第110話 強さ

 ミディは一人、暗く細い道を歩いていた。

 人に見つかる事を恐れ、わざと人通りの少ない道を選んだのだ。


 とぼとぼと歩くミディの後姿は、まるで迷子になり途方に暮れた少女のようだ。 

 四大精霊との会話が、何度も少女の中で反芻される。


 四大精霊はミディに、強くなるように言った。 

 しかし、ミディにはどうすればいいのか、分からなかった。


 ミディが角を曲がった時、


「きゃあっ!」


 何か障害物にぶつかり、ミディは短い悲鳴をあげて尻餅をついた。

 ガシャンと音を立てランタンが地面に転がり、その衝撃で、中の火が消えた。


「あぶねえな!」


 男の怒号が、ミディの鼓膜を震わす。


 目の前には巨体の男が、ミディを睨みつけていた。髪はボサボサで、顎にはまばらに髭が伸びている。顔や体にはいくつも切り傷の後があり、彼がただの一般人でないことを物語っている。


 凶暴な視線に、ミディの体が恐怖に凍りついた。


「おい、どうした?」


 巨体の男が曲がってやってきた場所から、少し細身の男が二人現れた。


 細身と言ったが、あくまで巨体の男と比べての話で、普通の人間に比べれば彼らも立派な体格をしている。


 一人は目が隠れるほど深く帽子を被り、もう一人はバンダナで前髪を上げている。巨体の男と同じく、その瞳に凶暴性を宿している。


「このガキが、俺にぶつかってきやがった」


 巨体の男は、ミディを目線で指しながら、二人に伝えた。


「はあ? ガキか? こんな時間に、何してる?」


 バンダナの男が、ミディの顔を覗き込もうとしゃがみ込み、ランタンの光をかざした。

 しかしミディは、顔を見られまいと、深くフードを被って顔を伏せた。


 その為、顔は見られなかったが、


「おい、こいつの着てる服、かなり上物じゃないか?」


 ミディのコートを掴むと、バンダナの男は布の感触を確かめながら言う。


 バンダナの言葉に、他の二人がミディに近づいた。

 恐怖に顔を引き攣らせ、必死に男たちから逃れようとするミディ。しかし、コートを掴まれている為、それ以上後ろに下がる事が出来ない。


 不意に帽子の男が何か思いついたのか、両手を叩いた。

 

「こいつ、いいとこのガキじゃないか? 親を脅したら、かなりの額貰えるんじゃないか?」


 親を脅すという言葉に、ミディの心臓は跳ね上がった。男の言葉が意味する事に気づいたからだ。


 帽子の男の提案に、巨漢が指を鳴らす。


「いいんじゃねえか、それ? ついでに金を脅し取ったら、どっかに売り飛ばそうぜ。もっと金が入るし」


「こんなガキ、買い手いるか?」


「世の中は広いからな。ガキがいいっていう変態もいるさ」


 バンダナの男が、売る事に全く問題がない事を告げる。

 残りの二人から、下卑た笑い声が起こった。


 男たちの恐ろしい会話に、ミディの体がガタガタ震えだした。歯が上手くかみ合わない。手の平には冷たい汗が滲み、心臓はこれ以上ないくらい、早鐘を撞くように激しく音を立てている。


“私が王女だとばれたら、どうしよう……。そして外国に売られたら……”


 エルザは豊かな国。


 その豊かさを望み、目を付けている国はたくさんある事は、ミディも知っている。

 どちらにしても、自分の存在が他国と保ってきたバランスを崩す可能性がある事は、安易に想像出来る。


 最悪、戦争に発展するかもしれない。


「とりあえず捕まえて、家の事は後で吐かせるか」


 巨漢が、ミディに手を伸ばした。


「いっいい……いやぁっ……」


 迫り来る死神の手から逃れようと、ミディは震える声で叫んだつもりだった。しかし、声は叫びにはならず、弱々しくミディの口から漏れただけだった。


 逃げようにも、恐怖に支配されたミディの体は、全くいう事を聞いてくれない。


 深く被ったフードの下で、ミディは瞳を零れんばかりに見開き、迫ってくる男の手から視線を外せずにいた。

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