第19話 馬車の中で
巡監隊詰所を出るための手続きをビデルが行う間、2日間の取調べを担当した巡監隊員が
「あの人は国のお偉いさんみたいだが、何だかちょっと怖いなぁ。何かあったら逃げ出しなよ。町の外に逃げりゃ、なんとか逃げ切れるだろうから……」
巡監隊員は小声で篤樹に耳打ちする。この世界のルールがどうなってるのか分からないが、
手続きを終えたビデルに
「裁判所までは15分ほどです」
篤樹は生まれて初めて馬車に乗る。乗り心地は……良くも悪くも無い。乗り慣れた父親の車に比べると「車内」は広く、高さもある。
田舎の
「客車」の前後左右に小さな窓が付いている。ここにも「ガラス」は入っていない。今は開いているが、木の板を開け閉めするだけのようだ。
もしかしてこの世界には「ガラス」が無いのかな? そう言えばルエルフの村でも巡監隊の詰所でも「ガラス」を見なかったよなぁ……
篤樹は興味深げに窓枠を見、そのまま外の景色に目を広げた。
過ぎ行く町並みは「中世ヨーロッパの町並み」っぽい石造りの建物が多い。家族で九州旅行に行った時に立ち寄った、テーマパーク内の建物にも似ている。だが……明らかに「損壊」した建物がいくつも目についた。
「これでも被害は最小限に
町の景色の中に「異様さ」を感じる篤樹の様子にビデルは気付くと、突然口を開いた。
「被害……って、何かあったんですか?」
篤樹は
「先ほど話したように、10日ほど前だったかな……突然、サーガの
篤樹はビデルの話を聞く間も、外の景色から目を離さなかった。目の前に広がっている
「……この町の中にも、サーガが入って来たんですか?」
「そう聞いている。軍が来るまで、巡監隊員や一般住民に100名近い
そうか……この町も奴らに襲われたんだ……。統率が無くなったって……やっぱりあの時、ガザルを湖神様の橋の上に置き去りにして来たことと関係あるのかなぁ……
窓の外の景色が少しずつ変わって来た。建物が連続していた町並みから、空地や畑が多くなって来る。所々で人々が集まって「何か」を燃やしている姿が見えた。
「あれは……」
「ん? ああ、残っているサーガの死体を集めて焼いてるんだろう。奴らも全部が全部『黒い
篤樹は独り言のつもりだったが、口に出して
「あの、ビデルさん」
「ん? なんだい?」
「その……変な質問なんですけど……人間は? この世界では人間は……死んだらどうなるんですか?」
「人間は死んだ後にどうなるのかって?」
ビデルは質問の意図が読めないという表情をした。
「そりゃ、まあ、死んだら天国か地獄かって昔から言われてるが……」
「いや、そうじゃ無くて!」
篤樹は自分の言葉の足りなさを
「エシャー……ルエルフの村しか……僕はまだ知らないからよく分からないんですけど……エルフやルエルフや、その……
「そんなこと……」
ビデルは質問の意図を理解し、同時に「そんな事も知らない無知な子ども」を馬鹿にするように言いかけたが、ふと思い直したように尋ね返す。
「君の世界では、どうなんだい?」
「え? あ、元の世界では……人間も動物も……魚も鳥も木々も、死んでも体は……消えません。って言うか、ああいう風には消えません」
ビデルは口元に笑みを浮かべながら言葉をつなぐ。
「『ああいう風には』ってことは、他の様子で『消える』ってことかな?」
篤樹は
「いえ、その……『消える』っていうか……そうだ! 人間は焼くんです!
「焼くだって! 人間をかい?」
ビデルはかなり驚いた様子で篤樹を見た。
「……なんて
えー! どうしよう! ビデルさん、なんか怒ってる……篤樹はドキドキした。マズイ、なんとか話題を変えなきゃ……
「ち、違うんです! みんな本当にその……亡くなった人の事が大好きで、だからちゃんと
篤樹がなんとか説明しようとアタフタする姿を見ながら、ビデルの顔が段々と赤みを帯び始め……
「ハッハッハ! 冗談だよ冗談! いや、ホント、君は別の世界の人間なんだろうなぁ」
え? え? 何? 篤樹はビデルの
「同じだよ、同じ! 君の世界と、ここと。人間は死んだら『死体』となって残るよ。まあ、それぞれの地域で葬り方に違いはあるけど、火葬することもある。でも普通は土葬だね。すまない、ちょっと試させてもらった。君がどんな反応を示すのかをね」
えっと……
「どういうつもりですか! 僕……ホントに……マジで……」
馬鹿にされた
『やっと泣き止んだの? 僕ちゃん?』
ルエルフの森の中でエシャーにかけられた言葉が頭をよぎった。マズイ! ダメだダメだ! 気持ちを落ち着かせなきゃ! 篤樹は胸に下げている「渡橋の証し」を服の上からギュッと握り、気持ちをしずめて言葉を選ぶ。
「ぶ、文化の違いとか……色々……分からないことが多くて不安なんです……からかわないで下さい」
我ながらちゃんとした苦情が言えたぞ、と篤樹は思った。ビデルもそう思ったようだ。
「……ああ、いや、すまなかった。その……君の反応を見て……まあ、証言の裏づけというかね……」
自分がやった不当なことに対し、正当性を
篤樹は無駄に相手に食って掛かるよりも「その程度のヤツ」なのだと、自分の中で納得することに決めた。
「……とにかく、この世界でも人間は死んだら……その『
「ああ、もちろんそうさ。そして……近親者の手で
ビデルは窓の外に目を向けた。ここでも「何か」を燃やしている。あれはただの
壁を越える時に見た、布に覆われていた毛むくじゃらの手は……サーガの死体の一部だったのか……篤樹はとにかく「人間の死体は残る」という情報を得られたことで、どこか安心した。
少なくとも自分は「生きているのか死んだのかさえ分からない」という事にはならないんだ……エーミーさんのようには……
「もうすぐだな……」
ビデルが身の回りの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます