第7話 説得

 現在時刻四時二〇分。

 ターゲットの本日のタイムスケジュールは七限目にまで渡る授業だ。情報によると部活に所属している事はないため、終業後、すぐに下校するようでもおかしくはない。

 掃除当番で遅くなることもあるだろうが、それくらいは誤差の範疇だ。

 校門の前で待つ二人の背には夕陽が射していた。

 五月と言え、本土の極北だ。日没が早いのも当然だ。北海道になれば、なおさら日没時間が早まるだろう。このペースならば、一時間後にはあたり真っ暗になるのも考慮の上だ。

「それで、保護対象の情報は?」

「ああ、そういえばまだ教えていなかったな」

 リュックサックをおろし、書類を取り出そうとする行為の最初の最初、リュックサックをおろそうとする行為で統也の動きは止まる。

「名前は雪村花梨。高校二年生だ」

 面倒くさかったのだ。口頭で伝えた。

「他にないんですか?」

「性別は女」

「ギフティアは女性に限ります」

「スリーサイズは……っと」

 顔をしかめて懸命に思い出そうと試みる。

「だから、なんでいつもスリーサイズなんですか!」

「覚えてないけどな」

 一応書類に目を通している時点で数字自体は一度目にしている。が、対して興味もないため、記憶には残っていなかった。

「まともな情報はないんですか?」

 呆れた顔の朱里の愚痴を他所に、統也は校門から歩いてくる女子生徒を見て言った。

「あ……」

 数名ちらほらと人がいるが、その中に女子生徒は一人。特定的な事を言わなくとも、察するには十分なことだった。

「あれが雪村さんですね」

 早速話しかけようと動き出す。

 が、その肩を統也は掴んで動きを静止させた。

「冗談だ」

「次やったら殴りますよ」

 振り向き様に拳を持ち上げ、統也へ怒りの視線をぶつけた。

 今にもピキピキと音を鳴らしそうなこめかみ。額には怒りマークが付いているように見えた。本格的に怒っているらしい。それも当然だ。統也が止めなかったらうっかり非常に恥ずかしい目に遭わされるところだったのだ。

 そのお詫びと言わんばかりに、リュックサックをおろし、開いてクリアファイルから書類を取り出した。

「雪村花梨の情報だ。一応個人情報だから丁寧に扱えよ」

 クリップで留められているわけだが、事実二枚しかない。普通の人間だったわけだ。それほど書き記されるほど情報があるわけでもない。

「へぇ、彼女、バイオリンやってるんですね」

「そうみたいだな。何度か賞を取っているようだし、それなりの手だれみたいだ」

「それじゃあ彼女が強いかのような言い方ですね」

「音楽に関して強いって表現は間違ってたな。しかし、その場合どういえばいいんだろうな? うまいや上手じゃ小馬鹿にした感じが出るし」

「どうなんでしょうね。私も思いつきません」

 資料とにらめっこしている朱里の横であくびをかます。移動の疲れが出ているみたいだ。スティーラーとの交戦もあったのだ。きっと疲れているのは統也だけではないだろう。

 帰路へと流れていく生徒の数が増え出した。ここからが下校ラッシュのようだ。

「おい」

「はい。見逃しません」

 朱里は校門をくぐっていく生徒たちを凝視し、資料の写真に写っている顔を探す。

 ついうっかり見逃してしまえば、いつまでもこの場所で待っていなければ行けなくなる。見つからなくとも同じ事だが。

「今日、ちゃんと来てますかね?」

「そういうこというな。怖くなっちゃうだろ」

 仮に雪村花梨が本日登校していなければ、この場で探していても永遠に見つかる事はない。それは統也としては非常に困る展開だ。

「もしもの話ですよ」

「こないだの模試なら相変わらず低い点数だったが」

「模試じゃないです! もしもですよもしも。ifの話です!」

 ボケてみると、案の定食いついてきた。からかい甲斐のある奴だと思ったが、別段今はからかう気にはなれない。それよりも、朱里にはしっかり雪村花梨を見つけてもらいたい。

 統也のボケに反応し、校門とは真反対を向いている朱里の顔を鷲掴みして無理矢理校門へと振り向かせた。

「サボるな。働け」

「ぶー、先輩だってサボってるくせに」

「そんなことないぞ。俺だってしっかり働いている」

 そういう統也の視線は橙色に染まった夕焼けの空へと注がれている。渋い表情で流れていく生徒たちに視線を向けている朱里には知る由もない。

「あっ……」

 朱里の驚嘆じみた声に、統也が反応する。

「どうした? いたのか?」

「私は『あ』としか言っていません。騙されましたね」

 したり顔で統也に対し勝ち誇る朱里がいた。

〝……こいつ〟

 どうやら先ほどの事を随分と根強く思っていたらしい。仕返しができてとても楽しそうな顔をしていた。

 募る怒りをどこへぶつけてやろうと思っていた矢先、統也の視界に資料で見た雪村花梨が校門より出てきた。

 遠目からでも艶がはっきりと見える黒髪は腰の辺りまで伸びている。暗めな制服に身を包んでいる少女は、写真で見た雪村花梨そのものだ。疑う余地など必要なかった。

「あ……」

「ふふ、騙されませんよ」

 統也がまたもや朱里を引っ掛けようとしているのだと思い込み、意地でも振り向こうとしなかった。

 それも仕方がないな、と思いつつ、おろしていたリュックサックを背負い直す。

「演技が込んでますね。でも無駄ですよ」

 ドヤ顔を浮かべ、統也の策は見抜いていると言わんばかりだ。

 朱里の頭にぽん、と手を置き、統也は悲しい表情で告げた。

「それならずっとそこで突っ立っていろ」

 それ以上朱里にかまうことはなく、統也たちが待っていた方向とは逆方向に歩いていく雪村花梨の背中を追う。

「え……先輩? まさか本当ですかっ?」

 統也の気配を近くに感じられないことに違和感を覚え、あわてて振り向く。当然、背後に統也はいなかった。流れていく生徒たちの中に統也の背中が見える。

「ちょっと! どうして言ってくれないんですか!」

 リュックサックを背負い直して急ぎ統也を追いかけ出す。

〝言っただろ〟

 朱里の一人慌てた声はしっかりと統也にまで届いていた。つまり、統也の周りにいるこの校舎の生徒たちにも丸聞こえというわけだ。

 そんな朱里は放っておき、統也はターゲットへの接触を図った。

「雪村花梨さん」

 丁重に名前を呼ぶと、花梨は何事かと足を止めて振り返った。

 と同時に、統也の黒いスーツのような制服を見ると顔色を変える。

「帰ってください」

 即座にきびすを返して再度歩き出した。今度は早歩き気味に。一刻も早く統也の元から離れたい様子だ。

 このように簡単にギフティアだとバレてしまう制服を着なければならない校則を面倒くさいと思ったことは今回だけに限らない。過去に何度も同じような態度をとられたことがある。加えて、東北支部は強制を禁止しているため、無理矢理に連れていくことは御法度である。あくまで本人の同意を必要とする。数ある支部の中でも、東北支部の保護対象確保の任務は一番面倒で厄介な仕事だ。

 花梨に厳しい言葉を浴びせられ、思わずその場で立ち尽くした。

「ちょっと先輩、追いかけなくていいんですか」

 遅れて追いついた朱里が逃げていく花梨を見て統也に話しかけた。

 周囲の人間も一連の流れを見て、統也たちが青葉南高校の存在である事に気づいたようだ。それはつまり、ギフティアであるとばれたようなものだ。そして、そのような存在がどうして雪村花梨に接触を図ったのか。考えずともわかるようなことだ。

「当たり前だ。何が何でも同意してもらわなきゃいけないからな」

 任務達成しなければならないだけではない。第一にこのまま雪村花梨を野放しにしておく事は彼女を危険に晒すという事なのだから。

「追いますよ」

「ああ」

 一度彼女を激情させてしまっているため、迂闊に接近するわけにはいかない。ひとまず距離を保ちながら彼女を見失わないように追跡する。

 進行方向は駅方面。

「このまま電車で帰宅ですかね? お家、ここから結構遠いみたいですし」

 先刻、統也から受け取った資料を眺めながら朱里が推測する。

「だろうな。バイオリンも誰かに習っているわけでもないみたいだからな。しかし、独学で賞をもらえるようになるとは、結構な人間だな」

「ですね」

 大通りにさしかかるところで、花梨は同じく駅へと向かう生徒たちの集団から抜けて別路へと曲がった。

「先輩……」

「わかっている」

 彼女の行動の原因を探るために、朱里は今一度資料に目を通す。

「う〜ん、それといった根拠は……」

「家族構成欄を見てみろ」

「え? は、はい……」

 統也の指示を受けて家族構成欄に目を落とす。専業主婦をしている母に単身赴任の父、そして妹が一人いた。

「これがどうしたんですか?」

「たしか彼女には六歳の妹がいたはずだ。その子が高校周辺の保育園に通っている。おそらくその送り迎えの役割を担当しているのだろうな」

「……」

 朱里はじっと統也の顔を見つめた。

「どうした?」

「先輩、やればできるんですね」

「おい、なんだその上から目線は。というかその言動からすると、あたかも俺がダメな人間みたいだな。お前が俺をどう思っているのかあとで詳しく聞かせてもらうからな」

「先輩、雪村さん曲がりましたよ」

 話をそらすように花梨の行動を報告する。

 狙ってやったのだろうが、彼女が話題を変えようとした意思を考慮し、深く追求する事をやめて雪村花梨の追跡に意識を切り替えた。

 少し歩くと、統也の予想通り保育園が見えてきた。

 そこへ花梨が入っていくのを見送り、推測が確信へと変わる。

「どうします?」

「出てくるまで待つだけだ。素性もわからない俺たちが中へ入るわけにはいかないだろ。保育士さんたちに閉め出されるぞ」

「それもそうですね」

 二人は門の前に立ち、花梨が出てくるのを待つ事にした。

 そこへ、ちょうど帰宅を始めた親子の子どもが、統也たちに目を止めた。最初はじっと見つめていたのだが、突然目をキラキラと輝かせた。

 嫌な予感がし、統也はそっぽを向いた。

「お姉ちゃん、ギフティア?」

「うっ……」

 朱里は面倒な事になったと一瞬顔を歪めて統也に助けを求めようとするが、当の本人は既に対策し関わらないよう心の壁を張って救援要請を受け取るつもりはないらしい。

 子どもだと油断していたが、意外にも子どもは案外鋭いようだ。

「みんな! ギフティアがいるよ!」

 そういって朱里の手を引き、男の子は保育園内へと戻っていく。

「え、ちょっと待って。待ってってば」

 朱里もそれなりの抵抗を示すが、男の子はそんなことおかまいなしだ。

 その子の母親は若干不満げな顔をしていたが、子どもの嬉しそうな顔を見て気を変えたらしい。

「本当?」

「この人がギフティアなの?」

『ギフティア』という単語に興味を引かれた園児たちは瞬く間に校庭へと集まってくる。大した大きさの園ではないため、その分集客も速い。

「本当だよ。この制服は仙台にあるギフティアがいる学校のなんだよ」

 嬉々として語る男の子。皆が皆知っているわけではなく、彼が特別知っているみたいだ。朱里も運が悪い。

 自身の危機を免れた統也は一人園外からその様子を眺めていた。

 しかし、その隣には朱里を連れていった子どもの親がいる。世間ではいい目で見られていないギフティアが息子に近づくという事を不快に思っていないかを疑問に思う。

「いいんですか?」

「え? あなたは……彼女の引率の先生か何かですか?」

 彼の母親は統也を朱里の引率の先生か何かだと思っているらしい。それも当然かもしれない。ギフトに感染するのは女子だけなのだから。

「引率はあっていますが、先生ではありません」

「確かに、彼女と同じ制服を着ていますね。ですが、あなたは……」

「彼女と同じギフティアです」

「え? ギフトは女子にしか感染しないんじゃなかったんですか? もしかして、息子にもその可能性があるというわけですか」

「落ち着いてください。ギフトは男子には感染しません」

「それならあなたは?」

「特例です。あまり気にしないでください」

 深くは言おうとしない統也の態度を察し、母親はそれ以上追求しようとは思わなかった。

「そうですか。ほっとしました」

「元凶である我々を手前にしてほっとされるのも困るところなんですけど」

「何かあっても、あなたたちが守ってくれるのでしょう?」

「確約はできませんが、人命を最優先にして動くつもりです」

「それなら大丈夫です。お見受けしたところ、あなたは人が良さそうですから。それに、彼女も……」

 母親が園内へと視線を送る。

 その先では、いいように保育園児たちに翻弄させられている朱里の姿があった。

「……大丈夫でしょうか?」

「期待はしないでください」



        ◆


「ふぁぁ……」

 幼児たちに遊び尽くされ、疲れ切った朱里はベンチでくたびれていた。

 予期せぬ展開に翻弄された朱里はもうこれ以上何もしたくないと顔で物語っていた。

 両手を合わせて御愁傷様だと冥福を祈る。

「ねぇ、あなたたちいつまでそこでそうしているつもり?」

「お前は……雪村花梨」

「妹が世話になったわ」

「そんな礼を言いにきたわけじゃないだろう?」

「どうせあなたたち家まで押し掛けてくるんでしょう?」

「それはお前の意思次第だ」

「私が今この場で同行を同意すれば、家まではおしかけないって言いたいのかしら? 悪いけど、私はまだやらなきゃいけないことがあるから」

「違うな」

 物わかりの悪い奴だと両手を持ち上げて表現する。

「どういうことかしら?」

「招待してくれるというのなら、おしかけはしないさ」

「何が違うのかしら?」

「泊めてもらえると助かる」

「嫌よ」

 即答だった。同行を拒否している人間が泊めてくれと言われて容認するかと言われたら十中八九断るのはわかっていることだ。

「え、このお姉ちゃんたちお家に泊まるの? やったあ!」

 そこへ、雪村花梨の妹、雪村香奈が乱入してきた。

「ちょっと香奈。何言ってるの?」

「え、違うの?」

「違うわ」

「ええ……」

 自分が期待した展開とは違う顛末へと向かう現実を知り、悲しみ思わず涙を浮かべてしまう香奈。

「香奈、泣かないでよ。わかった。わかったから。お母さんに頼んでみるね」

「うん。お姉ちゃん、ありがとう」

 姉である花梨の活躍により、香奈が抱える爆弾は爆発せずに済んだようだ。

「えっと……今の話の流れによると……」

「はぁ……お母さん断ってくれないかな」

 統也と朱里の運命は雪村家の母に託されたらしい。

 朱里が子どもたちと戯れてくれたおかげで香奈の心を惹き付ける事ができたらしい。遠回りなことだと思っていたが、朱里の手柄のようだ。

 ぐだっとしていた朱里の頭を撫でる。

「よくやったな」

 統也の対応に朱里は寒気を感じ、ガバッと起き上がった。

「なんですか気持ち悪い」

「お前な……」

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