第148話 消滅2

「……レージュはお前への協力の見返りに、何を求めた?」


 湧き上がる対抗心を抑え、ジェネラルは話題を変えるべくレージュの件に触れた。

 メディアは興味なさそうに答える。


「レージュの目的は、エルザの豊富な資源だ。それを使い、他国に戦争を仕掛けるつもりだったらしい」


「……戦争!? そんな事が分かっていたのにも関わらず、協力していたのか! そんな事をしたら、エルザ王国も戦場になる!! ミディだってただじゃ済まない!!」


 魔法が使えるとはいえ、ミディに危険が迫る行為だと知りつつも、協力したメディアに対し、ジェネラルは非難の声を上げた。

 しかし青年の魂は、さらに興味なさそうに視線を別のところに向けている。


「ミディローズさえ手に入れば、エルザ王国がどうなろうがどうでもいい。最悪、連れて逃げる事も出来る。ただ……、仮にこの国が他国の侵略を許し、ミディローズを捕えることがあるなら……」


 そこまで言葉にするメディアの瞳には、底が見えない闇が広がっていた。そのどう評したらよいか分からない得体の知れぬ感情に、魔王はぞっとする。


「その前に俺がこの手でミディローズを殺す。あれが他国の手に落ち、見知らぬ者たちが触れるなど……、決して許さない」


 ジェネラルは言葉を失った。

 ただ一つ思うのは、


“この男のミディに対する想いは……、酷く歪んでいる”


 その言葉だけだった。

 あまりにも身勝手で一方的な想いの形に、恐怖すら感じる。何が彼の想いを、ここまで歪めてしまったのだろう。

 

 そんなジェネラルを見、メディアは小さく笑った。先ほどまであった得体の知れない闇は消えている。


「……レージュとの繋がりを示す物的証拠を探しているようだが、無駄足になるからやめておけ。俺とレージュとのやりとりは、全て使者を通した口頭で行われた。紙切れ一つ残してはいない」


 メディアの忠告に、ジェネラルは小さく横に首を振った。恐らく、彼の言った事は本当だろう。しかしだからと言って調査を打ち切るわけにはいかない。


 物的証拠がなければ、レージュに責任を追及することが出来ない。生きていたならともかく、すでに亡くなっているメディアによる話だけでは、証拠として力を持たない。

 恐らくレージュは、物的証拠がない事をいいことに、様々な言い逃れをして罪を逃れようとするだろう。


 魔王の反応を見たメディアは、せいぜい頑張れと言った表情で見返すと、


「しかし、今回の計画の為に排除した者たちの情報は、渡してやろう。それらを救済するかどうかは、お前たちが決めろ」


 そう言って、ジェネラルが必要としていた情報の提供を提案した。


「……なら、その人たちの事を全て思い浮かべろ。魔力に情報を刻み込む」


 ジェネラルが命令をする。

 紙に情報を書き残すなど物理的な事が出来ない為、彼の魔法でメディアの情報を魔力に封じておこうという事のようだ。

 相手が魂だからこそ、使える方法だった。


 メディアはその言葉に、少し意地悪い笑みを浮かべると、彼の指示通り思い出せる限りの人物の名と顔を思い浮かべた。

 何の記録もなしに覚えているなど、彼の優秀さが伺える。


 ジェネラルの手のひらに、メディアの情報が光の玉になって現れた。

 

 情報を受け取り、ジェネラルが知りたかった事全てに解答が得られた。

 メディアに変わらない敵意の視線を向けながら、ジェネラルが口を開く。


「確かに、お前はかつてミディの幸せを願っていたかもしれない。その想いがレージュによって踏みにじられ、絶望しただろう。でも、どんな理由があっても、彼女を操り人形にしてまで手に入れることに、何の意味がある?」


「その言葉はただの綺麗事だ、魔王。お前が俺と同じ立場にあったら、穏やかではいられまい。どんな形であっても、ミディローズを傍に置きたいと思うはずだ」


「それでもだ! 僕はミディを苦しめたりはしない!! この想いが決して報われないものでも……、彼女が本当に好きな人と結ばれて、笑って幸せでいてくれるなら、それで……十分だ」


 唇を噛み、俯く。ジェネラルの脳裏に、メディアの遺体に縋り付き、泣き叫ぶミディの姿が思い出された。


「もうミディが……、傷ついて苦しむ姿は、見たくない」


 小さく呟く。

 自分と真逆をいく考え方が面白くないのか、メディアは鼻を鳴らして笑った。ただ、ひたすら王女の幸せだけを願ってきた過去の自分と、彼女の幸せを願い続けると誓う魔王の姿が被り、その事実から目を逸らすようにそっと瞳を伏せた。


「まあいい。その時が来て、お前がどのような行動をするのか、見届けられないのが残念だが、仕方ない。お前が求めていた質問にはすべて答えたつもりだ。残りは、自分たちで考えろ」


 メディアは、話を終えようとしていた。

 ジェネラルも、これ以上の会話は自身の精神的負担が大きいと感じていた。あまりにもメディアのミディに対する想いが歪んでいて、心がえぐられる。


 魔王の様子から肯定を感じ取ったのか、メディアが一つ確認を要請した。


「……先ほど渡した情報だが、きちんと記録されているのか、確認をしておけ。それに不都合があると、救える者も救えなくなるぞ」


 彼の忠告に、確かにそうだとジェネラルは光の玉に意識を向けた。

 次々と、メディアによって人生を狂わされた人々の情報が、伝わってくる。


 全ての情報が伝え終わった瞬間、何かがジェネラルの脳裏に飛び込んできた。

 


 目の前で行われている、陰惨な光景。

 脳を麻痺させるような快楽と肉の感触。そしてむせ返る血の匂い。

 黒く深くドロドロした感情、欲望、執着、愛憎。



 メディアが経験した記憶、そしてその時感じていた感情が、まるでジェネラル自身が体験しているかのように脳内で再現される。


 一瞬の光景だったが、ジェネラルの心に強いダメージを与えるには十分だった。

 

 あまりの光景と感情の渦に、魔王は耐えられず、口元を抑えその場に膝をついた。喉元までこみ上げてきた熱いものを、何とか抑える。

 気持ちを落ち着かせようと肩で息をしながら、ジェネラルはこの記憶を情報に忍ばせた青年に視線を向けた。


 しかし、そこにいたはずのメディアの姿は跡形もなく消えていた。

 

“……こんな記憶を最期の最後に残していくなんて……”


 メディアが残したのは、レージュによってミディへの想いが引きずり出された時の光景だった。


 彼はこの時の事を、『最悪な方法で』と表現しただけだったが、この光景と感情が本物なら……、正気に戻った時、彼の絶望はどれ程のものだったのだろう。


 ただ自分を傷つける為に残されたメディアの記憶のダメージから立ち直れないジェネラルは、憎々しげに思いながら青年がいた場所を睨んでいた。


 彼の魂を探す事はしなかった。

 分かっていたからだ。


 メディアという存在が、たった今、死者の世界から消滅したことを。

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