第19話 馬車の中で

 巡監隊詰所を出るための手続きをビデルが行う間、2日間の取調べを担当した巡監隊員が 麻袋あさぶくろを篤樹に渡しに来た。中を見ると逮捕時に取り上げられていた学生服だった。


「あの人は国のお偉いさんみたいだが、何だかちょっと怖いなぁ。何かあったら逃げ出しなよ。町の外に逃げりゃ、なんとか逃げ切れるだろうから……」


 巡監隊員は小声で篤樹に耳打ちする。この世界のルールがどうなってるのか分からないが、 逃亡とうぼうを耳打ちする警察っぽい人がいるってことは、あまり「平和な世界」というわけでもないらしい。

 手続きを終えたビデルに うながされ、巡監隊が準備した馬車に篤樹も乗り込む。2頭の馬に屋根付きの「客車」がつながれているタイプだ。


「裁判所までは15分ほどです」


  御者ぎょしゃが声をかける。ビデルは返事もせずに手で「行け!」という仕草を示した。


 篤樹は生まれて初めて馬車に乗る。乗り心地は……良くも悪くも無い。乗り慣れた父親の車に比べると「車内」は広く、高さもある。

  石畳いしだたみを木製車輪で走る馬車だが、対面座席となっている座面のクッション性が高いおかげで、それほど 振動しんどうは伝わって来ない。もちろん、自動車の 静音性せいおんせい快適かいてきさとは 雲泥うんでいの差だが、ゴツゴツガタガタと走るものだと思っていた割には、充分に安定した乗り物だと篤樹は評価を改める。


 田舎の ばあちゃんの家に行くときに乗った「単線鉄道」の乗り心地に似ているかも……


 「客車」の前後左右に小さな窓が付いている。ここにも「ガラス」は入っていない。今は開いているが、木の板を開け閉めするだけのようだ。


 もしかしてこの世界には「ガラス」が無いのかな? そう言えばルエルフの村でも巡監隊の詰所でも「ガラス」を見なかったよなぁ……


 篤樹は興味深げに窓枠を見、そのまま外の景色に目を広げた。


 過ぎ行く町並みは「中世ヨーロッパの町並み」っぽい石造りの建物が多い。家族で九州旅行に行った時に立ち寄った、テーマパーク内の建物にも似ている。だが……明らかに「損壊」した建物がいくつも目についた。


「これでも被害は最小限に おさえられたほうだよ……」


 町の景色の中に「異様さ」を感じる篤樹の様子にビデルは気付くと、突然口を開いた。


「被害……って、何かあったんですか?」


 篤樹は 数軒すうけんおきに る、くずれたり「すすけて黒ずんだ建物」を窓越しに見ながら聞き直した。


「先ほど話したように、10日ほど前だったかな……突然、サーガの 大群行だいぐんこう……まあ、群れでの襲撃多発報告が王宮に上がってきたんだ。すぐに王の名による非常事態宣言が布告され、私は非常時対策室の室長を兼務することになった。 早馬はやうま伝令魔法でんれいまほうで、国中の村や町に非常態勢をとるように通達し、同時に軍部からは巡監隊の予備役隊員の非常召集が各地に発令された。サーガの群れを各地で迎え撃つためにね。始めの数日は 統率とうそつがとれた『軍隊』のように動くサーガたちによって、各地で大きな被害が発生した。でも4日ほど前だったかな……急にその統制が崩れてね。おかげで防戦一方だった軍も、町の巡監隊も、一気に反撃に転じて奴らを 蹴散けちらすことが出来たんだ。奴らの統率が崩れてなけりゃ……今頃はこの町も死体と 瓦礫がれきの山になっていただろう……ゾッとするよ……」


 篤樹はビデルの話を聞く間も、外の景色から目を離さなかった。目の前に広がっている 破壊はかいあとと、ルエルフ村が 襲撃しゅうげきされた様子とが重なる。


「……この町の中にも、サーガが入って来たんですか?」


「そう聞いている。軍が来るまで、巡監隊員や一般住民に100名近い 犠牲者ぎせいしゃが出たそうだ。……それでも、ここは重要な 穀倉地帯こくそうちたいの中心都市だからね、近くの 駐屯軍ちゅうとんぐんが早い段階で駆けつけ、その後は何とか持ち こたえる事が出来た。他の村や町の中には……生存者が1人もいないほどの被害も出たことを考えると、この 程度ていどで済んだのは奇跡きせきだよ……」


 そうか……この町も奴らに襲われたんだ……。統率が無くなったって……やっぱりあの時、ガザルを湖神様の橋の上に置き去りにして来たことと関係あるのかなぁ……


 窓の外の景色が少しずつ変わって来た。建物が連続していた町並みから、空地や畑が多くなって来る。所々で人々が集まって「何か」を燃やしている姿が見えた。


「あれは……」


「ん? ああ、残っているサーガの死体を集めて焼いてるんだろう。奴らも全部が全部『黒い きり』になってくれりゃ世話ないんだが……中には『残る』ヤツもいるから 処理しょりに手がかかる……」


 篤樹は独り言のつもりだったが、口に出して つぶやいたため、質問されたのかと勘違いしたビデルが答えてきた。サーガの死体の「残り」……エシャーの家で見た3体のうちゴブリン型は「黒い霧」になって消えたけど……獣人型の2体は消えて無かったもんな……何か違いがあるのかなぁ? 篤樹は疑問に思っていたことをビデルに聞いてみることにした。


「あの、ビデルさん」


「ん? なんだい?」


「その……変な質問なんですけど……人間は? この世界では人間は……死んだらどうなるんですか?」


「人間は死んだ後にどうなるのかって?」


 ビデルは質問の意図が読めないという表情をした。


「そりゃ、まあ、死んだら天国か地獄かって昔から言われてるが……」


「いや、そうじゃ無くて!」


 篤樹は自分の言葉の足りなさを おぎなうように続けた。


「エシャー……ルエルフの村しか……僕はまだ知らないからよく分からないんですけど……エルフやルエルフや、その…… 妖精ようせい? ですか、そうした人々は、死んだら無数の光の粒になって『 木霊こだま』になるじゃないですか? サーガは黒い霧になったり……死体が残ったり……人間はどうなんですか? 消えるんですか? 死体が残るんですか?」


「そんなこと……」


 ビデルは質問の意図を理解し、同時に「そんな事も知らない無知な子ども」を馬鹿にするように言いかけたが、ふと思い直したように尋ね返す。


「君の世界では、どうなんだい?」


「え? あ、元の世界では……人間も動物も……魚も鳥も木々も、死んでも体は……消えません。って言うか、ああいう風には消えません」


 ビデルは口元に笑みを浮かべながら言葉をつなぐ。


「『ああいう風には』ってことは、他の様子で『消える』ってことかな?」


 篤樹は あせった。


「いえ、その……『消える』っていうか……そうだ! 人間は焼くんです!  棺桶かんおけに入れて…… 火葬場かそうばで焼いて骨だけに……」


「焼くだって! 人間をかい?」


 ビデルはかなり驚いた様子で篤樹を見た。


「……なんて 野蛮やばんな……どうしてそんな ひどい事をするんだい? 死者に対してそれは、あまりにも むごあつかいじゃないか!」


 えー! どうしよう! ビデルさん、なんか怒ってる……篤樹はドキドキした。マズイ、なんとか話題を変えなきゃ……


「ち、違うんです! みんな本当にその……亡くなった人の事が大好きで、だからちゃんと ほうむる方法を……国が決めてるんです(たぶん……)。一番良い方法だって、国から言われてるからそうしてるんです!  ひどい事をしてるワケじゃないんです!」


 篤樹がなんとか説明しようとアタフタする姿を見ながら、ビデルの顔が段々と赤みを帯び始め……


「ハッハッハ! 冗談だよ冗談! いや、ホント、君は別の世界の人間なんだろうなぁ」


 え? え? 何? 篤樹はビデルの 豹変ひょうへんに驚き言葉を失った。


「同じだよ、同じ! 君の世界と、ここと。人間は死んだら『死体』となって残るよ。まあ、それぞれの地域で葬り方に違いはあるけど、火葬することもある。でも普通は土葬だね。すまない、ちょっと試させてもらった。君がどんな反応を示すのかをね」


 えっと…… だまされた? なんて人だ! 篤樹はムッとする。頭に来た。自分でも耳が赤くってるのが分かるくらい、頭に来た。そんな様子をビデルはちゃんと理解しているようだ。それでいて特に真剣に あやまろうとはしない態度に、さらに篤樹の怒りが き立つ。


「どういうつもりですか! 僕……ホントに……マジで……」


 馬鹿にされた くやしさと、騙された怒りと……こんな不安な状況の中で張り詰めていた感情が爆発しそうだ。


『やっと泣き止んだの? 僕ちゃん?』


 ルエルフの森の中でエシャーにかけられた言葉が頭をよぎった。マズイ! ダメだダメだ! 気持ちを落ち着かせなきゃ! 篤樹は胸に下げている「渡橋の証し」を服の上からギュッと握り、気持ちをしずめて言葉を選ぶ。


「ぶ、文化の違いとか……色々……分からないことが多くて不安なんです……からかわないで下さい」


 我ながらちゃんとした苦情が言えたぞ、と篤樹は思った。ビデルもそう思ったようだ。


「……ああ、いや、すまなかった。その……君の反応を見て……まあ、証言の裏づけというかね……」


 自分がやった不当なことに対し、正当性を たもち続けようとするのは悪い大人の見本だ。でも、こういう大人は、そんな自分を変えようとも思いはしないだろう。常に相手より上に立ち続けるため、自分の を認めるなんて事はしないんだ、きっと。

 篤樹は無駄に相手に食って掛かるよりも「その程度のヤツ」なのだと、自分の中で納得することに決めた。


「……とにかく、この世界でも人間は死んだら……その『 遺体いたい』は残ったままって事なんですね?」


「ああ、もちろんそうさ。そして……近親者の手で はかに葬られる。ま、やがて土の中に『消える』んだがね……その後は……『分からない』よ。死んで終わりなのか、その人間の中に『 たましい』とか言われる『本体』があるのか……どこに ってしまうのか……」


 ビデルは窓の外に目を向けた。ここでも「何か」を燃やしている。あれはただの 瓦礫がれきか……それとも、人間なのか……。いや、サーガの残骸なのかも知れない……

 壁を越える時に見た、布に覆われていた毛むくじゃらの手は……サーガの死体の一部だったのか……篤樹はとにかく「人間の死体は残る」という情報を得られたことで、どこか安心した。

 少なくとも自分は「生きているのか死んだのかさえ分からない」という事にはならないんだ……エーミーさんのようには……


「もうすぐだな……」


 ビデルが身の回りの 荷物にもつを整理する。篤樹は振り返り小窓から外の様子を見た。前方右側に大きな建物が見える。あそこが「裁判所」か……

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