2.アガメムノン

いそいで必要な準備をしながら、私は考える。


トリプルロール。あの伝説の夏の最中、どうして社長はトリプルを作れたんだろう。


レインボーソフトの売りは、その滑らかな口どけ。普通に積み上げても、シングルの量を超えた時点で、ソフトはすぐに自重で崩れてしまう。


空調も悪い夏の日に作られた伝説。どうやって社長は?


わたしはもうずっと考えていた。そして一つの結論にたどり着いていた。


伝説の作られた時。それはちょうど、社長が自社でソフトクリームの搾出機を開発した頃と重なるのだ。


私は思う。市販機ではなく、社長自ら開発した搾出機。それは、ソフト搾り出し条件にこだわる社長の意志を、大いに反映させた機械だったのではないか?


ソフトクリームの相反する条件。口解けよく、しかし溶けにくいこと。これを実現するために搾出機に求められるのは、より低温での搾り出し。そして温度を下げたことによって上昇するクリームの粘性に対抗するための、搾り出し圧のパワーアップ。そして空気をはらませて口解けをよくするための、微妙なスピード調整。より低温で手際よく搾り出せれば、ソフトはよい口解けを保ったまま、溶けにくくなるはずだ。


「ハヅキ先輩!どうするんですか、あんなこと言っちゃって」


普段はクールに構えているアゼクラ君が、すがるように私の腕を掴んでくる。まだ高校生なんだなと、こんな時なのに私は可笑しくなり、安心させようとその手を握ってあげる。そして、おびえる目を見て、頷いてみせる。


「大丈夫、私には、アガメムノンがある」


目の前にそびえる、新しいステンレスの外装を燦然と輝かせる搾出機。無数の兵を手足のように自在に操ったと伝えられる古代の軍神の名を頂く、レインボーソフト開発の第五世代である最新機種。その初号機が、どの支店よりも先んじて、神奈々店に試験導入されていたのだ。


マイナス30度まで、0.5度刻みでコントロール可能な温度制御。最大毎分2000ccを誇る、驚異の搾り出し圧。20段階で調節できる搾り出しスピード。最大7種類のクリームを同時搾出可能な配管設計。そしてこれまでに無かった、搾出口の口径調節機能。その性能の全容を知ってから私は、何度も本社に陳情して、なんとかこの店に試験導入してもらうことに成功したのだ。


私は見つめる。この機械なら。アガメムノンならきっと。


***


バイトが終わるたび、操作をかかりきりで覚えた。そして今私は、手馴れた手順で、搾出条件を設定する。私のプランはこうだ。基本コンセプトは、低温、ムラなく均一に、そしてハイスピード。強盗の興味深げな視線を感じながら、装置にプレーン味のクリームタンクを設置しているアゼクラ君に話す。


「いい、搾出口温度は、通常より低めのマイナス15度。口径は細めの7ミリ。これを搾出スピード15、つまり一分あたり1500ccで搾り出す」「1500!」アゼクラ君が大声を上げて、強盗がちらりと彼を見る。驚くのも当然だ。通常の設定は一分あたり800cc。この設定は、倍近いスピードになる。「だ、大丈夫なんですか」私は胸を張って強く頷く。自分を信じている。自分の今までを信じている。


「やるよ」「は、はい」


左手にコーンカップを持ち、右手で搾出制御パネルを調節する。


大丈夫、これはもう数え切れないほど、頭の中で繰り返してきた手順に過ぎない。


そしてゆっくりと、搾出開始ボタンを押した。

チャレンジが、始まった。


***


普通サイズの、紙を持ち手に巻いたコーン。これに通常の3倍量のクリームを乗せる。このためには、どうしてもサイドに張り出して積んでゆく必要がある。そのためには、摘み始めの土台となるあたりの強度が肝心だ。


それが分かっていた私は、細めに搾り出された純白に輝くクリームを、隙間なく均一に、しかしすばやく積んでゆく。常に下の段よりも少し大きな円を描くように、らせん状に隙間無く積んでゆく。左手の返しのよさが命。見る見る積み上がる、白い輝きの塔。トリプルロール、通常ではありえないその太さ。そばで見ているアゼクラ君が息を呑む。


想定している高さの三分の一に達した。ここを最大半径と考えて、ここから上は、らせんを絞り、尖らせてゆく。止まるな、手を休めるな、呼吸を乱すな、目をそらすな、集中しろ、集中しろ。


しかし。


おそらく、温度の上昇による崩壊。


純白のらせんは、最外層をずり落とすように、次第にその左右対称な美観を崩し始める。


ほんのわずかな予兆から始まって、それはなだれ落ちるように進行した。


ああ、だめ、まって、だめ、くずれないで、だめ、だってまだ半分しか、


「お願い!」


私の叫びもむなしく、美しい輝きは目の前を崩れ落ちて行き、ボタリとフロアに落ちて、無残に溶け広がった。


「ああ…」アゼクラ君の声。そして私は、絶望に目の前を真っ暗にして、その場にしゃがんでしまう。止めようとしても止められない、こみ上げてくる喉の動き。私は飲み込むように、ぐっ、ぐっ、と喉を鳴らす。そして、涙。


想いは、ずっと胸に抱いていた私の想いは、遂げられなかった。


身を乗り出して一部始終を眺めていた強盗が、何か言おうと口を開く。しかしそれより早く、アゼクラ君が、しゃがんでいる私をかばうように抱きかかえると、強盗に向かって叫ぶ。


たのみます、お願いします、もう一度、もういちど、ハヅキ先輩にチャンスをください。


一生懸命だったんです、ずっと、いつも社長のそばにいて、真剣だったんです、お願いします、お願いします。


強盗は何も答えない。


アゼクラ君は、震える私の肩をつかむと、優しく話しかける。


「ハヅキ先輩、ほら、もう一度やってみましょうよ、次はきっと、」


「だめ!もう無理!」


私は叫ぶ。こんなに想って来たのにだめだった。心が、もうもたない。


「ずっと考えてきたアイデアがだめだった、もう試せることなんて、何もないよ!」


ぼろぼろと涙がこぼれる。ああ私は、こんなにもトリプルを心の支えにしていたんだ。今、それがなくなってしまった。こんなにさびしくて、むなしくて、心細くて。


「バカヤロウ!」


不意に罵声が聞こえて、はっとしてそちらを見る。


強盗が私に怒鳴りつけている。


お前が打ち込んできたエネルギーは、かけてきた時間は、一度の失敗で壊れるくらいのものだったのか?


この銃の前に立ちはだかったぐらい、熱いお前の想いは、その程度のものだったのか?


そんな小さなものだったのか?


私は顔を上げて、不思議な気持ちで強盗を見る。その目は挑発的で、それなのにどこか優しく輝くのだ。


「どうした、ギブアップするか?」


「ハヅキ先輩」


肩にかかる、アゼクラ君の手。華奢な体つきのくせに、その手は大きくて、私の肩をやわらかく包み込んでくれている。その手を見て、私ははっとする。


まだ、試せることが残っている。


私はぐいっと手の甲で目をぬぐうと、声を上げる。


「やるよ、やってやる、私の全てを乗せて、トリプルロール、もう一度挑戦してやる!」


「ハヅキ先輩!」


かくして再び、伝説への私の挑戦が始まった。



(「3.伝説は、ここにある」に続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る