STORIA 33
働き盛りの青年が人様の持ち家で世話になりながら、想うままに振る舞う生活など、考えられない話かも知れない。
それでも、構わなかった。
迷盲だと言われても、本道から逸れた現在の場所で、少しばかりの自分探しと向き合ってみたかった。
僕の意識は誰よりも一足速く、目的地の釧路へと辿り着く。
願い通りの雪景色を双眸に焼き付けたいのだと湧き上がる想いを手繰り寄せながら、時の訪れを待っていた。
窓際を眺めていた都が、シートベルトで固定された身体を無理に前倒しにして、外界を覗き込む。
機体が、最終着陸体制に入ったからだ。
巡航も終わりを迎えようとする航空機が、降下を目指してエンジンの出力を絞る。
微かに下方へ傾く機体に、僕も都の身体越しに窓の外へと目を遣った。
国境のない、都心と同じ日本という大地に降り立つのに、まるで異国に来た気分になるのは、どうしてだろう。
無事に滑走路上に達した、航空機の窓に小さく見える最北端の空港は、都心よりも小規模で、どこか穏やかさに包まれていた。
機内の小窓からは、その嵩を押し量ることは不可能だけれど、周囲では積雪も視認できる。
「空港を題材にした、映画やドラマに使われているテーマ・ソングが聴こえてきそうな雰囲気だな」
腕を伸ばし、自分の荷物を降ろしながら、都が言う。
いつもの僕なら、彼の言葉をからかうけれど、何故だか素直に肯ける。
「ご搭乗、お疲れ様でした。ANA741便は、十二時五十五分に到着致しました。お忘れ物にご注意の上、またのご搭乗をお待ちしております。それでは、お気を付けて、行ってらっしゃいませ」
客室乗務員に笑顔で迎えられ、到着ロビーから空港の外へと向かう。
小窓から取り入れることしか出来なかった風景が、全身で体感する現実が控えていると想うだけで、感情を高揚させていた。
「黎。持ってきているだろ、羽織り物。着た方がいい」
都に促され、僕は大型の鞄から東京で着用していた物とは別の防寒具を取り出す。
同時に都も、手持ちの荷物を何やら探っている。
沢山の物が詰め込まれた中から、彼が掬い上げた目当ては、スマートフォンだ。
「まずは、記念に一枚を撮らないとな」
そう言って、誰かに撮影を頼み、自分達を写すのかと想いきや、都は携帯片手に歩を進めながら待機をしている。
どうやら、外の景色を撮ろうとしているみたいだ。
「カメラマンになりたいなんて言っている割には、スマホで撮影するなんて、随分と妥協しているんだな」
皮肉を吐く僕に、都は故意に携帯のレンズをこちらへ向けて見せる。
僕は、それを片手で阻んだ。
「機材は、出発前に伯父のところへ先に送ってるよ。さすがに、これ以上の手荷物を増やす訳にはいかなかったからさ。それに、黎。最近の携帯のカメラ性能は、一眼レフに劣らない位に進歩している型もある」
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