本当に頭や手足に痛みはありませんか? 胸や背中、体のどこかに普段感じないような痛みとか……」
「あの……はい……ホントに大丈夫です……」
エシャーは、ほとんど篤樹を「
「そうですか! うん……あなたも法術を使うし、ルエルフの持つ古代魔法力もあるでしょうから……魔法
エルグレドはようやく「ホントに安心した」という表情を見せる。
「さて……」
そう
「カガワアツキくん……そして、エシャーさん。本来なら君たちはとっくに自由の身となり解放されている立場です。そんな君たちにこのような事をお願いするのは心苦しいのですが……」
篤樹はなんだか嫌な予感がした。今までの経験上「本当なら~ですが」という言い回しの後には、あまり好ましくない状況が起きることを知っていたからだ。一体「自由」になれずにどうなるのだろうか?
「この後に行われる『
「しょ、しょうきょう裁判?」
「はい。エルフ族による特別裁判……ルロエさんの裁判です」
ルロエさんの裁判に? 篤樹は耳を疑った。
「重要証人」って……一体何を……
「もちろん今回の裁判は通常のものではありません。お2人には出廷を拒否する権利も認められています。どうですか?」
「……ちょっと……」「出ます!」
篤樹が少し考える時間を要求する間もなく、エシャーが返事をする。
「ちょ、ちょっと! エシャー……」
「お父さんに会えるんですよね?」
エシャーは要請された内容が何かよりも、父親に会えるということで、もう気もそぞろになっている。そりゃそうだよなぁ……仕方無いか……でも「重要証人」って響きがどうも気になるんだよなぁ……
「ありがとうございます! では所長、この後は私が2人を引き受けてよろしいですか?」
「え……ええ! もちろんです! よろしくお願いしますよ。では、私はここで!」
所長は
「私がビデル閣下の悪口を言ってたことは内密に頼むよ。しっかし、国の役人の中にもちゃんとした人はいるもんだねぇ」
所長は小声でそう言うと、篤樹にウインクを見せた。
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