第144話 追憶2

 王女から贈られた感謝は、メディアの心に変化をもたらした。

 今まで空っぽだった自分の心が脈打ち動き始めた時、ようやく自分が人間らしい人間になれたと感じた。

 

 ディレイ・スタンダードだった過去から、ようやく解放された気がした。


 そのきっかけをくれたミディに、何としてでも報いたかった。


 しかし身一つでこの国にやってきた為、権力の後ろ盾も財力も、彼にはない。

 あるのは、彼の能力だけ。

 

 今の立場、そして能力を使って、王女の為に出来ること。それは、


“この国の繁栄の為、力を尽くそう。ミディローズ様がこの先、何の不自由も不安もなく、幸せに過ごして頂けるように”


 国を発展させ、王女の幸せを確たるものとする。それが、メディアがミディに還すことが出来る恩だと思った。


 それからのメディアは、それまで以上に仕事に注力した。

 しばらくして、自分を補佐に抜擢した大臣の退任により、国を支える4人の大臣の一人に任命されることになる。


 大臣となり、忙しい日々を送る中でも、時折ミディから剣術稽古の相手を申し込まれ、剣を交えることもあった。それはメディアにとって、心を満たす大切な時間でもあった。


 全てが順調だった。

 

 誰よりも幸せにと願ってきた王女に、結婚話がもちあがるまでは。

 


*  *  *



「ミディローズ様の結婚相手……ですか……」


 大臣長兼相談役となったメディアは、少し戸惑った様子で王の言葉を反芻した。

 ライザーは腕を組むと困った表情を浮かべ、彼の言葉に頷いた。


「まあミディも16歳だから、そろそろな。しかし、本人がな……」


「ミディローズ様が、どうかされましたか?」


「ああ……。何か『結婚相手は、自分よりも強い者じゃないと嫌!』とか言って、聞く耳を持たない」


「自分より強い者ですか……。あれだけ武術に長けたミディローズ様に敵うものなど、そう簡単には見つかりそうになさそうですが。特に、貴族や王族ともなると、なおさら……」


 王族や貴族は、基本守られる立場の者たちだ。護身術や趣味で剣術を学ぶものはごまんといるが、ミディのように極めている者はそういない。


 メディアの言葉に、王も同感だと頷く。


「あの娘は頑固だからな。自分が決めたことは、そう簡単には曲げまい。しかし、このまま相手が見つからず、行き遅れても困るし、『自分よりも強い』という条件を満たしたからと、危険な相手を選ばれても困る」


 娘の気持ちは尊重したいが、親として心配もある。王の顔にはそう書いてあった。

 王が何を求めているかを感じ取ったメディアは、安心させるように口元に笑みを浮かべて提案した。


「では、私の方でミディローズ様の結婚相手を見定めましょう。これから来る縁談は、全て私を通して頂きたい。相手が相応しいか調べ、問題がなければミディローズ様と会わせる。そうすれば、王が心配されているような相手を選ぶこともないでしょう」


 相談役の提案に、ライザーの表情が明るくなった。


「それなら安心だな。ただでさえ、膨大な量の仕事があるというのに、ミディの事まで……。負担をかけるな、メディア」


「……いえ。これも全て、エルザ王国の繁栄の為です」


 王の謝罪に、メディアは瞳を伏せ首を横に振った。

 ライザーの心配事が解決した為、ミディの結婚話は別の話題へと切り替わった。


 メディアは王の言葉に相槌を打ち、時折意見を述べながら、頭の中では別の事を考えていた。


“ミディローズ様の結婚は、この国の為に必要な事。あの方の幸せに大切な事なはずなのに……、何だ、この気持ちは……?”


 理性と感情。今まで一つとなって同じ道を進んでいたものが、小さなずれを発生させた瞬間だった。


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