第8話 姉妹

 電車を乗り継ぎ、統也たちが辿り着いた地は都会から遠く離れた田園地帯だった。

 吸い込んだ空気は冷たく澄んでいて、肺を媒介に全身に伝わっていく。それこそまさしく生き返るという表現があっていた。

 比較的都会に住んでいる統也と朱里からすると、ここは大自然だ。近くには森林があり、見える景色は一帯に田んぼを敷いている。仙台ではこれだけ何もないところはお目にかかれない。

 時刻表を見る限り、電車は一時間に一本が普通。時間が遅くなれば二時間に一本ととんでもない田舎だ。

 ぽつぽつと建っている家も様式が古めかしく、古くから受け継がれていることが見て取れる。

「何にもないところでしょ」

 統也の隣で花梨は言った。

 それは自分が住むこの田舎を嫌っているかのような口ぶりだった。

「そうだな」

 ここは「そんなことないよ」などと相手が求めていそうな言葉を選ぶべきだと思ったが、明らかに皮肉にしか聞こえないだろうな、と正直に答えた。

「てっきり、そんなことないよ、なんて言ってくれるものだと思ってたわ」

 当てが外れたらしい。

「悪いな。気が利かなくて。これでも一応気を利かせたつもりだったんだが」

 一周回ってしまっただけだ。だが、外れてしまったのだ。苦労をねぎらってくれと言うつもりはない。

「別に構わないわ。本当のことだから」

「じゃあ聞くな」

「それもそうね」

 統也と花梨が話している横には、完全に疲れ切っている朱里とその疲弊した朱里にしつこく構う香奈がいる。気に入られてしまったがために、お守り係を担当することになったのだ。人がいいことに疲れ切っているというのに、なんとか期待に応えようと頑張っている。

 彼女も頑張っているのだ。そっとしておいてやろう。と面倒ごとから遠ざかっている自分から目をそらす。

 行き先は雪村花梨の家であり、一応場所は知っているのだが、詳しくは知らないため花梨の半歩遅れて歩く統也は朱里が背中に背負っているケースに目を付けた。

「それ、バイオリンか?」

「ええ。詳しいのね」

「渡された資料にお前がバイオリンをやっていると書いてあったからな」

「情報は筒抜けってわけね」

「驚かないのか?」

「何を今更。そんなの有名な話じゃない。ギフトに感染したら各支部に連行されて世間から隔離される。簡単にギフトに感染したってバレるんだから、個人情報なんてお茶の子さいさいでしょ?」

 高校生にまでなると、ギフト関連の話には詳しいらしい。いつ感染するかもわからない身で知らないでいる方が難しいとも言えるが。

「幸いにして東北支部は強制連行しないみたいだけどね」

「そうだな。強制連行はしない」

 しかし、裏を返せばそれは無理矢理にでも同意させると言っているようなものだ。

「同意しなかったらどうなるんだっけ?」

「いつまでもお前の警護をしないといけなくなる。だからさっさと同意して同行してもらえるととても助かる。お願いします。手短に事を済ませたいんです」

「今はダメ」

「そうですか」

 単刀直入に断られる。

「先輩、まだですか?」

 そこへ、先ほどまで大はしゃぎしていた香奈をおぶっている朱里が統也の横に並んだ。

 花梨の妹、香奈は典型的なお子様のようだ。

「そのうち着くだろ」

「それ適当すぎません」

 いつもなら統也の曖昧な返事には威勢良く食いつくのだが、そうする元気もなくだるそうにしている。相当お疲れのようだ。

 若干だが瞳が虚ろになっている。

 ここは隊長として部下をねぎらってやるべきなのだろう。

「はぁ、もう少しだ。頑張れ」

「なんでそんな嫌そうに言うんですか。そんなに励ますのが嫌いですか」

 徐々に統也のペースに巻き込まれ出したか、朱里の喧嘩口調が普段に戻り始めている。

「悪かったな。俺が普段からお前を鍛えておいてやれば、こんな簡単にバテるようなことがなかったのに。お前に期待しすぎてしまっていたらしい」

「全然悪気ありませんよね? むしろ私のことディスってません?」

「解釈は人それぞれだ。自由にしろ」

「わかりました。悪いと思っているなら代わりにこの子をおぶってくださいよ」

「俺がおぶったら児童ポルノ法で捕まっちまう」

「児童ポルノ法にそんな項目はありません! なんで保育園児をおぶったらお縄を頂戴されるんですか」

「最近の社会を舐めるなよ。あいつらは小さな火にだって油を注いで大火事にしてくるんだぞ。そうやって何人もの人間が心を傷つけてきているんだ」

「なりません、なりません。というか、先輩がそれくらいで心、折れるわけないですよね」

「バッカお前。お前みたいな奴が何人もいるから悲劇が生まれるんだぞ。相手を見るんじゃない。まずは自分を見つめるんだ」

「そうですね。それじゃあ先輩も面倒ごとを引き受けたくない自分を見つめ直してください」

「なら面倒ごとを押し付けようとする自分自身を見直すことだな。きっと俺におしつけようとすることなどなくなるぞ」

 二人は同時に啀み合い、視線の先で火花を散らす。

「あなたたち、何をしているの? 着いたわよ」

 花梨に言われ、二人は口論をやめた。

 広い庭に縁側つきの平屋。六人乗り用の車が停まっている。建築物としては築五十年を越えていることだろう。

 そこら中、田園地帯で土地があまりに余っていることもあり、外から見ても横に広いのがわかる。親戚の集まりなどで大活躍を期待できる。交通の便さえよければ。

「思っていたより……」

「広いですね」

 統也のぼやきに朱里がついで答える。二人とも意表を突かれて口をぽかんと開けていた。

「あなたたち、何やってるの?」

 玄関先まで一人先を行っていた花梨が統也たちを急かす。

「ふにゅ〜、あれ? お家?」

 その時、体よく香奈が朱里の背中で目を覚ました。眠気が残る目元を擦り、覚醒状態へと導く。あたりを見渡して今一度自宅付近であるかどうかを確認している。

「起きた?」

「うん」

 元気よく返事をすると、急いで朱里の背中から降りようとするため、朱里はそっと香奈を地面に降ろしてやる。

「お姉ちゃんありがと!」

 お礼を言うとタッタッタッと無邪気に姉の元へと走っていく。

「あなた、ありがとうね」

 香奈をおぶってくれていた朱里に対して軽く頭を下げる。

「いえいえ、大したことありませんから」

〝誰だよ、さっき疲れたからと言って俺に押し付けようとした奴は〟

 朱里に対して嫌みを抱くも、それを口に出そうとはしなかった。統也も統也で疲れていたのだ。これ以上朱里と口喧嘩をするつもりはない。

 そんな統也の優しさも知らずに朱里はへらへらと笑っていた。

 不意にイラッときて嫌みをこぼしたくなったが、ぐっと堪える。

〝いや、ここは一つ言っておいた方がいいか? どう考えてもこいつ俺の事舐めてるし、年上である事も忘れているかもしれない。先輩、先輩と呼べば敬意を払えているに違いないと勘違いしているのだろう。それだけじゃない。すぐ文句を垂れるし、嫌みも聞き流そうとしない。誰も構ってくれと言っているわけじゃない。決めてはやはり俺と対等の立場にいると思い込んでいることだ。これ、さっき言ったっけ?〟

 繰り広げる葛藤が止めどなく続こうとしていた時、統也はそこに自分しかいないことに気づいた。

 ぽつんと一人取り残されているのを、車のサイドミラーに映る自分を見て実感する。

「お前ら冷たいな」

 誰一人として声をかけてくれなかった現実を胸に雪村家玄関へと足を運んだ。


 インターホンを押すのも何かおかしいと感じた統也は、黙って引き戸を開けた。当然鍵はかかっていない。これで鍵がかかっていたら即座に引き返して後のことはすべて朱里に任せていたところだ。

 靴を脱ぎ、脇に揃えておく。

 木造建築であるこの家は造りがしっかりしており、見た目とは裏腹に床がきしみを上げるようなこともない。

 どこへ向かえばいいのだと途方に暮れかけた頃、奥から楽しそうな声が聞こえたため、そこへ向かう。

 少し歩くとリビングにあたる部屋と思われる場所に見えた。そこには全員が集まっている。

「あ、先輩。遅かったですね」

「悪かったな」

 見た限り、声をかけなかったことに関しては悪気の一つもなさそうだ。おそらくは無意識のうちにおいて言ったのだろう。

「それと先輩、泊まってもいいみたいですよ」

 朱里が嬉しそうに話していると、横から雪村花梨に似た女性が統也へと近づいてきた。

「あなたが先輩さんかな?」

「初めまして東北支部特別専攻部隊隊長、古河統也です」

「あらあら、そんな仰々しい挨拶なんてよしてくださいな。私は花梨と香奈の母の麻里奈です。わざわざこんなところまでお疲れでしょう。ゆっくりしていってくださいな」

 気のいい母親のようだ。

「それはすいません。お言葉に甘えたいところですが、お母さん、少し向こうでお話ししてもいいでしょうか?」

 丁寧な口調で統也が尋ねると麻里奈は寂しげな表情でこくりと頷いた。

 廊下に出ると、麻里奈を前に統也は早くも本題に入る。

「娘さんがギフトに感染していることはご存知でしたか?」

「はい。直接聞きました」

「そうでしたか。お母さんは娘さん、花梨さんが青葉南高校に編入していただくことはどうお考えで?」

 麻里奈は少し寂しげな表情で答える。

「はい。花梨がそれでいいのなら、問題ありません」

「実際には親の同意を必要としていないのですが、聞けてよかったです。まぁ、花梨さん自身には拒まれているのですが」

 上手くいっていないことをわかりやすく伝えるために苦笑いを浮かべた。

「おそらく、今週末に行われるコンクールだと思います」

「コンクール? バイオリンですか」

「はい。花梨は小学生の頃からずっとバイオリンに触れてきて、自分の人生のように考えているもので。プロを目指しているみたいです」

「それは是非聴いてみたいですね。僕は音楽に関しては教養なんてありませんけど」

「その点に関しては私もです。バイオリンは単身赴任中の父が教えたものでして」

 バイオリンは花梨と麻里奈を繋ぐ共有点ではないようだ。

「妹の香奈も花梨のバイオリンが好きで。しょっちゅう弾いてとおねだりしているんですよ」

「そうですか。本当は花梨さんにここへ泊めてくれと言った時に断られたのですが、香奈ちゃんがしぶったことで折れてくれたんですよ。花梨さん、香奈ちゃんに甘いんですかね?」

「ええ、それはもう激甘ですよ。あなたたちがいるから少し素っ気ない態度を取っていますが、本当はもっと心優しい娘です」

「あれですね。いわゆるツンデレって奴」

「ははは、言い得て妙ですが」

 麻里奈は少々下品な笑いをしていた。


         ◆


 夕食を終えて統也と朱里は寝室へと案内された。

 寝床を確保した統也は早速リュックサックの中を漁っていた。

「先輩、これはどういうことですか?」

「どうした?」

 入り口付近にずっと立っている朱里を見て首を傾げる。

「どうして私と先輩が一緒の部屋なんですか」

「文句は俺に言わないでくれ。是非雪村家の人間にだな。まぁ、言えるものなら」

「言えるわけないじゃないですか! 泊めてさせてもらっているんですよ」

「じゃあ俺にも言わないでくれ」

「わかってますけど、言わずにいられないですよ!」

 統也とのテンションの差が激しい。

「逆に考えてみろ。俺と一緒の部屋であるメリットを思い浮かべてみろ」

「ないですね」

「それは残念だ。それで、デメリットは?」

「私が入浴している間に下着を漁られます」

 随分と理不尽な物言いだった。彼女は何を根拠に統也を変態扱いするようなことを言い出したのだろうか。

「チッ、バレてたか」

 統也は表情に陰を作り、ぼそりと呟いた。

 無論、問題ありきな発言を耳にして朱里が黙っているわけがない。

「えっ? 本当にするつもりだったんですか?」

「本当にされると思ったか?」

 けろりと表情を書き換え、いつものように無愛想で無頓着な面持ちで冷静に返した。

「一瞬思いました」

「なら覚悟しておくんだな」

「なっ……」

 一歩飛び退き、両手を「シュワッチ」と特徴的な声を上げる巨人のように身構えた。臨戦態勢だ。

 朱里の反応に統也はため息をついた。

「漁るだけじゃねえ。匂いを嗅いだ上で頭に被って変態マスクを名乗ってここら中を走り回ってやるよ」

「やめてください。そんな人の部下だとは思われたくありません」

「残念だったな。俺とお前が一緒の同じ部屋になっちまった時点でその未来は確定されちまったも同然なんだよ。ちなみにお前の名前を叫びながら走る」

「もっとやめてください。私に何の恨みがあるんですか」

「俺との同室を嫌がった」

「それじゃあ悪いのが私みたいですか!」

「むしろ違うと思ったか?」

 クールに切り返していくと朱里は眉をひそめて、シンキングタイムに入る。次いで『あっ……』という顔をして出した。実にバツが悪そうだ。

「そもそもお前は自分の上司を何者だと思っているんだ」

「私に好意を寄せている変人」

「とんでもねえ誤解を受けているわけだな。いつどこで俺は間違えたんだろうか」

「え? それは……」

 何か言いかけたところで朱里は耳を赤くして口を淀ませた。朱里は、あの日統也が「一目惚れした」と言ってくれた記憶を思い返す。

「別に気にしてないけどな。それで、お前が嫌なら俺が話してくるが」

 意外にも統也から申し出ようというのだ。朱里は慌てて止めに入る。

「べ、別にいいですから。そんな嫌ってわけでもないので」

「どっちなんだよ。めんどくせえな」

 朱里が言わんとすることもわからなくもない。男女が同室するというのは滅多にない事であり、好ましく思われる事ではない。現に女子だらけの環境で暮らしている朱里からすれば、すぐ側に男子がいること自体エマージェンシーみたいなものだ。

 デリカシーがないのは統也の方である。

「というわけなので、我慢します」

「実に不満ありきで辛辣なコメントだな。やっぱり言ってくるぞ?」

「だからいいですって、我慢しますから」

 なぜ彼女は決まって最後に『我慢する』とつけるのだろうか。わざとつけて統也への嫌がらせでも図っているのだろうか。だとすれば、朱里は相当のくせ者である。

「外行ってくるわ」

 これ以上朱里に何か言われても気を悪くするだけじゃないだろうかと統也は重い腰を持ち上げた。

「え、誰も外で寝ろ、だなんて言ってませんよ」

「寝ねえよ。夜風に当たってくるだけだ」

「そうですか。いってらっしゃいです」

「ああ」

 朱里の横を通り抜け、襖の向こうへと歩いていった。

 襖を閉じようとしたところで、統也は思い立ったように口にする。

「あ、俺の下着漁るなよ」

「漁りません!」

 統也の挑発的な言葉に酷く激怒した様子の朱里を無視して襖を閉じ、玄関に向けて歩き出した。


 街頭の一つもない世界は月光にのみ照らされていた。

 稲を植えられた田んぼの水面には月が映っている。といえど、稲が邪魔をして綺麗に映されているわけではない。ぼんやりとぶれている。それは夜風で水面がわずかに揺れていることもあるからだろう。

 虫の鳴き声。

 風に揺られ騒ぐ木々。

 どこかで鳴く動物。

 どこにいて聞くことのできる音色も聞く場所が違うだけでまったく別の音楽に変わる。

 が、それらを音楽と捉えた理由は他にあるそうだ。

 統也は耳を頼りに自然と同調しながらも一体化し切れていない音を追っていた。

 少し歩くと、バイオリンを構えている花梨を見つけた。

 優しい音色を奏でる彼女は月明かりに照らされて、一つの芸術だと思える。自然の音と絡まりより音質が誇張されていた。

 それでいて、ありのままの音を壊さないそっと包み込むような音。

「ふぅ」

 最後にボロン、と弦を弾いて演奏を終えた花梨。

 彼女の演奏に称賛を讃えて統也は拍手を送る。

「聴いていたの?」

「途中からな。よかったぜ。親が絶賛するだけのことはあるな」

「あなたに何がわかるの?」

 花梨は軽々しい口ぶりで話す統也に威圧する。

「どうして俺の周りの女子はどいつもこいつも攻撃的なんだよ。俺がお前の演奏をいいなと思っちゃいけないのかよ。お前はそんじょそこらの素人には到底理解できないような演奏をしていたのか? 俺は誰にでも理解できてよかったと思える演奏が素晴らしいものだと思っているんだけどな。違うのか?」

「知った口を利くのね」

「知ったかぶりって奴だ。どちらかっていうと思い込みだけどな」

「素直にむかつくわ」

「俺にさっさと消えてもらいたければ、青葉南高校への転校をお勧めするが。まぁ、学校自体に俺はいるわけだが。まとわりつくことはないさ」

「前にも言ったでしょ。まだダメ」

「ああ、知ってるさ。いや、聞いたというべきか。今週末コンクールがあるんだってな」

「……お母さんね」

「その通りだ」

「それで、私に何を言いたいの」

 ギフティアがスティーラーを引き寄せてしまうことは周知の事実だ。知らないものなど誰もいない。それだけ当たり前な事である。

「もしかしたら誰かを傷つけてしまうことになるかもしれないんだぞ」

「その確率ってどれくらいなのかしら?」

「従来なら二割ってところだが、今回は状況が状況でな。俺の見立てだと八割だ」

 青森についた直後に姿を見せた謎の人物による行動がないとは思えない。必ずどこかで動いてくることは想像に容易い。

「私に諦めろ、って言うの?」

「言わなければわからないのか?」

 容赦ない言葉を浴びせられ、花梨は表情を暗くする。彼女自身、ギフティアがどれだけ毛嫌われていることを知っている。今も、ギフティアを嫌っている事に変わりはない。彼女らギフティアを嫌う理由はたった一つ。存在するだけで迷惑だからだ。

「今回のコンクールがプロへの道にかかってるの」

「〝それだけの理由〟で誰かを危険に晒すのか?」

「それだけの理由?」

 統也の軽率な言葉選びにピクリと反応する。

「いや、悪かった。ちゃんと考えてものを言うべきだったな。確かに、高卒までに何かを成し遂げるって自分の中で大きなことだよな。高校生のうちに芸能界に進出したり、スポットライトが当たる人間なんてそうそういない。憧れる気持ちもわかる」

「……馬鹿にしないで」

「馬鹿にしてるつもりはないさ」

「してるじゃない」

「されてるって思うのは図星だからなんじゃないのか?」

「違うっ! 私にはバイオリンしかないの。小さい頃からずっとバイオリンに触り続けてきたの。奇跡の男の子だかなんだか知らないけど、調子に乗らないでよ!」

 好き放題言われた結果、花梨は我慢しきれずに統也へと全てをぶちまけた。

 ぜーはーぜーはーと肩で息をする。それでも花梨は顔だけを上を向け、統也を必死に睨んでいる。

「奇跡の男の子……か」

 まったくもって聞き慣れたフレーズだ。

 人を褒めているのか哀れんでいるのか、それとも煽っているのか上手く判断できない言葉。

「これは言うなって言われているというか、言ったらやばいことなんだけどな。……今、法律でギフティアやギフトを利用した人体実験が禁止されているのは知っているな?」

 一応の確認を取ると、花梨はこくりと頷いた。

「俺は昔親に身売りされたんだよ。生活が苦しくて、俺は研究機関に実験体として売り飛ばされた。その研究機関がギフトを研究していたんだよ。間もなくして人工ギフティア製造実験が始まった。当然実験体は俺だった。何度も何度も身体に染み込ませるようにギフティアから採取されたギフトを投与され続けた。ちょうどその頃だよ。法律が施行されて実験は中止されるはずだった。だけど、実験は内密のまま続行された。しばらくして実験は成功し、俺はギフティアになった。無論、今更人工ギフティアの実験に成功したなどと公表するわけにはいかない。だから、俺は天然のギフティアとして奇跡の男の子扱いをされたんだよ」

 統也が語り終えると、花梨は何とも言い難い表情を浮かべていた。

「そんなわけで、別に奇跡ってわけじゃないさ」

「ごめんなさい。あなたのこと、何にも知らないのに好き勝手言ってしまって」

「謝らなくていい。俺はギフティアになったことを悪いようには思っていない。誰かを守れるだけの力を持てることは誇れることだ」

「あなたはすごいのね」

 統也の生き方に触れて花梨は自分のわがままを貫こうとする意思に揺らぎを覚える。

 落ち込んでいる花梨の側へと歩き、小さな頭をそっと撫でた。

「まさか。今更やめようなんて言わないよな?」

「……え?」

 花梨は統也の顔を見上げる。冗談を言っているような顔つきでない。一度目を擦って見直したが、現実は変わらない。

「でも、あなたはさっき……」

「何言ってんだ。何のために俺たちがいると思ってんだよ」

「それは、私のようなギフティアを回収するために」

「違うな。全く違う。俺たちはギフティアを守るためにいるんだ。守れるのは肉体だけじゃない。お前の夢もまとめて守ってやるよ」

 目尻にじゅわっと熱い何かが溜まる。その現象が何かわかっていたが、一瞬放心して手を顔に伸ばす。指先に熱い涙が伝わった。

 泣いていたなどと思われたくなかった花梨は手の甲で目元を拭った。

「馬鹿じゃない」

「泣きながら言ってんじゃねえよ。涙拭ったんだろ?」

 痛いところを突かれて顔を赤くさせた花梨は思わず声を大きくして言った。

「ば、バッカじゃない! あなたの顔が不細工だったからつい目を擦ったんじゃない」

「いや……それは割とキツいことを言ってくれるな」

 口角を引きつらせて言う。

「まったく、もうちょっと整った顔をして私の前に出直しなさい」

 口はキツくとも、その顔は今にも決壊寸前なほどにひしゃげていた。泣き出しそうな気持ちを必死に堪えている。

「それはどっちだよ」

「うるさい見るな!」

 統也に指摘され、花梨はそっぽを向ける。

「わかったよ。じゃあ見ない。それと、俺は先に戻るからな。スッキリしたら帰ってこい」

「うるさい。なんで上からなのよ。私の家だからね」

「そうだったな」

 前言を撤回して歩き出す。ここから少し離れているが、遠くで小さく光る光景がある。雪村家だ。

 これ以上花梨の近くにいても迷惑なだけだとわかっていた統也は足早に去ろうとした。

「ありがと」

 背中に弱気なお礼が届く。

 聞こえていないフリをして返事をせずにそのまま歩いていった。


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