言わなくても分かる この気持ちは少し嘘だ

その言葉は、嘘だ。


 校門と一年生用の校舎との間にある中庭のベンチで寝ていると、突き上げるような衝撃が雨宮の背中を襲った。


「うおっ」

「よう、零央。先日のお返しだ」

「……そいつはどうも、悠二」


 どうやらまだ根に持っているらしかったが、これで帳消しである。


「またサボってんの」

「英語は出る必要ないからな。ったく、化学と時間割を交換しろって話だよな。そしたら午前で帰れるのに」

「そういう戯れ言を口にできるのはお前くらいだ」

「で、そっちはどうした」

「国語教師のジジぃ、腰痛で立てなくなったらしい」

「そいつはご愁傷様だな」

「そういや聞いたか? 白澄でまた窓ガラスが割られたって話」

「……らしいな」


 日曜日の深夜に白澄高校に侵入した何者かが犯行に及んだらしい。

 どうやら防犯カメラに犯人の姿の一部が映っていたらしく、身元の特定を急い

でいる、というニュースを登校前にテレビで見た。


 警備員が交代で手薄になる時間帯を狙われたのだとか。

 犯行に使われた凶器はスパナ。

 指紋はついていなかったらしく、近所のDIY専門店が警察に販売履歴を提出するような事態になっているようだった。


「朝っぱらから警官サツに事情聴取っぽいのくらったぞ」

「やるじゃん悠二。やっぱりその金髪が駄目なんじゃね? 疑われたんだろ」

「んなわけねぇじゃん。身長が割り出されてる以上、俺じゃねぇよ」


 防犯カメラに映った人影の身長は175センチを超える。

 雨宮も夏目も170センチばかし。

 二人とも犯人像とは明らかに異なる身長だ。


「なんか俺の友達でああいうことやりそうな奴がいないかって聞かれた。真っ先に零央が浮かんだから答えておいたけど」

「ばっかやろう、なに適当なこと――」


 雨宮は跳ね起き、右手に拳を握った。

 ……が、夏目がしてやったりの表情を浮かべたのを見て、すぐに脱力する。


「冗談に決まってるだろ。んな馬鹿なことするダチはいねぇって言っておいたよ」

「……ったく。だったら最初からそう言えよ」


 空いたスペースに夏目が腰掛ける。

 右手に握っていた缶コーヒーを開封して、飲み始めた。


「……つうかよ、なんでまた白澄なんだろうな。警戒されてるって分かってるだろーに」


 実際のところは心底どうでもいいという印象を滲ませて、夏目がそう零す。


「さぁな。なんか事情があるんだろ」

「もしかして捕まりたいのかもな」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。犯行に及んだ理由なんて俺たちみたいなガキに想像つくかよ」

「……まぁ、それもそうか」

「それより、事件のせいでまた教室が騒がしくなってんの、マジで勘弁なんだよな。白澄に知り合いがいるクラスメイトがイキりだすしよ」

「非日常の情報源になれるんだからはしゃいじまうのは無理もねぇ」

「はー……ダルい……」


 吐く息が白い。

 週末の夏日から一転して、寒空が広がる月曜日。

 隣校で事件が発生したこともあって浮き足立っている生徒とピリついた教師たち。


 どうにも落ち着かない。


 缶コーヒーを一気に飲み干した夏目が、数メートル先に設置されたゴミ箱へ空き缶を放り投げる。綺麗な放物線を描いた空き缶がからんころんと音を鳴らす。


「そういや真田のやつ、彼氏と別れたんだってな」

「……らしいな」


 夏目の呟きに、雨宮は感情を殺して適当な相づちを打つ。

 連絡をもらいはしたけれど、その原因は流石に聞けない。


 どうして別れたの――なんて、どの立場で聞けって言うんだ。


「原因なんて本人のみぞ知るってことでいいけど。聞いたところで面白くもねぇしな」

「つうか俺ら、エリナを応援する義理とかないしな。フィーリングが悪いんだったらサヨナラバイバイ。十代の恋愛なんてどいつもこいつもそんなもんだろ」

「相性が悪けりゃ取っ替え引っ替え、グループ内でコロコロ相手を変えてヤりたい放題。倫理観とか未熟で情動とか本能が溢れちゃうからそういう野性じみたことできるんだろうけどさ」


 言いながらケラケラと笑う夏目。


「ヤったのかね、あいつ」

「知らねぇし、知りたくもねぇ」

「まぁ、確かに。知り合いのそういうのって想像したくはねぇな」

「だったらなんで話題にしたんだよ」

「気にはなるだろ」

「なにが違うんだよ、それ」

「例えば友達がAVに出ていたって噂があったとして、その噂の真偽は知りたいけどAVそのものはみたくねぇ、みたいな」

「……アホらしい」


 雨宮がふと視線を逸らした先、中庭の端に見える小さな時計台が昼の十二時を指そうとしていた。

 そろそろ昼休みの時間。


「そろそろ学食に行くけど、悠二はどうするよ」

「おー、いくいく。……あれ、そういや零央さ、その鞄にエリナからもらったストラップついてたろ。なくしたのか?」

「ああ、あれね」


 何気ない夏目の質問。

 雨宮は軽薄に笑って答える。


「気付いたらなくなってたんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る