第6話 青森遠征


 休み。

 人は休日になると起床時間が大幅にずれ込む。当たり前だ。起きる必要のない時間帯に起きるなど馬鹿のすることだ。

 いつまでも寝ていられるのならいつまでも寝ていたいのが一般である。

 十二時近くに起きて、朝食兼昼食を取り、二度寝する。気づけば夕陽が沈んでいて後悔してしまうのだが、どこか充実感がそこにある。

 それが素晴らしい休日というものだ。

 特に誰かが働いている中で過ごす休日というものは格別だ。SNSなどはやたらと静かだが、そんなことはどうでもいい。誰かが働いている中、自分だけ休むという事が大事なのだ。それが大事一番大事。

 とはいえ、休みであって休みでないことがある。

 午前十時、彼女は皆が学校で勉学に励む中、堂々とベッドの上で眠っていた。

 掛け布団がはげて可愛らしい下着姿が露になっている。

 寝ている途中で暑くて脱いだのか、それとも最初から脱いで寝る派なのだろうか。床に放り投げられた寝間着を見る限り、前者だと思われた。

「おい、いつまで寝てんだ」

「ん? ええ……まだ眠いですよ」

 普段はしっかりしている彼女だったが、どうにも寝起きは弱いらしい。

 もちろん、公欠のおかげで学校に行かなくてよくなったことを理由に統也も十分前までベッドの上でくつろいでいた。

「……って、あれ? 先輩?」

 目の前に立っている存在が統也であることに気づくと同時に、自分の今の姿を自覚した。統也と自分の格好を交互に見直し続ける。回数を重ねていくにつれて、朱里の顔がみるみると赤くなっていく。

 わなわなと震える。

「先輩?」

「どうした?」

「出て行ってくださいっ!」

 激高した朱里は、下着姿のまま統也の身体につっぱりを繰り返し部屋の外へと追いやった。

 バタンっと扉を閉められ、廊下に一人取り残される。

「なんであんなに怒ってんだ?」

 後輩の下着姿を見て興奮するわけにもいかず、むしろ統也はそう思うことで朱里の下着姿を前にしてもどうということはないと勝手に勘違いしていた。

「入っていいですよ」

 少しした後、朱里から入室許可が下りたため、それに従って部屋へと戻っていく。

 扉の向こうにはさっきよりも少し片付いた部屋と制服に着替えた朱里がいた。統也を追い出しているうちに少々部屋を綺麗にしたらしい。

「たく、いつまで寝てんだよ。公欠とはいえ、任務があるんだぞ」

〝俺も寝ていたがな〟

 先ほどまで自分も爆睡していたことを棚に上げている。

「その調子じゃ朝飯も食ってねえだろうな」

〝俺も食ってないけどな〟

「はい。すいません」

 当然統也も同じように寝ていたことは愚か、朝食もとっていないことを知らない朱里は厳しく叱られるままになる。

「支度は終えているか?」

「は、はい。昨日のうちに」

「そうか」

「すぐに出発ですか?」

「いや」

「まだ何かあるんですか?」

「俺の準備が終わっていない」

「は?」

 統也の正直な告白に朱里は呆然とする。

「昨日のうちに……」

「してない」

「今朝は……」

「寝起きだ」

 高速で答えていく統也に朱里は呆れる事もできない。まさか、統也も自分と同じように先ほどまで眠っていたなどとは思いもしなかったからだ。

「先輩……」

 ぷるぷると震える朱里はその怒りを隠せていない。

「そう怒るな。荷造りなんて五分もいらない」

「はぁ……わかりました」

 初めて会ったときから徐々に朱里の中で統也のイメージが書き換えられていく。それは、同居を始めたばかりのカップルのようだった。


「あの、先輩」

「どうした?」

「寝癖ついたままですけど、いいんですか?」

 統也の部屋にて統也がリュックサックに着替えを詰め込んでいるところに朱里が疑問をぶつけた。

 荷造りを続けたまま、朱里の疑問に素っ気なく回答を出す。

「大丈夫だろ」

「大丈夫じゃないと思いますけど」

「そういうなら最初から疑問形にするんじゃねえ」

「じゃあ率直に言います。直してください」

「気が向いたらな」

 軽くあしらうようにして返事をする統也。その言葉には寝癖を直そうとする意思が宿っているようには思えなかった。

「……」

 突然朱里は口を閉じ、じっと統也を見つめる。

 先ほどまで口うるさかったというのに唐突に朱里が喋らなくなったことを不思議に思い、朱里がいる方に顔を向けた。

「どうした?」

「どうした、って先輩いつもそうやって聞きますけど、ちゃんと対応してくれませんよね」

「対応はしている。電話サービスなみに受け答えはしているつもりだぞ」

「そうですね」

「まぁ、言われた通り行動に移すかどうかは定かではないが」

「私、本当にこの小隊入ってよかったのかな……」

「そういうな。人は誰だって欠点というものがある。寝ている間に服を脱いじまったりな」

「先輩! 思い出させないでください!」

 冷静を装っていた朱里も、統也に痛いところを突かれて動揺を隠せなかった。

「というわけだ。誰しも触れられたくないところがあるんだよ」

「先輩にも触れられたくない事ってあるんですか?」

「ないけど」

「言ってること破綻していませんか?」

「嘘をついたからな」

「そうですか……」

 ペースを乱さず、淡々と話を進めていく統也についていけず、会話を中断させるために敢えてほどよい返事をする。

 朱里の意思を読み取り、統也もそれから何か言うことはなかった。

 荷物を詰め終わった後、統也はリュックを背負い、勉強机とセットになっている椅子に座っていた朱里に声をかけた。

「行くぞ」

「寝癖、直してください」

「わかったよ」

 リュックをおろし、部屋の外にある洗面台を目指した。


         ◆


 学園から市街地までは距離があり、歩いていくには時間がかかる上に二人はそれなりに重めの荷物を背負っている。

 教員たちが通勤に使うバスは昼間の時間帯は一本もない。

 故に、二人は専用の送迎を受けて市街地へと降り立った。

「ありがとうございました」

「……ありがとうございますっ」

 統也の礼に釣られて朱里も慌てて運転手に頭を下げる。

「礼なんていいんですよ。私の娘もギフティアでしてね。だから、他のギフティアが救われることが私的にはすごく嬉しいことなんですよ」

「あなたのお気持ちに応えられるよう、尽力してきます」

「お願いします。それでは、いってらっしゃい」

 運転手と軽いやり取りを済ませて統也たちは駐車スペースから遠のく。

 現在地、仙台駅前。

 夕方の番組などで通行人を映す見覚えのある光景。

 そんな中、通行人たちの統也たちを見る目が朱里には引っかかった。

「どうして私たちこんなに見られているんですか?」

「何当たり前のこと言ってんだ?」

 あまりにも統也が当然のことのように言うため、朱里は自分の耳を疑った。

「その様子だと、まだ理解できていないみたいだな。俺たちが誰かわかってんのか?」

「誰って……個人情報ってそんな簡単に広まるものでしたっけ? 制服に名札なんてついてないですよ」

「名札はむしろどうでもいいだろ。大事なのは俺たちが着ている制服だよ」

「あっ……」

 統也に言われ、自分たちがギフティアであることを思い出す。普段は周りに同類しかいないため、朱里はギフティアが世間でどのように思われているかを忘れていたのだ。

 スティーラーはギフティアを狙って現れる。

 だから、その元凶であるギフティアは一般大衆からすれば嫌悪すべき対象なのだ。先ほどの運転手のように身内にギフティアでもいない限りはその態度を改善するなど求めるなど無駄に等しい。政治家もそのことについて対応を施しており、それが隔離すべく全寮制の学園を創立したことに繋がる。

 無論、政治家が民衆の事を思って行った事ではなく、まず自分たちの身の安全を考えた上での結果だ。感謝されることはすれど、そこへ誰かに対する意志はない。

「まぁなんだ。それだけが厭われる理由じゃないけどな」

「そうなんですか?」

「やがてわかるさ。俺の口から聞くより実際に体感した方が身に染みると思うぜ。で、昼飯時なんだが、何か食べたいものはあるか?」

「なんでもいいんですか?」

「ああ、予算は気にするな。経費で全て落ちる」

「本当ですか? それなら私、牛タン食べたいです。こっちにきてからずっと学園だったので、一度食べてみたかったんです」

 心弾ませながら、とても嬉しそうに語る朱里。

 それを統也は少々暗い表情で見守った。

「マジで?」

「何食べたいって聞いておいて言われたものは嫌だというなんて最近の彼女ですか、先輩は」

「なんだ、その地味にリアルな例えは。別にダメじゃねえんだよ。俺も牛タン好きだし、食べられるものなら食べてたいんだが」

「夜しか営業していないんですか? 私、秋田出身なので知りませんでした」

「昼も営業してるし、仙台なら牛タン屋ぐらいそこら中にあるぞ。ただし駅前に限り」

「それならなんでそんなに後ろ向きなんですか?」

「はぁ……いや、いいや。そうだな。景気付けに牛タン食いにいくか。店は俺が選ぶけどいいか?」

「どうぞ。私何もわからないので」

「了解。それじゃあ駅の中はいるぞ」


 昼時に牛タンを食べるセレブなどこの世には多くない。

 幕の内で取る昼食はどれも仙台で食べる牛タン一人前に匹敵するが、彼らはその分多めに給料を受け取っているはずだ。

 いわゆる嗜好品と呼べる牛タンを昼から豪勢にいこうと思うものなどそれほど多くないというわけだ。

 そんなこともあり、統也と朱里は並ばずに店に入ることができた。

 席に案内され、テーブルに着く。

「ご注文が決まりましたら呼び鈴で御呼びください」

「いや、定食一人前を二つ頼む」

「はい。ご注文受け賜りました。定食一人前が二つですね」

「はい」

「それでは少々お待ちください」

 注文を受け取った店員は足早に去っていく。

「先輩、ここよく来るんですか?」

「二回目だが」

「随分と慣れていましたね」

「慣れているというか、他に選択肢がないだけだ」

「どういうことですか?」

 朱里の疑問に応えるべく、統也は親指を後ろに立てた。

『あいつら、何牛タンなんて食いにきてんだよ。この税金泥棒が』

『ちっ、人の金で食う飯はうまいだろうな』

 わかっただろ? と目で語る統也に朱里はこくりと頷く。

 ギフティアは学費も寮費も生活費もすべて国から援助されている。当然、国から援助されるということは税金が元手になっている。

 となれば、その税金を払っている側からすれば自分たちの税金を使って贅沢されるのは不愉快でしかない。

 最初に統也が朱里の牛タンという言葉に戸惑ったのもそのせいだ。牛タンが牛丼であれば、統也は何も思わなかっただろうし、こうして陰口を叩かれることもなかっただろう。

「すいません。私が牛タン食べたいなんて言ってしまって」

「別に構わねえよ。あいつらが何言ったところで耳を貸す政治家なんていないからな。俺たちのことを指摘するってことは政治家たちのことも批判しているってことになるからな。これは俺の偏見だが、あいつらも税金使って贅沢してるさ。ニュース見てみろ。さらっと恐ろしいこと書いてるぞ」

「それでも、私もうっかりしていました。自分のことばかり考えるのはよくないですね」

「そう思えることは大事だぞ。確かに俺たちギフティアは差別的対象として捉えられているし、実際差別されても仕方がない。百害あって一利もないことは確実なことだからな。いや、利益を生み出すことはできてもそうすることは人道に反すると禁止してるんだったな」

 ギフティアを用いた人体実験を禁止する法律が何年も前に施行されている。

 この法律がなければ、何百人というギフティアが実験台となっていたことだろう。主にギフティアの娘を持つ家族の活動によるものだ。

「そういわれたら、少しは贅沢してもいいかなと思っちゃいますね」

「だから気にするなって言ってんだよ。それでも、立場をわきまえるのは大切なことだと思う。それだけじゃない。俺たち子供は何をするにも一人じゃ何もできない。いつだって誰かの支えで生きているんだ」

「……」

 統也の事をじっと見つめて何も言おうとしない朱里に眉をひそめる。

「どうした?」

「ああっ……その、先輩ってよく考えているんだなって。さっきまでの先輩とは全然違いましたから。どっちが本当の先輩なんですか?」

「さぁな。そんなことお前が決めろよ」

「決められませんよ。私、先輩のこと、まだまだ知らないことばかりですから」

「俺はお前のスリーサイズぐらいまでなら知ってるぞ」

「なっ!」

 まさかのカミングアウトに朱里の耳が真っ赤に染め上がった。

「冗談だよ。忘れちまった」

「忘れたっていうことは、一度は知ったんですよね? どうやって知ったんですか?」

 テーブルの向こう側から乗り出して統也に迫る。

「スカウトの時に支部長からもらった資料」

「それ、帰ったら処分しますからね」

「マジかよ」

「マジです」

「それは残念だ」

「何が残念なんですか!」

「まだ隊員一人しかいねえから。今後も使うかもしれないし」

「そんなの直接見た方が速いじゃないですか」

「スリーサイズを? お前マジで何言ってんの? 大丈夫か」

「違います! なんて勘違いしてるんですか」

「わかったわかった。帰ったら支部長に返すよ。必要かと言われたら、いらない部類に入るしな」

「はぁ……よろしくお願いします」


 一段落付き、昼食を終えた統也たちは新幹線のチケットを取り、青森行きホームにて待機していた。

 平日の昼時のホームは異様に空いている。

 あたりを見渡してもちらほらと人がいる程度だ。

 その分、軽蔑視されることもなく気が楽でもある。統也に関しては、例えどれだけの民衆が嫌悪の視線を送ろうと平然さを保っていそうだが。

「まだ時間ありますね」

「ああ、そうだな」

 次にくる新幹線の時間が表示される時刻表を見上げた朱里がぽつりと呟いた。

「喉渇きました」

「そうか」

「私財布持ってないのですが……」

 学園内では生徒たちが財布を開くような展開はないため、どの生徒も財布を常備することはない。先ほどから支払いは全て統也が行っているが、その統也も普段は財布を持ち歩いてはいない。

「そこに自販機あるぞ」

「お金がありません」

「カツアゲとか勘弁してくれない?」

「そうだと思いましたっ?」

「まぁ、うん。そうだな」

「偏見です!」

「それじゃあ何をしたわけ?」

「お金をせびった?」

 苦笑いを浮かべ、統也の顔色を覗き込む。

「いくら経費で落ちるからと言って、使いたい放題ってわけじゃねえんだけどな……。ほらよ。好きなもの買ってこい」

 ポケットから財布を抜き取った統也はそれをそのまま朱里に放り投げた。

 予想だにしていなかった統也の行動に驚かされ、あたふたと財布を受け止める。

「なんで財布ごと渡すんですか!」

「驚くことでもないだろ。あ、ちゃんと返せよ」

 眉間にしわを寄せて忠告するように口にする。

「ねこばばすると思ったんですか!」

「あ、俺の分コーラ頼むわ」

「人の話聞いてない!」

「缶の奴でいいよ」

「どうしてそこまでマイペースなんですかっ?」

「やっぱ別の奴にしようかな……」

「少しは話を聞いてください!」

「冗談だ。少しからかっただけだよ」

「はいはい。コーラでいいんですね?」

「ああ」

「わかりました」

「いや、ちょっと待て……」

 あごに手を添えて深く考え込む。

「早くしてください」

「コーラで」

「わかり……」

「やっぱ変えようかな……」

「コーラですね! はい、コーラ買います!」

 統也のおふざけに朱里は機嫌を損ね、女の子らしくないがに股で自販機へと歩いていった。

 その後ろ姿を見て統也は微笑した。

「やりすぎたか?」

 流石に朱里の機嫌を心配してみた。

 こうして統也が悪ふざけを含めて会話をする事は滅多にない。それは統也がこの瞬間を楽しんでいるという証拠だ。

「先輩、買ってきましたよ」

「ありがとさん」

 缶を受け取り、そのまま受け取った手の人差し指でプルタブを開ける。

 プシュっ、と炭酸飲料特有の軽快な音が鳴る。

「すごいですね」

「は、何が?」

 缶を口に付けながら朱里の感心に疑問を抱いた。

「いえ、私は片手で缶を開けられないので」

「指の力がそれなりにあればできるぞ。非力ならギフトでも使って身体強化でもしろ」

「そんなことのためにギフト使うんですか?」

「ダメか?」

「そんなこと誰もしませんよ!」

「へぇ、初めて知った」

 その後もガミガミと朱里の言葉を耳に入れながら新幹線の到着を待ち望んだのだった。


         ◆


 揺れ動く人の波の中に統也たちはいた。

 与えられた情報を元に保護対象の居場所へと向かう予定なのだが、座標によると目標の住居は現在地からあまりにも離れていた。

 電車で二時間以上かかるらしい。

「先輩、どうするんですか?」

「行くしかないだろ」

「でも、帰りの電車大丈夫ですか?」

「最悪野宿だ」

 行くところが行くところだけに電車の本数が極端に少ない。途中までは通常と同じなのだが、一定のラインを割るとそこから人口の過疎化もあり、一時間に一本もなくなってしまう。加えて終電の時間が早い。向かう電車はあっても帰りの電車がなかったりするのだ。

「野宿って……今まだ五月ですよ」

「仕方ないだろ。田舎にホテルは愚か、ネカフェもねえよ」

「ネカフェで寝泊まりするつもりだったんですかっ?」

「牛タン代の埋め合わせ? ほら、そうした方が心置きなく帰りも牛タン食えるぞ?」

「本当ですか?」

「笑顔になるな、笑顔に。可哀想になってくるだろ」

 人ごみに紛れて道行く中、二人は些細な会話で場を繋ぐ。

 この場では誰もが先へ先へと向かっているおかげで統也たちが注目されることはなかった。仙台とは違い、支部がないことで制服に見覚えがないことが一番の理由であろう。

「……ようやくきたな」

〝……っ?〟

 何者かが統也の横を通り抜けた際、耳元で囁いていた。

 あれは間違いなく統也に向けて放たれた言葉だった。

 慌てて振り向いた先に怪しげなローブに身を包んだ姿の主が人ごみの中で統也に身体を向けていた。フードの奥から覗く淡い灼眼。

〝今の……〟

「先輩、どうしたんですか?」

 先日、雅子の話の中に出てきたもう一つのギフト反応。

 刹那、警報が街にけたたましく鳴り響いた。

『スティーラーの出現が確認されました。ただちに避難を開始してください』

 繰り返される避難勧告。

 血相を変えて逃げ惑う民衆の中、統也と朱里はまっすぐに空を見上げていた。

 空を覆うスティーラーの大群。相変わらず夥しい気配は顕在している。赤く光らせた獰猛なる瞳は自身らを見上げるギフティアたちに向けられている。

「人民の避難が優先だ。怪我一つさせるなよ」

「はい」

 素早くインカムを取り出し、東北支部に連絡を繋ぐ。

「こちら特別専攻小隊隊長古河統也。スティーラーの大群と遭遇」

『古河くんか』

「支部長ですか」

 コールに対応したのは支部長である雅子だったらしい。聞き覚えのある刺々しい響きが彼女だと判断できる材料となる。

『当然、スティーラーの反応はこちらでも確認している。数はそれなりのようだが、援軍は必要か?』

「聞くまでもないでしょ。それ」

『ふっ、そうだったな』

「来るのに何時間かかるんですか」

『そっち……』

「え? 他に何が……」

『はぁ……まあいい。君なら大丈夫だろう。くれぐれも無茶はするなよ』

「了解です。……交戦を開始します!」

 耳に当てていたインカムをポケットにしまい込み、腰のバックルへと手を伸ばす。

「こい! 《トランスクルーエル》」

 瞬間的に転送された機械仕掛けの剣が空中に浮いている合間を利用して右手に革手袋をはめて剣のグリップを握る。皮の素材とグリップがジャストフィットし、十分な力が発揮される。

 虚空に斬撃を撃ち込み、鈍い重音が肌に染み込む。いつもと変わらないことを確信し、今一度剣を構えた。

 その横で、朱里もまた腰のバックルに手をかざす。

「《イフリート》!」

 両手に召喚された二挺拳銃。どちらも見た目も仕組みもまったく同じ黒の拳銃だ。

「俺が前に出る。お前はこぼれを処理してくれ」

「了解」

 人が掃け、空っぽになった歩道は非常に広大な空間だ。車を乗り捨てしている者も多数いるため、道路は空いていない。

 ここで派手に暴れて色々と破損させるのは賢い選択ではない。

 ビルに目をやった統也は、ギフトを発動させて身体能力向上を駆使し、即座に走り出す。

 ガラス張りの高層ビルを土足で駆け上がっていく。常人では為せない芸当。これもすべて恩恵、ギフトによるおかげだ。

 スティーラーたちと同じ高さまで上り詰めると同時に壁を強く蹴り込み、一気に距離を詰める。

〝この数は面倒だな。トランス。タイプロング〟

 漆黒の剣の接続部が青白く輝き、変形していく。

 刀身が細くなった代わりにそのレンジは従来の二倍以上まで増強されている。このタイプならば、一度の振り抜きで何体もの相手を巻き込むことが可能だ。

 空中で剣の重心を利用し、大きく旋回。巻き起こした小竜巻をロングブレードに載せてスティーラーらを斬り裂いていく。

 無数の淡い光の爆発を突き抜けて地上へと落ちていく統也を控えていたスティーラーが狙い打つ。

 しかし、それこそが統也の狙い。

 空中で動けない今、統也を打ち取るチャンスではあるだろう。だが、スティーラーたちは知らない。統也がその程度で落ちるほど柔な存在ではないことを。

 牙を向け、その身を貫こうとする攻撃を剣で弾く。

 重力と衝撃の追撃により地上へと近づくスピードが加速する。

 しかし、攻撃を受け止めた際に自身が飛んでいく軌道を変更していたため、統也は斜めに落ちていっていた。

 辿り着いた建物の一角に足並みを揃えた瞬間にリスタートを切るように強力な跳躍力で再翔する。風を切り、重力に逆らいながら攻撃を終えたばかりのスティーラーに標準を揃える。

〝トランス。タイプドライブ!〟

 統也と目標間を移動する時間で変形を終えて一刀両断。

 爆発が背後で起こり、その爆風に軽く吹き飛ばされるも、受け身を取り次なるターゲットに狙いを定めた。


 朱里の二挺拳銃には実弾が装填されていない。

 専用に作られた二つの拳銃はギフトを装填することで、使用者のギフトに合わせた銃弾を生成するようになっている。

 炎を扱う朱里の銃弾は火炎弾というわけだ。

 火炎弾といっても、放たれた瞬間から発火しているわけではない。

 銃口から放たれる銃弾自体は一見すると普通の銃弾と変わりない見栄えをしている。だが、その銃弾は着弾と同時に真の姿を見せ、爆発するように炎を現す。

 小さな炎は一瞬で爆炎へと変貌し、敵を焼き尽くす。

 たった一発でも当たれば通常のスティーラーなどすぐに消滅する。

 Aランクの力は伊達じゃない。格下の統也とでは戦い方が根本的に違うのだ。

 戦況を一度にひっくり返すことができるようなギフトを持っているわけでもない統也は自身の力を極限まで鍛え上げ、その身を酷使して戦う。それとは対象に朱里はギフトを中心とした効率的な戦いをしているのだ。

 それでも撃破数でAランク小隊よりも統也が上回っていたのは彼女たちが安全を第一に戦っているからだ。

 第一にして、統也の戦い方は戦術的には褒められても人間の戦い方としては褒められたものではない。単身で敵の中心に飛び込み、すべてを引きつけてすべてを蹂躙する。捨て身の神風特攻そのものだ。

 彼女たちがローリスクローリターンで戦っている中、統也だけは常にハイリスクハイリターンで戦闘を続けている。

 そもそも統也のギフト自体戦闘向きの能力ではない。それも大群を敵にした戦闘など統也の管轄外そのものだ。

 統也が編み出した剣術もギフトも対人用に近い。

 スティーラーとの交戦を視野に入れたように作られたとは決して思えない。それでも統也は戦う。

「先輩、決めましょう!」

「わかった」

 空中で戦う統也は、一体のスティーラーを踏み台にしてさらに高度を上げる。

 頂点に達すると重心を一気に傾けて剣を盾に落下していく。

 それに釣られてスティーラーが統也へと群がっていった。けれど、勢いに身を任せた突撃を止められるわけもない。群れの中心を突き抜けていき、最後には真横を抜かれ、唖然としているスティーラーだけが残った。

「《イグナイトフレア》!」

 朱里の手から放たれた豪炎が広範囲に及び、一帯に屯っていたスティーラーをすべて焼き尽くした。

 無数の爆発が上空を覆う光景を地上から眺める。

 スティーラーが消失する際に生じる爆発の色は、玉虫色。はたから見ていれば花火のようで綺麗に思える。

 殲滅完了を確認した統也は手に持っていた剣を転送した。

「やりましたね、先輩」

 嬉々として走って近寄ってくる朱里を一瞥し、微笑する。

「お疲れさま」

「ちょっと、なんでそんな他人行儀なんですか」

「おいしいところ全部持っていかれちゃったな〜って」

 統也が倒したスティーラーは最初の数体のみ。あれだけいたスティーラーはほとんど朱里が倒したことになっている。

「そんなこと気にしてるんですか?」

 自分の功績を気にすることのない朱里からすれば、統也の言動をうまく理解することができない。

「いや、特に気にしてない」

「どっちなんですか」

「さぁ、どっちだろうな」

 曖昧な返事をし、統也はポケットからインカムを取り出した。

「ちょっ……」

 何か言おうとした朱里をハンドシグナルで黙らせる。

 不服そうな表情に対してこくりと頷く事で大人しくさせた。

「こちら古河統也。スティーラーの殲滅、完了しました。避難勧告はとりさげてください」

 伝えるだけ伝え、返事を待たずして通信を切り、ポケットに押し込んだ。

「俺たちの仕事は終わりだ。行くぞ」

「は、はい」

 一人歩き出す統也の後を追いかける。

 黙々と歩く統也の思考はスティーラーの襲撃の前にすれ違ったローブの男で埋め尽くされていた。まるで彼奴がスティーラーを呼び寄せたような。

 何者かはわからないが、存分に警戒する必要があることは確かだ。

「ところで先輩、これからどこへ行くんですか?」

 統也の手前に回り込み、進路を封鎖した上で問いかける。

 歩きながらでいいだろう、と思うも、わざわざそれを伝えて時間を食うのも何故だか癪だった。

「保護対象の高校だ」

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