第145話 追憶3
ミディ王女の縁談を聞きつけ、あらゆる国から縁談の話が届いた。
その膨大な量の調査し、メディアは相手がミディに相応しいかを見定めていく。
しかしメディアが承諾しても、ミディの力によって相手が吹き飛ばされ、どれ一つ話が上手くいくことはなかった。
忙しい中、時間をかけて調査した相手を、簡単に断っていく王女に苛立ちを感じつつも、心のどこかで安心している、メディアはそんな相反する気持ちに気づいた。
戸惑った。
王女の幸せな結婚の為なのに、ミディが相手に失格の烙印を押すたびに、何故ホッとしているのか分からず、自分を責めた。
そしてある日メディアは、王にある提案をした。
「ほう、モジュール家のアクノリッジとね……」
「はい。彼とミディローズ様は、幼いころから交友関係にあります。家柄も、申し分ないでしょう。……ただ、アクノリッジ様には事故による後遺症で少し……」
「性格が変わってしまったんだろう? ミディは気にせず交流を続けているようだから、そこは問題視しなくてもいいだろう。性格は変わっても、彼がモジュール家の技術を受け継ぐ能力を有していることは変わりない」
メディアの提案―—、万が一、ミディの結婚相手が見つからなかった場合の予防線として、モジュール家の長男アクノリッジとの結婚を提案したのだ。
相手がエルザ王とも交流のあるモジュール家、そして幼馴染であるアクノリッジだと知り、王は悪くない案だと呟いた。
ミディには、結婚相手を選ぶ権利を与える。しかし見つからない場合の為に、こちらでも結婚相手を決めておく。
王女の気持ちも尊重出来、さらに将来の心配も解消される。
そして、
“こうしておけば、ミディローズ様が縁談を断るたびに、安心することも……なくなるはずだ。どれだけ縁談を蹴っても、結婚する事は決まっているのだから”
メディア自身が抱える、矛盾した気持ちを押さえる事が出来る。そうすれば、以前のように王国の繁栄の為に力を尽くすことが出来る。
余計な事に、心をかき乱されることなく。
しばらくして、モジュール家ダンプヘッダーとエルザ国王ライザーによって、秘密裏に結婚に関する約束が交わされた。
ミディ自身が結婚相手を決められなかった場合、モジュール家のアクノリッジ――のちにシンクも選択肢に加わるが、と結婚するという約束が。
それを事後報告で知ったミディは、烈火のごとく怒った。
父親から話を聞かされ、部屋から飛び出した王女は、たまたま通りかかったメディアに食ってかかった。
「メディア!! あなたは知っていたのでしょう!? 何故、あのような馬鹿な約束を止めてくれなかったの!?」
美しい顔を怒りに染め、ミディはメディアを責めた。
心がざわつく。
王は、メディアの提案だという事は伏せてくれたらしい。ただでさえミディの事で負担をかけているメディアに、彼女の怒りが向くのを避けてくれたのだろう。
心が、何かを言った。
しかしすぐさま、押さえつけて黙らせた。
心情を隠す為メディアは表情を消し、感情の籠らない淡々とした口調で王女に対応する。
「何故? 王女として国の為になる相手と結婚する。それのどこが馬鹿な事なのですか?」
ミディの瞳が、驚きに見開かれた。
彼の反応に、信じられないといった表情を浮かべ、口元に手をやっている。
彼女の返答を待たず、さらに言葉を畳みかける。
「ミディローズ様。この際、はっきり申し上げましょう。我々が決めた相手とご結婚下さい。この国の更なる発展の為、王女としての務めを果たして頂きたい」
冷たい視線で、そして相手を突き放す冷たい口調で、メディアはミディに言い放った。
彼の言葉を受けた王女の顔が歪んだ。怒りと悲しみが混じったような表情をしている。
ますます心がざわついた。
そして叫んでいる。
“俺が言いたいのは、そんなことじゃない……”
しかしまた、押さえつけ心を黙らせる。
自分が選んだ最高の相手と結婚させることが、国を繁栄させ、ミディの幸せにもつながる。
それが自分が今最も望む事なのだと、何度も心に言い聞かせた。
ミディは唇を噛み、心の奥底から怒りと共に絞り出すような声を出した。
「……あなたも、私を国の為の道具としか思っていないのね」
「道具……とまでは思いませんが……。家同士の繋がりを強くするため、婚姻が用いられるのは、あなた様に限った事ではないのでは?」
“違う違う違う!! 俺が言いたいのは、そんな事じゃない!!”
心が叫び声を上げている。
それなのに口から出てくるのは、王女を追い詰める言葉ばかりだ。
何を言っても淡々と反論を述べるメディアに、ミディは我慢できず叫んだ。
「もういいわ! 私はあなたたちの言いなりにはならない! 道具としてではなく、人として、自分の結婚相手は自分で決めるわ!!」
言葉を叩き付け、王女はメディアを睨みつけた。
無表情だったメディアに、表情らしきものが浮かんだ。
国よりも自らの感情を優先する王女に対する、嘲笑だ。
「どうぞご自由に。ただし、結婚相手が見つからなかった場合は、我々の言う通りにして頂きますよ、ミディローズ様」
ミディはメディアの言葉には答えなかった。唇を噛み、少し俯くと、メディアの横を走り抜けていった。
その後ろ姿を見送ると、メディアは執務室に戻った。
扉を閉じ、部屋に誰もいない事を確認すると、彼の体は扉を背にずるずると座り込んでしまった。
額に手を当て、今起こった事を思い出す。
“何故……、あのような事を言ってしまった”
憎しみの籠ったミディの瞳を思い出すと、心が何かに掴まれたように苦しさを覚える。
ミディを完全に怒らせた。
幸せを願った王女を、自らの言葉が傷つけてしまった。
“謝罪をしなくては……”
今すぐ謝りに行けば、王女の怒りを最小限に食い止められるだろう。適当に、疲れてイライラしていたなど理由にして、謝罪をすればそれで……。
メディアは膝を立て立ち上がろうとしたが、何かが彼の動きを止めた。
“ミディローズ様に憎まれたままでいいのではないか? 相手に憎まれているなら……、目的以外の感情で悩まされることもない”
相手から憎まれていれば、余計な期待をしなくて済む。
メディアの体が再び地面に着いた。そしてしばらく座り込んだまま、一つの言葉だけを繰り返し思った。
“そうだ、これで……いいんだ、これで……”
しばらくしてメディアは、ミディとのやりとりをライザーに報告し、王女に対する非礼を詫びた。王は許し、逆に言いにくい事を言ってくれたことに感謝を告げた。
その後、メディアはミディに対する態度を変えた。
初めて言い合った時と同じ、感情を出さない淡々とした態度で彼女に接した。メディアの態度、そして結婚を国の発展の為の道具としか見ていないような発言に、ミディも彼に憎しみを抱くようになった。言葉を交わすと口論になることもしばしばだった。
王女の憎しみを受ける度、メディアは思った。
“そうだ、これで……いい”
しかし心は、確実に何かを失っていった。
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