STORIA 54

僕は食べ終えた皿を流し台まで運ぶと、いつものように彼の作業の手伝いに入る。

気付けば、日課になっていた。

時間に追われていたり、何かをしている時は余計なことを考えずに済むから楽だ。

都の傷痕を心の片隅から完全に切り捨てることは出来なかったけれど、皆で談笑するゆとりが心配事から僅かに僕を救ってくれた。

「やっぱり、女の子がいると違うな。場が華やかになる。我が家の、紅一点だ」

嬉しそうな口調で、八尋さんが言う。

「こういってん?」

銀花がまた、不思議そうな面持ちで僕に問い掛けた。

そんな彼女に応えるため膝を折り、目線を合わす。

「女の子が、一人だけっていう意味だよ」

彼女は疑問に感じた言葉の意味合いが分かると喜びを覚えるのか、満面の笑みを浮かべて見せる。

こういう姿を目にしていると、年頃の人間は単純だなとも想ってしまう。

だけど、都の傷を告げた時の銀花の佇まいは驚くほどに大人びたものとして、この眼に映った。

瞬時にして、背筋を冷たくさせるような揺るぎのない表情とでも言えばいいのか。

それも、思春期ならではの特有の物なのだろうか。





「八尋さん?」

後方の食器棚に皿を収めていた八尋さんの咳き込む姿が目に止まり、僕は想わず声をかける。

「ちょっと、すまんな」

彼はそう言うと口元をハンカチで押さえたまま、場を離れた。

僕と都のことや、少女の世話で彼に負担をかけてしまっているのかも知れない。

そう想うと、申し訳なさで一杯になってしまった。

しばらくすると、八尋さんは調理場へと戻ってきた。

「あまり、無理をなさらないで下さい。風邪も悪化すると、厄介ですから。僕に出来ることがあれば、何でも言って下さい。限りのことは尽くします」

僕の想いに、八尋さんはすまなさそうに礼を言う。

寧ろ頭を下げるべき立場にいるのは、こちら側なのに。

少しでも彼に身体を休めて貰いたくて、僕は残りの雑用等を全て引き受けた。




「おはよう、黎。秀蔵ちゃん、いないのか」

八尋さんと入れ替わりに、都がリビングへと姿を現す。

普段と変わらない彼の表情に、僕は安堵の溜め息を零した。

都は自分の席に用意された食事を軽く確認すると、足りない物を補うように冷蔵庫の扉を開けて食材を探り始める。

充分に見定めた中から彼が取り出した物は、加熱しなくても食すことの出来るタイプのナゲットだ。

小皿に盛り付属のソースをかけると、満足そうに口に運んでいる。

好む食材は軽めの物が多いのに、食べる量は決して少ないとは言えない都だ。

「相変わらず、食欲旺盛だな。都は」

「まあな。それより、黎。最近はすっかり、主夫じゃん。家事手伝いに目覚めたか」








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