拳銃ソフト

wazzwallasis

1.ハヅキは主張する

「お前じゃ話にならないんだよ!正社員、正社員を呼べよ!」


威圧的にどなられた私は、もう我慢の限界だった。


そりゃあ私はバイトだけど、それでもお客さんに喜んでもらおうと、一生懸命にやってきた。その思いだけなら、正社員にだって負けてない!


私は自分の腕に自信を持っていたし、それに間の悪いことに、就職活動がうまくゆかずにカリカリしていた所だったから、人を人として扱わないその態度に、ついに堪忍袋の緒を切ってしまった。


「先輩、ハヅキ先輩、銃、銃」


カウンターの下にしゃがんで震えているバイトのアゼクラ君が、小声で囁きながら必死に私の制服の裾を引っ張ったけれど、どうにも我慢ならない思いに押されて、私は胸を張って立ち上がってしまったのだ。


目の前には、このところのニュースで話題の、警官から拳銃を奪って逃亡中のあの強盗犯。私に突きつけられたのは、件の拳銃。引き金には指が掛けられていて、丸い銃口が微かに震えている。小さな店舗のカウンターを挟んで、私たちは向かい合う。


「俺が言ってるのは、あの伝説のトリプルロールだぜ!」


「もちろん知ってますよ!この町の出身なら誰だって知ってます!」


強盗犯は、私の態度にいらいらする。


「どう見ても小娘のお前に、あれを作れるわけがない! 俺には時間がないんだ、作れる奴をさっさと呼んでこいよ!」


「何でそうやって、人を見た目で決め付けるんですか! 私のこと何も知らないくせに!」


カウンターの下で、まだ高校生のアゼクラ君が、ぎゃあっと声をあげる。


だいたい、唯一の正社員であるサボり店長(「さぼてん」と私たちは呼んでいた)だったら、客足が伸びる夕方ごろに「経営計画を考えてくる」とぬかしてパチスロに行ったきり、まだ戻らない。私とアゼクラ君二人きりで、学校帰りの中高校生でごった返した店の中、ひーひー何とか乗り切って、疲れきってようやく閉店業務かと思った矢先に、このはた迷惑な強盗犯が飛び込んできたのだ。


私の中でいろいろなイライラがぐるぐる渦巻く。そしてこのバカ強盗犯は、よりによって私のブーストボタンを押したのだ。


トリプルロール作れ、だと?


***


思えば、大学三年にもなって、私がまだここ『レインボーソフト神奈々かんなな店』でバイトしているのは、そのトリプルロールにこだわっているせいなのだった。


***


レインボーソフトといえば、私の地元真木まき町に11店舗を展開する、いわずと知れたソフトクリームのチェーンだ。プレーン、チョコ、ストロベリー、オレンジ、メロン、モカコーヒーの6種類の定番フレーバーに加え、季節の味(例えば巨峰。あれが店に並ぶ時期が本当に待ち遠しい)、合わせて7種類の味のソフトクリームを、良心価格で提供している。その味はシンプルだけど、素材の味が生きた後引く美味しさで、ついつい毎日通ってしまう。それに加えて、中高生限定のミニコーンが、どの味を選んでもなんと150円! おかげで学校帰りの夕刻には、季節を問わず店は大盛況になる。私も含めた真木町民は、誰もがレインボーソフトに育てられたと言っても過言ではない。


そしてトリプルロールとは何か。それは一言で言えば、「生きた伝説」である。


***


私が中学校の頃にはもうこの神奈々店はあって、だけど店舗はまだ改装前だった。


たしか2年生の夏休み、ブラスバンドの午前練が終わってから、私は何人かとこの店に来たのだった。


昔の店舗にもイートインはあったのだけど、そこにはやっぱり5人ほどしか座れなくて、その代わり店の前に何本も立てられたパラソルの下、私たちはめいめいベンチに陣取って、ぺろぺろとソフトを舐めた。


新調したばかりのマウスピースで熱を持ってしまった唇を、私はその夏最初のブルーミントヨーグルト味で冷やしていた。すると向かいでモカコーヒーをぺろついていたスネアのミノミが、「はずー(その頃の私の呼び名)、さっきのおっちゃん、見た?」と聞いてきたので、私は顔を上げた。店のウインドウ越しに見えた初老のおじさんの顔は鷲のように厳しく、白地にレインボーカラーのストライプが入った制服は微妙に似合ってなかった。ミノミによれば、あのおじさんがレインボーソフトの創業者ということなのだ。


「ああやって時々、真木中の店を回ってるんだってさ」「へえ」


私はもうあらかた食べてしまったブルーミントヨーグルトをしげしげと眺めた。言われてみれば、滑らかな舐め具合はいつもと違っているような気もして、私はもう一度、制服のおじさんを見た。あれが、生きる伝説か。


***


うちに帰って母に聞いた。


戦後の厳しい時代から高度成長時代。都会でもまれた創業者は故郷の真木町に帰ると、地元の若者たちに安価で安心な栄養を届けようと、食品会社を作った。同じように真木町で起業した会社は幾つもあったけれど、早くに氷菓に業種を絞り込んだ創業者の会社は、幾度も襲った不況や困難を越えて、いまや地元の愛すべき名店になったのだ。


創業者は苦労人の上に職人肌ともっぱらの噂で、当時は全国にも少なかったソフトクリーム搾出機の複数ライン化(ミックス味を作れるということだ)の独自開発に成功して、これがソフトクリーム分野での飛躍に結びついた。いまや搾出機メーカーとしても有名になったこの会社、磯出いそいで冷菓は、ソフトクリームショップ10店舗達成の際に会社名を「(株)レインボーソフト」に変更した。そしてその最新機はなんと、創業者の悲願だった、7色ミックスソフトを提供可能なのだ!


「だけどね、最初の頃は磯出さん、苦労したみたいなんだ」山のように茹でたそうめんをみるみる崩しながら、母は言う。ソフトで小腹を満たしてしまった私は、付け合せのかき揚げを箸で分解している。「自分でもお店に立ってソフト作るんだけど、時にはひどい嫌がらせも受けたみたい」それから、食べないならもらうわよ、と言って、せっかく私がきれいに並べたたまねぎとニンジンとちくわの輪切りを、残らずさらっていった。「そして、あの伝説の日がやってきたの」


めんつゆを飲んだわけでもないのに、私はごくりと喉を鳴らす。


・・・


度重なる地元やくざの嫌がらせに業を煮やした磯出社長は、とうとう懇意にしていた警察関係者に根回しをしてもらった。それから乱暴はなくなったのだけど、「客なら文句ないだろうが」と言う理屈で、今度は無理難題を吹っかけられるようになった。


いわく「出前しろ」、いわく「刺身に合うソフトはねえのか」、いわく「組長のわんわん(プードル)が食えるソフトをよこせ」、等々。そして店員ができませんと泣き出すまで、いちゃもんをつけ続けたのだ。


やくざ達は日々訪れる店舗を変えたけれど、その頃から店舗めぐりをしていた磯出社長との遭遇は時間の問題だった。


「ウチの用意できるメニューはこれだけだ。これ以外の注文は、営業妨害だろっ」磯出社長に粋に啖呵を切られて、やくざの若衆の出した注文、それがトリプルロールだった。


トリプルロール。すなわち三倍乗せ。


店員は青くなった。くちどけを重視するレインボーソフトの売りは、その柔らかさ。積まれたクリームは、シングル以上を積むと、自重を支えられず自壊してゆく。正規の1.5倍量でも積めるかどうか。


「よかろう、引き受けた。その代わりそれを食ったら、お前らの看板にかけて、もう無理な注文は止めてくれ」


磯出社長は、出された「できなかったら店舗をひとつたたむ」という条件を呑んだ。そしてその話は、磯出社長が見事トリプルロールを作った、という話でシンプルに結ばれる。


やくざがトリプルを味わったかどうかは伝わっていない。しかしそれから、嫌がらせは止んだのは確かのようだ。一説では、磯出社長の男気に、やくざの親分がほれ込んだ、とも言われている。


・・・


「そして磯出社長の作ったトリプルロールは伝説になったのよね」食後に母は、私が買ってきたカップのレインボーソフトを舐めている。


「どんな風に作ったの?」「さあ。それが謎なのよねえ」


・・・


もちろん、社長に直接質問したものは数知れない。その中には、かなりの割合で中高生が含まれている。


社長は何を聞かれても、なぜか苦笑いをして、「あれは、あの時、あの場所でしかできない作品だ」普通に作るソフトのほうがうまいに決まってる、と話をそらすのだそうだ。


・・・


このことがあってから、私はレインボーソフトの舌触りを確かめるようになった。私の家から自転車で通える所には、神奈々店含めて店舗は3つあり、こまめに通った私は、社長がいつそれぞれの店に立つか、大体分かるようになった。


社長が仕上げたソフトは、アルバイトや他の社員が作ったものよりも持ちが良く、それでいて舌の上ではべたつかずにフワリと溶け広がる気がした。イートインから社長の手元を凝視して分かったのは、社長のソフトをつくる手際は、他の人よりもだいぶすばやい事、そして動作に無駄がなく、手返しのスピードが均一であるということだ。それから社長は、店舗の室温と湿度の変化に合わせて、搾出機の設定を、微妙に調整しているようだった。


社長の観察目当てで通った私を、社長は認識していたようだった。あるとき私は思い切って、季節限定のハニーメイプルズを受け取りながら聞いてみた。「社長さんのソフトのふわとけ感は、心持ちクリームの温度を低めに設定して、かつ手首を返すスピードで、ソフトが空気を多く含むように作っているからですか?」すると厳しい鷲顔は、唇を吊り上げて歯を見せた。すわ怒鳴られるのかと私はドキドキしたのだが、それが社長特有の笑い方だということは、「よく観察したな」と言って彼がワンカップ無料券を渡してきたときに気づいた。


私は家についてもまだドキドキしていて、それから高校に入るとすぐに神奈々店でバイトを始めた。大学進学率がそこそこの私の高校は、少しでも高卒の就職率を上げようとバイトでの社会体験に寛容だったから、私は心置きなくレインボーソフトで腕を磨いた。


社長には時々会った。私のことを覚えていたかどうかは分からない。時間の許す限り、私は社長にくっついて、彼の手返しを観察した。それから機械の設定を盗み見た。社長はいいとも悪いとも言わず、しかし私がそばに立った時は、少しだけ体を開いて、手元が見えるようにしてくれた。


私は真剣にトリプルロールを作ろうと思っていたのだろうか。それは、よく分からないとしかいえない。ただ、真木町の誰もが目を輝かせて話す「生ける伝説」が手の届く所にいて、そしてその伝説が、ごく普通の店舗でなされたという事実。私はその事実を、自分の手の感触として感じとりたかったのかもしれない。


思えば、私にはとんがったものが何もなかった。似たような周りの人たちと必要もなく比べあい、お互いに削りあってどんどん丸くなっていた。丸くなった体から伸ばす手では、見えるところにあるものしかつかめなくて、そしてそれらは大抵、誰かが散々触って捨てたものだった。


そんな私が、自分でも何がしたいのかよく分からないまま、思い立って始めたレインボーソフトでのバイト。私は、自分の下した始めての決断らしい決断にすがり、そこになにか転がりだすためのきっかけを、無意識に求めていたのかもしれない。


・・・


地元の商科大学に滑り込んだ私は、授業もサークルもそこそこに、足繁く神奈々店に通った。時給はいくらか上がって、それに比べるとソフトを作る腕前は格段に上がった。その間も、トリプルロールのことをずっと考えていたが、実行に移すのには、なぜかためらいがあった。美味しく食べられるために作られるソフトクリームを、技を試すために作ることに罪悪感を感じたのだろうか。


友人は、レインボーソフトでバイトを続ける私を不思議がった。私のトリプルへのこだわりを知っている人に、作れるようになったかと尋ねられることもあった。しかし、いつのまにか社長とおなじように、話をそらしている自分がいるのに気がついた。


私は社長がその話を語ることをあまり好まないことを気にしていた。トリプルロールには、気安く触れてはいけない。よく分からないのだけれど、その思いは次第に強くなった。


私はせっせとソフトの腕を磨いた。しかしトリプルを試す機会を自ら作ることはなく、そのような依頼もなかった。彼のような存在ができかけたこともあったが、高くもない時給のバイトを、何をおいても優先する私のこだわりを見て、いつか疎遠になった。


二年おきに店長は交代して、その度に私は指導にあたった。今の『さぼてん』は去年から来たのだが、仕事に対する情熱は見るからに薄かった。さぼてんは、バイトの小娘に指導されるという事について露骨に嫌悪感を示し、その態度は今に至るまで変わることはなかった。彼の口癖は、「こんなチンケな会社、早く辞めてやる」「これだから田舎は」であり、腕の立つバイトをやっかんでは、つらくあたった。古株の何人かが彼のせいで店を止めて、バイトいびりが店の営業のためによくないことにようやく気づくと、今度はベテランに店を丸投げして、サボるようになった。


アゼクラ君は春からのバイトだ。優秀な彼は、都会の大学の推薦入学を狙っていた。高三からのバイトは珍しいが、入学してすぐに留学することを考えていて、お金を貯めようと近所の神奈々店に来たのだった。家が近いこともあって、私は彼の顔をなんとなく知っていた。彼はすらりとしていて、顔もなかなか可愛かったから、彼目当てで通ってくる女の子も少なくなかった。


その頃にはバイト希望者も減っていたから、飲み込みの早い彼は、すぐさま神奈々店の即戦力となった。しかし彼の性格は軽くて、仕事に真剣になることを、どこか小ばかにしていた。「ハヅキさん、硬いっすよ」「楽に行きましょうよ」と言ってはすぐに手を抜くから、その度に私はイラッとした。彼はトリプルロールの伝説を信じてはいたけど、「まあ小さな話っすよね」とばかにしていた。「世界に比べりゃ、なんてことない話ですよ、実際」


怠惰なさぼてんとチャラいバイトに囲まれて、この頃の私は、レインボーソフトでのバイトは半ば惰性になっていた。大学3年になっていた私は、就職活動を始めていた。私は、もう食品から離れた業種に就職しようと思っていた。バイトを長く続けた事は、あまりプラスに働くようには思えなかった。一度しか使われなかったエントリーシートと履歴書が積み上がるにつれて、私は自分に自信を持てなくなっていることに気づいた。


レインボーソフトへの想いは、いつしか色あせていたが、店でソフトを作っているとき、不意にこみ上げてくる瞬間があって、そんな時私は、ソフトにかからないように気をつけながら、ため息をついた。さぼてんはますます業務に力を入れなくなり、アゼクラ君はそんな彼を陰で小ばかにして薄笑いを浮かべるのだった。私はそれとなく、前の店長にさぼてんの交代を聞いてみたが、彼は申し訳なさそうに、よほどひどいことをしない限り、そのようなことは難しいのだと言った。


***


多分そんなイライラが募っていたから、私は強盗の要求に反発してしまったのだろう。


***


「トリプルロールのことなら、私は誰よりも研究してきたし、作れるようにって、努力もしてきた! 誰にも負けない自信がある!」


カウンターを叩きつける勢いで、私は銃の前で主張する。


しかし強盗は、私の一つしかない心のよりどころを歯牙にもかけず、あざけるように笑うのだ。


うぬぼれるなよ、小娘の努力なんて、たかが知れてんだよ、外の世界の厳しさも知らないくせに、なにいきがってんだよ、世の中にゃすごい奴がゴロゴロいて、お前みたいな口だけの奴なんて、何の力も持たないんだよ、こんな田舎のソフトクリーム屋で鼻高くして、いったい何になるってんだ、たかが食いもんだろ、なに胸張ってんだよバカ!


「バイトは引っ込め、はやく正社員を呼んで来い!」


その強盗の言葉は、私の心の柔らかい所をえぐって、ついにこらえていた思いがあふれ出してしまった。私は目を真っ赤にして、強盗に叫んだ。


なんでそんな悲しいこと言うの、あなたや私を作って育ててくれた大事な町じゃない、代えのない、他のどこにもない町なんだよ、誇りだよ。


このお店だって、いつでもあなたを受け入れてきた、それだけで十分じゃない、行ったこともない遠くの世界と、何を比べる必要があるの。


私はそれを大事にしたいし、みんなの心の憧れになっているトリプルロール、こんなにすごいもの、他にないと思ってる。


大切にしようよ、自分の気持ちも、ふるさとも、こんなに嬉しいことじゃない、


「お願い、もう悪く言わないでよ」


私は両手で顔を覆ってしまう。強盗は黙って私を見る。カウンターの下でアゼクラ君が、何も言わずに考えている。


「お前、自分にトリプル作る腕があると思ってるのか」


私は顔を上げて、涙を隠さずに強盗を見る。


「私は誰よりも、トリプルロールのことを考えてきた。お願い、私にやらせて、私以外に頼まないで」


聞いて強盗は、つかの間、ぼんやりと私を見た。それからボソリと言った。


「やれよ」「…え?」

「そこまで言うなら、やって見せろ」「あ…」

「お前の青春すべて乗せてきたトリプルロール、作って見せろよ!」

「あ、ありがとうございます!」


強盗は何かをこらえているように顔をしかめると、「俺には時間がない。ちゃっちゃとすませろ」と言った。


私は勢いよく「はい!」と返事をする。


「アゼクラ君、お願い!」「はっはい」アゼクラ君は、おっかなびっくりカウンターの下から出てくる。


強盗は拳銃を持ったまま、カウンターに寄りかかっている。


店のウインドウから見る外は、もう薄暗い。看板の照明を落としてしまった店には、新しい客はもう来ない。


こうして、私のトリプルロール挑戦が始まったのだ。


(「2.アガメムノン」に続く)

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