第5話 小隊結成

 目が覚めると、そこには見慣れない天井があった。けれど、そこがどこか知らないわけではなかった。

「そういや天音に勝って……それからどうしたんだっけ?」

 統也に気絶直前の記憶が残っていない。

〝確か紅と何か話したよな。なんだっけな?〟

 曖昧な記憶だけが脳裏をよぎり、上手く思い出す事ができない。それよりも先ほどまで見ていた平和的な夢の記憶の方が鮮明に残っている。

 考え耽っていると、その部屋の扉が開いた。

「あ、先輩、目を覚ましたんですね」

「それは何、俺が何か悪者にでも操られたって言いたいわけ?」

「どういうことです?」

「いや、なんでもない。聞かなかった事にしてくれ」

『目を覚ました』という言葉の解釈の仕方をあえて変えてみたが、その冗談は朱里に通じなかったらしい。

「俺、どれくらい寝てたんだ?」

 現在、統也がいるのは青葉南高校直営の医療施設。いわゆる、病院である。戦闘で負傷者が出たり、今回のケースのように模擬戦で起こってしまう不慮の事故に対する配慮として十分な設備が用意されている。

「半日くらいでしょうか?」

 統也のベッドの横にある椅子に腰掛けながら言った。

「それじゃあ、夕方に眠って昼前に起きたって感じか」

「そうなりますね。安心してください。今日は土曜日ですから授業はありませんよ」

「別にそれは心配していない。ここで寝ているか机の上で寝ているかの違いだ」

「それはいち学生としてどうなんでしょうか……」

 呆れた顔で統也を見据える朱里。

 そこで会話が途切れ、空白の間が生まれる。

「コホン……」

「どうした?」

 わざとらしく咳をした朱里に統也が尋ねる。

「先輩、あのですね……」

「なんだよ。堅苦しいな」

「先輩にラフな態度を取るのもどうかと思いますよ」

「わざわざ返さなくていいぞ。真面目か」

「わかりました。それで、スカウトの件ですが……」

「そうだったな。言ったかどうかは忘れたが、お前が嫌なら断ってくれて構わないぜ」

「べ、別に嫌というわけではありません。ですが、本当に私でいいんでしょうか?」

 戸惑う朱里を見て、統也は鼻で笑う。

「お前がダメなら最初からスカウトなんてしてねえよ。なんでどうでもいい奴のために身体はって痛い目に遭わなきゃいけないんだよ」

 統也の皮肉めいた言葉を受け、朱里は数刻止まる。

「九条隊長は私がASGに入隊して真っ先に私を小隊に誘ってくれました。たかだか、ギフトの力がAランクなだけで、他が優れているわけでもない私を。最初の実技テストで色々と上手く行かず、どこにも所属できないと思っていました。それでも、そんな私を小隊に入れたいと言ってくれたんです。そんな隊長を……。私はどうすればいいのかわかりません」

 悲壮な表情を浮かべる朱里。

「行きなさい」

「え?」

 困っている朱里に後押しする声援を送ったのは、現在朱里が所属するAランク小隊の隊長、九条天音だった。

 統也の病室の扉に寄りかかり、腕を組んでいる。

「まったく、あんたいつまで寝てるつもりだったのよ」

「悪いな。ダメージ自体はお前よりずっと重かったわけだし」

「それもそうね。ほんとソニックブームを身体能力向上だけで受け切るなんて何者よ。死ねばよかったのに」

 統也のベッドの近くまで歩きながら、忌憚のない言葉を吐く。

「……朱里、私たちの事はいいから、こいつと一緒にいなさい」

「隊長……」

「あなたはAランク小隊に収まる器じゃないわ。正直、私からあなたに教えられる事なんてほとんどないし」

「……はい」

 天音の言葉に朱里は頷く。

「お前がそんな事を言うとは驚きだな」

「自分ばかり磨き続けてきた私に誰かを育てるなんてそんな大層な真似はできないから」

「それなら俺も同じだが」

「あんたは人の事を見ているじゃない。私は表層的に見ていてもその内面までは見抜く事はできないわよ」

「随分と過大評価してくれるじゃねえか」

「私に勝った相手を評価しないなんて、おかしな話だと思わない?」

「運が良かっただけだ。次はわからないさ」

「全力じゃなかったくせに?」

「うるせえな。全力出してたらあと二日寝込んでたぞ。俺が」

「一体何を隠し持っているのかはわからないけど、しっかりやりなさいよ。あなたは隊長なんだから」

「それはお前もだろうが」

「まぁ、頑張りなさいよ」

 それだけ残すと、天音は背中で手を振って病室から出て行った。

「なんだったんだあいつ……」

「隊長なりの激励じゃないですか?」

「ヘタクソすぎるだろ。ただの煽りにしか聞こえねえよ」

 朱里が統也の言葉にくすりと笑う。それに呼応するよう、統也もまた頬を弛緩させた。

「先輩、これからよろしくお願いします」

「ああ、俺の方こそよろしくな」

 互いに挨拶を済ませ、二人は今一度顔を合わせて笑った。


         ◆


「君にしては上出来じゃないか。まさか期限内に一人確保できるとは思わなかったぞ」

 雅子が実に愉快そうに言葉を発す。

「できないと思ってたなら、もう少し期限くれてもよかったんじゃないですか?」

「そういうな。君の事だ。二週間与えていたら一週間ぐらい何もしていなかっただろう」

「わかりませんよ? 俺を舐めないでください」

「一体君のどこからその自信がわいてくるんだ……」

 額に手を当て呆れてみせる。

「ともあれ、本当によくやったな。これでひとまずは形だけでも繕えた事になる。早速だが、君の小隊に任務を用意した」

「マジすか? 俺、今日退院したばかりで本調子じゃないんですけど」

「御託を並べるな。そんなタマじゃないだろう、君は」

「いや、わりとマジですよ。ソニックブームめっちゃ痛いんですよ。下手したら骨折れてたんですからね」

「骨折程度すぐに治せる技能はこの東北支部にもあるが」

「そういえばそうでしたね。関東に完敗してるもので、そこらへんの市民病院クラスの設備しかないものだと思い込んでました」

「君はそこらへんの市民病院をなんだと思っている」

「診断してクスリを配るところですかね」

「人聞きが悪い言い方だが、あながち間違っていないからなんとも言いようがないな」

「それで、任務ってなんですか?」

 統也がすごく嫌な顔で質問する。あれだけ嫌がっても結局は引き受けてしまう。今回の小隊編成の件もそうだ。真に嫌なら逃げる事もできたが、しぶしぶ引き受けている。あれもこれも、雅子による脅迫と誘導の賜物だ。

「先日、東北地方北東部、青森県にてギフト反応を探知した。それも二つだ。一つは今も尚観測する事ができるが、もう一つは突然ロストしてしまっている。ひとまず、君の小隊には新たなギフティアの安全を確保した上でこちらへと引き渡してもらいたい」

「顔と名前、そして居住地は?」

「既に特定済みだ」

 雅子は返事をしながら、デスク上のノートパソコンを操作し、モニターに今回の保護対象を映し出す。

「雪村花梨……」

 モニターに映し出された女子の名前を読み上げる。

 年齢は統也と同じ十七歳。黒髪ロングの女の子だ。現在在籍している高校の名前まで丁寧に調べられている。個人情報保護法など無視しているも同然だ。

「保護任務は久しぶりだったか?」

「はい。昔小隊に所属していた時以来ですね」

「段取りを知っているだけ十分だ」

「でも、保護任務はBランクやCランク小隊の仕事ですよね?」

 かつて統也がCランク小隊の時に任務として当てられたことは記憶に新しい。

「それが今回特別専攻小隊を創立させたことに繋がる」

「完全に雑務を押し付けるだけじゃないですか」

「言っただろう? 確認された反応は二つだと。以前にも同じ事例があった。その際はこちらが人員を用意している間に二つとも反応がロストしてしまったのだ」

 雅子の表情は真剣そのもの。

「つまり、もう一つの反応を持つ奴が何か手を引いている可能性があるというわけですね?」

「そういうことだ。ギフトに感染した時点で本人も自分がギフティアになってしまったことに気づく。一応訓練を積まなくともギフトを用いた力をある程度は使用できる。ある程度の抵抗は可能なはずだ」

「それでも現に消えてしまっているという事は、相手の力が強大であると」

「そういうことだ。BランクやCランクでは逆に返り討ちにあってしまう可能性もあると踏んだ我々は念を押し、特別編成部隊を用意する事にしたのだ。それが特別専攻小隊さ」

「了解しました」

 トントン、と指で机を突ついた雅子は何かを一生懸命思い出そうとする素振りを見せた後、一人納得した顔をして話を進めた。

「君の小隊の紅朱里だったか? 彼女はまだ一年生で経験が浅い上に保護任務は今回が初めてだろう。君がしっかりサポートしてやりたまえ」

「わかってますよ」

「妙にずる賢い君なら心配する必要などないかもな。だが、余計な事は教えるんじゃないぞ」

「善処します」

 ギロリと睨み釘を刺す雅子の視線を軽く受け流し、肩を笑わせた。


        ◆


 ラウンジのテーブルで一人突っ伏している少女がいた。

 いつもなら訓練場でAランク小隊のメンバーとともに特訓に励んでいる時間なのだが、先日を以て脱隊した朱里にその義務、権利が奪われていた。

 なら代わりに新しく入隊した小隊、特別専攻小隊の特訓に参加すればいいのだが、生憎小隊メンバーは二人だけで、更に残りの一人は呼び出しを喰らっている。

 隊長である統也に食堂のラウンジで待っていろと言われたため、こうして授業が終わってからずっと待っているのだが、一向に彼の姿は現れない。

「ふぁぁぁぁ……今日も学校疲れたな〜」

 大きくあくびをかましながら、固まった身体をほぐすように背伸びする。

 中学から高校に進学したばかりの朱里からすれば、授業も一変し、一日に感じる疲労量に慣れていない。いわゆる、明日台風でもきて休校にならないかなスタイルだ。全寮制といえ、教師軍がこられないため、休校の可能性はあり得る。

「学校休みにならないかな〜」

 遠く先にある夏休みを恋しく思ってしまうほどだ。

「休めるぞ」

「……え?」

 声のする方角へ首だけを振り向かせると、そこには相変わらず気の抜けた表情をしている統也が立っていた。

「休みたいんだろ? 学校」

「休めるなら休みたいですけど、ずる休みはごめんですよ」

「ずる休みって、小学生かお前は」

「小学生じゃありません! サボリは嫌ですサボリは」

 統也に指摘され、慌てて言葉を直す朱里。自分でも今の表現は少し幼稚だったと自覚したらしい。

「サボリじゃない。公欠だ」

「公欠……?」

「知らないのか?」

「はい。知りません」

 きょとんとした剣幕の朱里を見て、ため息をつく。

「公欠ってのは公認欠席のことだ。実際は欠席だが、出席扱いになるシステムのことだ。土曜日も授業がある学校だと、部活の試合が土曜にあるからと公欠を取れるところもあるんだよ」

「それはいいですね」

「そういう奴らはそもそも土曜も授業がある時点で負け組だが」

「それで先輩、その公欠が私と何の関係があるんですか? 私、部活には所属していませんよ?」

 ASGに部活を掛け持ちしている生徒はいない。ASGに部活と併用していられるほどの余裕はないからだ。

 故に、朱里が言ったことは統也からすれば愚問に値する。

「任務が入ったんだよ」

「任務……ですか?」

 イマイチピンときていない様子の彼女を見て、統也は朱里が、保護任務が初めてであった事を思い出した。

「青森まで新たなギフティアの保護および確保に向かう。明日には出るぞ。最低限の荷物をまとめておけ」

「荷物というと、どのくらいですか?」

「しおり、必要か?」

 統也の言葉が自分を馬鹿にしているものだと気づき、むっと頬を膨らませる。

「必要ありません!」

「そうか。作る手間が省けて助かった。まぁ、そんなもの作ったこともないし配布されたこともないからな」

「先輩、それで何泊するんですか?」

「わかんねえ」

「え?」

「わかんねえ」

「は?」

「だからわかんねえ」

「なんでですか?」

「ギフティアが学園まで同行するかどうか決めるのは本人の自由なんだよ。だから一泊もしない可能性だってあるし、もしかすると一週間かかるかもしれない」

「そういえば私も承諾を求められましたね」

「だろ?」

 統也が同意を求めたところで、ヒクッと朱里の顔が固まった。何か思い当たる節で嫌なことがあるようだ。

 まさかとは思いながらも、恐る恐る尋ねる。

「もし、同行を承諾してもらえなかったら?」

「してもらうしかないな」

 朱里に目を合わせず、下を向いて話す。

「それって……」

 口角ひきつらせヒクヒクさせる。

「一生帰れないなんてことは……」

「最悪卒業までには帰れるから。安心しろ」

「それで安心できますか!」

「仕方がないだろ。ギフティアでいるだけでもスティーラーに狙われるんだ。そのまま放っておくはわけには行かないだろ」

「そうですけど……」

「流石にスティーラーの襲撃を受ければ、嫌でも同行したくなるから大丈夫だろ」

「その解決方法はどうかと思いますけどね」

 統也のあまりに非道的解決法には賛同できないようだ。あれほどまでに帰還できないかもしれないことを嘆こうと、非人道的な行為にはでられないらしい。

「大丈夫だ。保護対象が承諾してくれずに帰還できていないケースなんて今まで……いや、ちょっと待てよ……」

「あるんですかっ?」

「……ま、まあな。ないわけじゃない」

「異様に心配になってきました」

「なんとかはなるから大丈夫だ。最低限の節度って奴は守ってやるよ」

「お願いしますよ」

 しぶしぶ納得する。

「お願いされた」

「それで、今日はどうするんですか? 二人となるとどこかの小隊に混ぜてもらうのがいいでしょうか?」

「ん? なんのことだ?」

「何って、特訓のことですよ。決まってるじゃないですか」

 まるで特訓する事がさぞ当たり前かのように朱里は語る。

「いやいや、明日のために休むとかしろよ」

「夜に休みますよ」

「どうしてそんなに特訓したいんだよ」

「先輩こそ、どうしてそんなに特訓を避けようとしているんですか」

「したくないから」

「即答。そしていい加減すぎる……」

「今日はやめておこうぜ。支部長のところに呼ばれて疲れてんだよ」

 露骨に嫌そうな表情を作る統也。

「日々の鍛錬を怠ったら、いつそのツケが回ってくるかわかりませんよ」

 もっともらしいことを言って統也の気を変えようと目論むも、そのような小細工が統也に通じるわけもない。

「いいから休め。嫌なら天音のところにでも混ぜてもらえ」

「そういうわけにはいきませんよ。今は先輩の小隊にいるんですから」

「それなら少しは俺の言うことを聞け」

「納得できないことを押し付けられても従えません」

「納得できる理由が欲しいのか?」

「はい」

「この前の戦いで怪我したところがまだ完全に治っていなくてな。完治までもう少しかかりそうだから激しい運動は控えるように言われているんだ」

〝嘘だがな。もう完全に治っている〟

「そうだったんですか……」

「と、いうわけだ」

「それなら、私の特訓に付き合ってください」

「はい?」

 誰がそんなことを予知できただろうか。統也の脳内は非常事態に際して、大幅な修正を入れるべくヒートアップしている。

「だから、私の特訓を見てください」

「なんで?」

「先輩、強いですから」

「いや、お前も十分強いよ」

「自分より強い人に見てもらう方がいいじゃないですか」

「これ以上強くなる必要がどこに?」

 統也と朱里、二人はスティーラーと戦う分に必要な力は十分に兼ね備えている。

 冬期に行われる全国の支部から集められた代表選手で開催される交流戦があるが、統也はそれに参加するつもりなど毛頭ない。これ以上強くなる必要などないのだ。

「いえ、あれだけ凄いものを見せられて今のままでいようとは思えなくて……」

 どうやら原因はこないだの統也対天音のエキシビジョンマッチにあるらしい。

 そうなると、朱里の情熱を抑えるのは統也の責任となる。

「仕方ねえな。ちょっとだけだぞ」

 折れた統也は虚ろな瞳で言った。

「はい! ありがとうございます」

 それからというもの、結局統也は何時間も朱里の特訓に付き合わされ、終わったのは寮の夕食の終了時間ギリギリだった。


 

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