第154話 希望2

 ライザーはもう一度、ジェネラルの手を強く握ると、今度はアクノリッジとシンクの前に立った、そして二人の瞳をじっと見つめながら彼らの手を握ると、深く頭を下げた。


「アクノリッジ、シンク、君達も本当にありがとう」


 言葉と共に、彼らの手を握る手に力が入った。その力強さが、王の気持ちを物語っている。アクノリッジは少し照れた様子で王から視線を外すと、彼の言葉に謙遜した。


「いえ、俺達は大した事してません。全ては、ジェネラルが頑張ってくれたからです」


「しかし、メディアとレージュとの繋がりを見つけることが出来なかった事だけが心残りです」


 シンクはそう言って悔しそうに王の手を握り返した。

 少年の言葉に、ライザーの表情が陰る。


 結局、メディアとレージュの関係を示す証拠は、見つからなかった。

 レージュとのやり取りは口頭で行われ、恐らくその伝達にも細心の注意を払っていたに違いない。そもそも、信頼厚い彼の行動に疑問を抱く者などいなかった為、人々の目を欺くことは安易な事だっただろう。


 レージュと関わりがあったと思われるチャンクもジェネラルによって、自殺か他殺かは不明だがすでに死んでいる事が判明している。せめて屋敷の捜索だけでも行おうとしたのだが、原因不明の火事により全てが燃え尽きた後だった。レージュ、もしくはメディアの仕業によるものだろう。


 ただ、モジュール家の調査によると、チャンクには多額の負債があり、その肩代わりをレージュ王国の貴族が行っていたことが分かっている。その見返りにエルザ王国の裏で、人身売買や幻花の取引などの窓口になっていたのがチャンクであり、彼の行いが外に出ないようにコントロールしていたのが、メディアだったのではないかと言われている。


 ライザーとメディアの会話、そして死者の世界での会話から、レージュとの関わりは疑いのない事なのだが、やはり物的証拠が見つからないと追及できない。


 結果、レージュには今回の事件の関わりについて追及しない事にし、暗に警告するだけとなった。

 エルザ王国が被った被害を考えれば、非常に悔しい決断であった。シンクが悔しそうにするのも、頷ける。


 しかし、


「我々も、決してこれだけで終わらせるつもりはない」


 先ほどまでの陰りはどこへやら。不利な状況にも関わらず、そう語る王の表情に太々しいほどの笑みが浮かんでいる。何やら、今回の件を使って色々と考えているらしい。


 転んでも只では起きない、いや、転ばされても相手を道連れにしようする図太い神経を見ると、改めてミディの親なのだとしみじみと感じさせられる。

 

「さて、それは置いておいて」


 客人たちの配慮から玉座に戻ったライザーは、ジェネラルの方に視線を向けると一つの提案を口にした。


「ジェネラル様。あなたへの感謝は、本当に言葉では表しきれない。どうだろう? 感謝の気持ちとして、何かあなたの望む物を差し上げたいのだが」


 この言葉に、部屋にいる者たちのざわめきが起こった。魔王が望む物は一体何なのだろう、と皆が興味を持つのも無理はない。

 アクノリッジたちは、来た来た~~!という表情を浮かべ、ジェネラルの様子を横で伺っている。


 だが周囲の期待に反し、ジェネラルはゆっくりと首を横に振った。

 黒髪が、艶を放って零れる。


「いいえ、魔王という立場上、頂く事は出来ません」


 一瞬の迷いもなく、ジェネラルはライザーの申し出をきっぱりと断った。

 予想しなかった答えに、ライザーの表情に驚きが見えた。王の様子に、シンクが慌てて肘で突きながら小声で話しかける。


「ジェネラル、お前、何言ってんだよ? ライザー様が、お礼をしたいって仰ってるんだぜ? ここは素直にさ、言っとけよ?」


 だがジェネラルは首を横に振るだけで、少年の言葉に答えない。そんな王やモジュール家の兄弟を他所に、周りからは、


「おお~、素晴らしい」


「魔王だが、何と謙虚な方だ」


と、彼を絶賛するざわめきが起こっていたりする。

 ライザーも、他の人々と同じように思ったのだろう。穏やかな表情を浮かべると、彼に問いかけた。


「それでは、こちらの気持ちが治まらない。よろしければ、理由をお聞かせ願えないだろうか」

 

「そうですね」


 確かにせっかくの申し出を断るなど、相手に失礼だ。それはジェネラルにも分かっている。しかし、それでも申し出を断らなければならない理由があった。


 魔王は、一歩前に踏み出すと、何かを思い出すように瞳を伏せた。

 周りが急に静かになる。


「ある人に聞かれた事があるんです。もし自分の欲しい物があれば、どうやって手に入れるのかと。もちろん、買うか説得して譲ってもらうと答えました。ですがその人は、それでは駄目だと言ったのです」


「ほほう、ならばどうすればよかったのだ?」


 興味深げに、ライザーが尋ねる。

 ジェネラルの閉じた瞳を開き、真っ直ぐな視線でライザーを見据える。


 そして少し笑いを含んだ声で、言葉を紡ぎ出した。



「魔王なら、欲しいものは力ずくで奪えと」

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