第14話 騒動2

 彼の目に飛び込んできたのは、無数に潰された果物たち。


 先ほどまで、艶やかな色を纏っていたが、今は無残に地面に叩きつけられ、汚く変色していた。

 潰されてもなお、その存在を主張するように辺り一面、果物の甘い匂いが広がっている。


 店内も、テーブルはひっくり返され、道具類が散らばっているなど、酷いありさまである。


 この中で、果物屋の客としては全くそぐわない黒づくめの男二人が、店の中に向かって怒鳴っているのが見えた。


「婆、さっさと出てこねえか!! 話はまだ、終わっちゃいないんだよ!!」


「さっさとここから立ち退けよ! オルタ様の土地に、勝手に居座るんじゃねえよ!!」


 男二人は、ガンガンとテーブルやカウンターを叩いて暴れている。

 堪らずジェネラルが駆け出そうとした時、


「ふざけるんじゃないよ! この土地が、オルタの私有地だって!? この土地は、あたしの夫が、正規の取引で手に入れた土地だよ!」


 怒りに顔を赤くしながら、老婆が店の中から出てきた。

 先ほどまでの温厚な雰囲気はない。


「これが本物の権利証だよ!! エルザ王家の証明印が押してあるだろう。あんたらが持ってる偽物の権利証と、よく見比べるんだね!!」


 彼女は恐れる事無く、男二人に近づくと、手に持っていた紙を目の前に突きつけた。

 しかし相手にとって、老婆の行動は予想範囲内、むしろ狙っていたようだ。


 にやりと笑い、男は老婆の手から権利証をひったくると、止める間もなく権利証を細かく切り裂いてしまったのだ。


 老婆の表情が、固まった。


 男は権利証だった欠片たちを地面に落とすと、馬鹿にするように言葉を吐いた。


「で、何と見比べるんだ?」


「エルザ王家の承認印なんて、どこにも見当たらないけどなあ~」


「……あっ、あんたたち……」


 やっとの事で声を絞り出す老婆。しかし、これ以上の言葉は見つからないのか、拳を震わせ、視線で殺さんと言わんばかりに睨みつけている。


 男たちは、可笑しそうに地面に転がった果物を踏み潰すと、老婆の肩に馴れ馴れしく手を置いた。


「これで、この土地がお前の物だって証明するものはなくなったなあ。こっちには権利証がある。さっさと荷物をまとめて出て行くことだな」


 そう言って、肩に置いた手に力を込め、老婆を突き飛ばした。

 力に抵抗出来ず、老婆の体が地面に叩きつけられる。

 簡単に倒れた老婆をあざ笑いながら、男たちは立ち去った。


 次の瞬間、驚きの呪縛から解放されたジェネラルが、弾かれたように老婆に駆け寄った。


「お婆さんっ!!」


 少年の声に、老婆が顔を上げて彼の方を見た。少し顔に、驚きが見える。


 ジェネラルはゆっくりと老婆を起すと、大きな怪我やどこか痛みがないかを問いかける。


 老婆は、彼の問いにゆっくりと首を横に振ると、心配そうに顔を歪める少年を安心させるように、彼の頭を撫でた。


「恥ずかしい所、見られたねえ……。大丈夫だよ、いつものことだからね……」


「いつもの事って……、いつもあんな酷い目に合っているんですか!?」


「そうだね、でも、それも今日で終わりだよ……。大切な権利証を粉々にされてしまったんだ。あいつらはすぐに偽物を捏造して、私の土地を奪うだろうね……」


 始めは淡々に語っていた老婆だが、気持ちが高ぶってきたのか、涙が零れ、やがて嗚咽となって地面に伏せた。


「……お婆さん」


 かける言葉が見つからず、ジェネラルは見ている事しかなかった。


 ふと地面に視線をやると、先ほど破かれた土地権利証が散らばっている。もう欠片を集めて糊で修復する事は、不可能だろう。


 それを見ていると、温厚なジェネラルもふつふつと湧き出てくる怒りを抑えられなくなってきた。


 その時。


「ジェネ、行くわよ」


 ミディの硬い声が、ジェネラルの鼓膜を震わせた。その手には、権利証の欠片が握られている。彼女の言葉が、ジェネラルに新たな怒りを沸かせた。彼女への恐れを忘れ、感情に任せて鎧を掴む。 


「お婆さんを放っておけっていうの!? またさっきの奴らが来て、暴力を振るうかもしれないのに!」


「ここにいても、時間の無駄でしかないわ」


 王女とは思えない発言に、ジェネラルは凍りついた。が次の瞬間、怒りが彼の心を瞬間解凍し、沸点に到達する。


「酷すぎるよ!! さっきの様子見てなかったの!? 何でそんなこと言えるんだよ!!」

 

 鎧を掴み、力一杯ミディを揺さぶったが、王女は全く動じなかった。

 ジェネラルの手を振り払うと、彼に背中を向けた。


「なら、あなたはここにいなさい。私は行くから」


 感情を感じられない冷たい声。

 ミディはただ一言、それだけを残し、その場を立ち去った。


 みるみるうちに小さくなっていくミディの姿を睨みながら、ジェネラルは老婆の傍に留まっていた。だが、


「さあ、あんたも早く行きなさい。あの人の言う通りさ。巻き込まれたら大変なんだからね」


 先ほどまで地に臥せって泣いていた老婆が、ジェネラルに声をかけた。まだ顔は涙に濡れているが、落ち着きを取り戻したのが表情で分かる。


 これだけ酷い目に合った後でも、ジェネラルの事を心配してくれる老婆の気遣いに心が苦しくなった。


 何か老婆の為にしてあげられないかと、魔王は一生懸命考えた。


「そうだっ! これなら復元の魔法で直せるじゃないか!!」


 ジェネラルはぽんっと手を叩いた。怒りが強かった為、すっかり魔法の存在を忘れていたのである。


 復元の魔法――、文字通り、壊れたものを復元する魔法である。

 術者の力によって復元出来る範囲が変わるが、とりあえず破かれた権利証は、ジェネラルが修復出来る範囲の損害なようだ。


 少年は左手を地面に向けた。魔力が集まってくるのが分かる。

 みるみるうちに権利証の欠片がジェネラルの手に集まり、元の紙に戻っていく。まるで時が巻き戻っているかのようだ。


 実際に起こりえない現象を目の当たりにし、老婆は声が出ないようだった。


 復元の魔法が終わった。全てが元通りになっているはずだった。しかし、


「えっ?」


 元に戻った権利証を見て、ジェネラルが声を上げた。エルザの承認印の部分が抜けていたからだ。


 魔法は完璧だった。全ての欠片がジェネラルの元に集まり、復元されるはずだった。


 その時、ジェネラルの脳裏に、権利証の欠片を持つミディの姿が思い出された。


“ミディが、一部を持って行ったんだ! ったく、余計な事を!!”


 先ほどの怒りを交え、ジェネラルは舌打ちをした。


「お婆さん、これ預かっておくね! 残りの欠片を取り戻して、すぐに修復するから!!」


 ジェネラルはそれだけ言うと、ミディが立ち去った方向へと、全速力で向かった。


 残された老婆は、不思議な現象を見、とりあえず自分の頬をつねった。


 ……痛かった。


 夢であって欲しいと願い、もう一度つねってみるが……。


 とっても、とっても。

 痛かった。

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