第7話 案内人2
「ティンバー、君は今回の旅をどう思っている?」
不意に話を振られたのにも関わらず、ティンバーは両手を胸の前で組むと、兄とは違い熱意のこもった様子でハルを見返した。
「私は、お兄様のお手伝いをしたいのと、私の大好きなミディ様にお会いしたいので、頑張ろうと思っているのですっ!」
兄はともかく、ミディの名を口にした瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝きだした。大好きオーラ全開なティンバーに向けて、ハルの目が細められる。
「君は、ミディ王女が本当に大好きなんだな」
「はいっ! 強くて綺麗で、私の憧れのお姫様なのですっ」
「……妹は前向きだな。レシオ、君と違って」
「……ほっといてください」
妹を眩しそうに見るハルの言葉に、レシオはブスッとしながら答えた。
旅に対してポジティブオーラを発するティンバーから視線をレシオに向けると、彼を纏うどんよりとしたネガティブオーラが、さらに際立って感じられる。
ティンバーは、自分の憧れの人の話を聞いて貰えた為、ハルに対する警戒心をすっかり解いている様子だ。ニコニコとした彼女らしい元気な笑顔を浮かべ、ハルを見ている。
ハルは表情を元に戻すと、二人に向き直った。
「魔界と行き来できることは、この国の重要機密となっている。この事は、他言無用でお願いしたい。人々に知られたら、混乱が起こるだろうから」
「まあ、そうでしょうね。魔界に行けるなんて、俺たちも驚いているくらいですからね」
王族である自分たちも、道の存在を知らされていなかったのだ。どれだけ周りから隠された情報なのかは、安易に想像できる。そして、何故隠さなければならない理由も。
そんな事を考えるハルの横で、ティンバーが不安な声で質問する。
「ハルは、魔界に行った事があるのですか? 物語だと、とーっても怖い場所だと言われてて、私ちょっと怖いのです……」
しかしハルは、そんな彼女を安心させるように初めて笑みを浮かべた。
「ああ、魔界には何度か行っている。でもティンバー、君が思っているような、気味の悪い場所じゃない。プロトコルと同じだと考えて貰えばいいだろう」
ハルの言葉に、ティンバーの表情に安心が見え、代わりにレシオは顔に驚きが浮かんだ。
「ハルは、魔界に行ってるんですか! でも……、あなたのような若い人が何故?」
「まあ……、調査とだけ言っておこう」
ハルは言葉尻を濁し、それ以上の回答を拒んだ。道の存在を知っているくらいなのだから国家機密級のミッションを遂行中なのかもしれない。そんなことをレシオは思い、それ以上追求しなかった。
「実際のところ、魔族と人間は、一見しただけではどちらか見分けがつかない。それだけ、お互い似ている。だから、変な動きや対応をしなければ、簡単に潜り込める。だから今回は君たちを、魔界の城まで案内する予定だ」
「ええ!? それではあなたに危険が……」
道までの案内人だとばかり思っていたハルが、魔界の城まで案内してくれると聞き、レシオは慌てて手を振って断った。
しかしハルは、気遣い無用とばかりに、首を横に振った。
「さっきも言ったとおり、変なことをしなければ大丈夫だ。それに案内は魔界の城までで、中には入らない」
「しかし……」
「では、魔界に行ったとして、地図も情報もなく、君たちはどうやって目的を達成すると言うんだ?」
「うっ……」
レシオは言葉に詰まった。
彼にだって、ハルに案内してもらう方がいい事は分かっている。しかし、これ以上他人に迷惑を掛けたくなかった。その思いから、他に良い案はないかと、頑張って思考をめぐらしているのが第三者から見ても分かった。
ハルは、レシオに少し親しみを込めた視線を向けた。
「……君は優しいな。身内のせいで僕に迷惑をかけまいと、一生懸命考えてくれていて」
「いや、当たり前ですよ……。父の我儘でこんな事になっているんですから……。とりあえず、万が一の事があった場合は、あなたの前に父を引きずり出して土下座はさせますから」
「……君、親でも容赦ないな」
「これでも、気を使っている方ですよ」
レシオはにっこり笑った。本気でそう思っているのが伝わったようで、ハルは若干引いている。しかし一つ何かを思い出したかのように、眉根を寄せた。
「まあ僕も……、母が自由奔放な人でね。色々と振り回されては迷惑を被っている。だから、君の気持ちもよく分かる」
「あー……、そうなんですか。お互い、困った親を持つと、大変ですよね」
「……まったくだ」
ハルがため息をついた。その姿が、いつもの自分と被り、めちゃくちゃ親近感を覚えるレシオ。やはり話が分かるのは、同じ境遇の者だとしみじみ思う。
話に一区切りがついたとばかりに、ハルは自分の荷物袋を担いだ。
「では、行こう」
短い言葉だったが、兄妹の気持ちを引き締めるのに十分だった。
ハルに促され、二人が先に部屋を出る。
それを見届けると、ハルは忘れ物がないかと部屋を軽く見回し、ふと壁にかかっている鏡に視線を向けた。
そこには、悔しそうに唇を噛む自分の姿が写っていた。
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