第3話 引き抜きスカウト

 その日の授業、珍しく統也は起きていた。

 普段は机に突っ伏している統也の姿を見て怒りのボルテージを高めていた教壇の上の教師は今日もまたボルテージを高めている。

 いつもは寝倒しているというのに、今日に限って起きているというのが気に食わないのだろう。

 統也からすれば普段から苛ついていることを知らないため、今日もまた統也に対し怒りを覚えていることにすら気づいていない。

 授業を起きていても、統也の思考は上の空だ。

 起きていようが起きていなかろうが、結局黒板の文字など目に映ってはいない。

 頭の中を過るのは特別小隊のことばかり。

 理事長の雅子が統也に課した期限は今日が最終日。今日までに少なくとも一人でも小隊メンバーを確保しなければならない。

〝目星はついちゃいるんだが……〟

 統也はこないだの一件から朱里への評価を高めていた。Aランク小隊から引き抜くのは色々と〝問題〟がありそうだからと適当に資料を眺めていた程度だったが、彼女の素質はその資料とはかけ離れていた。

 Aランク小隊にいさせるのは勿体ないほどの逸材だ。

 おそらくそれは〝アイツ〟も気づいているだろう。だからこそ手放そうとは思わないはずだ。

 しかし、今の統也に朱里という選択肢以外何もない。選ぶことはできても彼女以上に統也を満足させられる者はいないだろう。

「どうしたものか……」

 ぼやくように呟いた統也の声が静かな教室にじんわりと伝わる。

 勿論、教壇のお天道様はお怒りのご様子だ。小さく「何がどうしたもんか、じゃ」と不満を漏らす。これもまたクラス中に聞こえるほどのボリュームだったが、考え事に忙しい統也の耳には届いていなかった。それがまた、ボルテージを引き上げるのだったが。


 今日も今日とて高校過程の内の一日を終える。また明日の朝八時までは自由な時間が訪れる。とはいえ、ASG所属の統也には自由な時間など今のところ永遠にこない。いつ襲来するかわからないスティーラーへの対応として二十四時間稼働中だ。ブラックにもほどがある。

 大事な用の前に、かり出されるゴミ捨てへ。もはや日課になりつつある現状だ。統也も統也で自分の役割だと認識し始めている。これぞ洗脳。

 首の骨をならしながらも階段を下っていく。

 足取りがいつもより少し早い。

「……面倒だろうな」

 この後の展開を推測する統也はやれやれと首をすくめる。

 紅朱里をAランク小隊から引き抜こうとすれば彼女は黙っていない。Aランク小隊隊長である九条天音。彼女を如何に黙らせるかが問題だ。

「あ、先輩」

 打開策を模索しているところに、一人の少女が通りかかる。

「お前は……えっと……」

 階段の先に立っている紅朱里の名前が出てこない。そもそも、統也は今の今まで彼女の名前を知らないことに気づいていなかった。

 統也の不自然な間に朱里が察する。

「一年の紅朱里です」

「どうした急に名乗って?」

 瞬時に統也はとぼけてみせる。これからスカウトにいこうとしていた人物の名前を知らないようでは失礼だ。現に知らなかったことがバレるわけにはいかない。

「いえ、この前は名乗る機会がなかったなと思ったので」

「そうか。それは律儀だな。俺は資料に目を通してるから大丈夫だぞ。……えっと」

「紅朱里です」

「ああ、そうだったな。すまない。ど忘れだ」

 盛大な嘘をつきながらも階段の続きを下りる。

 統也の顔があまりにも白々しく、明らかに嘘を隠すつもりもないことに朱里は気づく。そんな態度に呆れることもできず、他の話題を切り出す。

「ここでよく会いますね」

「そうだな」

 鋭角な切り返し。

 統也が放つそれはキラーパス中のキラーパスだ。会話のキャッチボールを続けるつもりを感じることができない。

「すいません。話す気あります?」

「あるけど……」

 朱里の冷たい視線に統也は少々顔色を窺う。

「ないですよ。先輩の言葉にはそんな感情一切感じられません!」

「そうか」

「それですよ! なんで一言しか発しないんですかっ?」

「そういわれてもな」

 完全に朱里の意思を蔑ろにする返事。統也以外に統也が会話を続けようとするつもりがあるとは思えない状況だ。

「そういえば、お前どうしてこんなところにいるんだ?」

「え? 私ですか?」

 突然話題を切り替えられ、きょとんとする。

「職員室に用事があったので」

 統也が下りている階段の近くには職員室が位置する。それならば、ここで出会ったことの確率がそこまで低いわけではないと考えられる。

「そうか。この後は訓練所か?」

「はい。最近隊長が活気だっていて練習メニューが少しハードになっているんです」

「天音の奴、そんなに張り切ってるのか。関心だな」

「先輩、隊長とお知り合いなんですか?」

 統也が天音のことを呼び捨てにすること朱里は注目した。

「まあな。去年同じクラスだったんだよ。それに、あいつはこの学園でも相当な有名人だからな」

「そうですね。隊長、すごいですから」

「ああ、あいつはよくやってるよ。それじゃあ、天音の奴によろしく」

「はい、失礼します」

 別れの挨拶を告げ、統也は朱里が歩いていく姿を見送ってからゴミ箱を下まで運びに戻った。朱里と会話を若干ながら弾ませたことで帰りが遅くなり、女子から小言を言われたが、彼女らもそれほど怒っているようではなかった。


 人気が少ない道を通り、訓練場であるドームの入り口を通り抜けていく。

 IDカードをかざし、認証を受ける。

 ガラス張りになっている廊下から見下ろせるトレーニングルームを横目に進んでいく。

 朱里の言葉の通り、Aランク小隊のメンバーは張り切って訓練しているらしい。この学園で最強を誇るAランク小隊の訓練が弛んでいるようでは下の者に示しがつかない。今の姿こそが彼女らのあるべき姿だ。

 廊下の奥まで進み、階段を下って更衣室へと向かう。単に更衣室と行っても九十九%女子しかいないこの場に男子用の更衣室など存在しない。いわば統也専用の更衣室だ。昨年の冬、統也が転校してきたことにより、急ピッチで設置された狭い空間ではあるが。

 物置ほどのスペースに入ると、ロッカーを開ける。

「相変わらずここは狭いな」

 統也は普段この訓練場で修練に励むようなことはない。第一に周りが女子ばかりで目のやり場に困ることと、もう一つはこの更衣室の居心地の悪さだ。

 その狭さ故に、注意していなければうっかり脱衣の際に肘を壁にぶつけてしまう。

 制服を脱ぎ、ロッカーの中にあるトレーニングウェアに着替える。

 腰には統也の制服のベルトに装着されているものと同じバックルがついている。これもまた統也の武器を召喚する機能を持っている。

 着替えを終えた統也は更衣室(物置)を出てトレーニングルームへと足を運ぶ。

 日差しを完全に遮断した建物であることに加え、冷房が効いているため廊下はやたら涼しい。

 トレーニングルームの入り口であるガラス張りの扉を押し込むことで入室する。

 その瞬間、統也の肌に触れる空気が変わる。

「あっつ……」

 完全に閉め切った上に減圧されている部屋。

 スパルタな環境だ。酸素が薄く、消耗が早いこの部屋は体力増強を視野に入れて作られている。無論、このルーム以外にもトレーニングできる場所もあり、他の場所はここのように減圧されてはいない。

 体育館ほどに広いトレーニングルームには何組もの女子たちが鍛錬を重ねていた。

 廊下を歩いているうちにお目当てがどこにいるのかわかっていたため、わざわざ首を振って誰かを探すような真似はしない。

 目当てに目を向けた先で、ある女子が統也に厳しい視線を向ける。

「何しにきたのよ。統也」

「何しにって、ここはトレーニングルームだろ?」

「質問に答えていないわよ」

「相変わらず厳しいな。お前は」

 交わす言葉には幾度も繰り返された嫌みの応酬の跡が残っている。

「それで、何しにきたの?」

「わかっていることを聞くのは野暮じゃねえのか」

「私がそれを認めると思っている?」

「認めてもらわなきゃ困るんだよ」

「一体何が困るのかしら? 今まで小隊に属すこともなく一人で戦ってきたあなたが今更どういうつもりかしら?」

「支部長命令でな。俺もそんなに乗り気じゃないんだが、やるなら妥協するつもりはない」

「だからといって私の小隊に手を出すのを許すことにはならないわよ」

 二人の間にあった距離もじりじりと縮まっていき、互いの視線の先で熾烈な火花が迸る。

「隊長に先輩、どうしたんですか?」

 そこへ遅れてやってきた朱里が二人の合間に割って入る。

「朱里じゃない。遅かったから心配したわよ」

「はい、すいません。用事がありまして」

「そう? それじゃあ皆に混ざってトレーニングを始めて頂戴」

「あれ? 隊長は……」

「私はこの邪魔者を排除してから戻るわ」

 朱里に視線を向けることなく、朱里と話しながらも統也に眼を飛ばし続けていた。

「せ、先輩。これって一体……」

「朱里、こいつと話さなくていいから。早く行きなさい」

「は、はい……」

 尋ねにくそうな天音から統也へと標準を変えたが、事の経緯を尋ねる事自体がNGのようだ。

 呆気にとられながらも大人しくその場はひいておくことにした。

「随分と頭ごなしに扱うんだな」

「あら、揚げ足をとるの? 男らしくないわね」

「女子率九分九厘の学園にいて男らしさを保つ方が難しいですわね」

 あえて女子らしい口調に変える。挑発のつもりだ。

「喧嘩売っているのかしら?」

「むしろ売ってるのはお前だろ。いつもいつもバーゲンセールのように安っぽい喧嘩吹っかけやがって」

「それを買おうとしているのはあなたじゃない」

「あまりにも安いもんでな。つい買っちまうんだよ」

「それじゃあ、あなたの用件をちゃんと教えてもらおうかしら」

「ああ。お前の小隊、Aランク小隊の……あー……えーっと」

「紅朱里かしら?」

 言葉に詰まる統也を天音が助ける。

「その、く、紅……朱里を引き抜きにきた」

 統也の申し出を聞いていた朱里が少し遠くから「私っ?」と驚く。

 統也と天音の喧嘩はすでに一帯の注目の的となっており、今この場で最大の見せ物と化していた。

「お断りよ」

「そういうと思ったぜ。だがな、これはさっきも言った通り支部長命令でな。今の発言は支部長の発言だと思ってもらって構わない」

「……たとえ支部長命令だとしても断固拒否するわ」

 頑なに統也の申し出を受け入れようとはしない。

「それに、本人の意思も聞かずに話を進めるのは失礼じゃないかしら?」

「それなら既に話は聞かせた」

〝嘘だがな〟

 真剣な表情のまま大嘘をぶっこく統也。朱里にはスカウトの『す』の字も伝えていない。

「ちょっと待ってなさい。……朱里、こっちきて」

 ボリュームの低い声だったが、二人の騒動のせいで静まり返っているこの空間では十分な音量だ。

「はい、なんでしょうか」

 走ってきた朱里は天音に首を傾げて尋ねる。

「こいつがあなたにスカウトの話をもちかけたって本当かしら?」

 天音の質問に、統也は身体をぴくりとさせる。

〝こいつ、直接聞くつもりか〟

 統也からすれば、それは一番バツの悪い行動だ。嘘がバレるのは、この交渉を大きく左右してしまうかもしれない。

 よって、統也はその嘘をどこまでも貫く事にした。

 息を深く吸い込み、一度閉じた瞳を開かせる。

〝頷け〟

 全身全霊を込めて朱里に目力でメッセージを送る。

 天音に身体を向けていた朱里は、天音の後ろにいる統也からの熱烈な視線を受けて頬を引きつらせる。

 それと同時に、統也が何を言いたいのかを察してしまう。

 天音からの質問。さらに統也からの険しい表情から繰り出される視線。加えて統也の骨格を通る尋常じゃないほどの汗。

「はい。されました」

 結局、夥しい統也の視線に負けて朱里は頷く。

 朱里の返事をつまらなさそうに聞き入れ、統也へと身体の向きを直す。

「嘘はついていないようね」

「そういうことだ」

〝大いについているがな〟

 今さっき圧力で一人の純情をねじ曲げたほどだ。

「それで、返事はどうだったの?」

「天音がいいならいいってよ」

 更なる嘘を重ねる。嘘を誤摩化すには更に嘘を重ねるしかない。それが唯一、嘘を嘘として成り立たせる手段だ。

「それじゃあ、私がダメって言ったら?」

「無理矢理にでも頷かせるさ」

「それはつまり、戦うという事かしら?」

「このまま無駄な口論を続けて問題が解決すると思うか?」

「あんたにしてはいいアイディアじゃない。ようやく私と戦う気になったのね」

「できれば戦いたくはないんだがな……」

 はぁ、とため息をつく。

「それじゃあ、十分後に模擬戦形式で決着を付けましょうか」

「いいだろう」

 対戦の約束を交わし、二人は一時の休息を得る。

 約束を交わした直後、天音は統也を見向きもせずにどこかへと歩いていく。

 そこへ、天音と入れ替わるように統也の元へと朱里が急ぎ目に歩いてきた。少々朱里の雰囲気が厳しい。

「どういうことですか!」

「どうもなにも、俺がお前をスカウトしにきたんだ」

「それもそうですが、どうして嘘をつくんですか。一ミリも真実に接していない虚言も甚だしいですよ」

「仕方がないだろ。ああでも言わねえと天音を説得できると思わなかったんだよ」

「それに、私スカウトを受けるとも言ってませんよ」

「なんだ、嫌なのか?」

「嫌ですよ。私が属しているのはこの学園で最高のAランク小隊なんですよ」

「嫌なのはそれが理由か?」

「え?」

 統也の不意をつくような質問に、朱里は戸惑う。

〝私はAランク小隊にいたいだけなの?〟

「俺はお前が強さ自慢したさに戦っているとは思わなかった。紅、お前が純粋に誰かの力になりたいから戦っているものだと思っていたよ」

「それは……違いません! 私は苦しんでいる誰かの力になりたいんです」

「なら、どこの小隊にいたって変わらないんじゃないか」

「そんなことはありません。短い期間ですが、Aランク小隊の皆と過ごしてきたんです。離れたいと思う方がおかしいです」

「そうか。お前の気持ちはわかった。それならお前がどうしても俺のスカウトを断りたいと思うのなら今すぐ天音に、お前の隊長にその意思を伝えてこい」

 統也は朱里の予想以上に淡々としていた。

 天音にはあれだけ思い切った嘘をつきながら、朱里に対しては無理矢理な言動をおしつけるようなことはせず、朱里の意思を尊重しようとしているのだ。

〝先輩はいい人なんだ……〟

 話すたびに伝わってくる。統也がどういう人間なのか。

 感情的な部分が少なく、淡々とした口調で話を進めていく。それなのに時折ふざけた言動も少なくなく、それでいて人の事をちゃんと考えている。

「わかりました。先輩が私の意思を尊重してくれるのなら、私も先輩の意思を尊重する事にします。期待してますよ」

 真剣な表情で喋る朱里を見て、統也が不敵な笑みを浮かべる。

「あとで後悔すんじゃねえぞ」

「しませんよ」


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