STORIA 28

もっと想うままに未来を辿ることが出来たならと願う、僕の隠れた真意を引き出してくれたのが親友の都であるなら、決断する勇気をくれたのは彼女とも言えるだろう。

「優しいのね、黎は。実は私、懸賞応募に嵌まっていた時期があって、当選した物があるのよ。ほら、これ」

母が差し出した物は、二枚の入場券だ。

紙面には放送局でも話題の、上映間近の映画のタイトルが記されている。

特に興味を駆り立てられる物ではなかったけれど、僕は母の手から一枚の入場券を抜き取った。

「明後日から、上映開始なのか。母さん、一緒に見に行こう」

「いいわね。黎と映画鑑賞なんて、久し振りだわ。黎が、小学生低学年の頃以来かしら」

彼女は喜びを噛み締める様にして、眼を細める。

最も身近に存在する限りのない愛情を深く感じ受けたこの心は、言葉では語り尽せない感情を胸中に終い込む。

数冊の本を腕に抱え、再び屋外へと足を運んだ。




僕は、家族と過ごす時間を大切にする。

今、ここにある全ての現実を、当然の事だとは想っていない。

慣れ親しんだ地を手離す時期が迫る度に、何かの弾みで失うことになるかも知れない日常の一駒を、奇跡の様にも感じているからだ。

いつの間に夜が明けるのが、こんなにも遅くなったのだろう。

一日の始まりに身体を起こし、忙しく動いていても、暖かく街を照らす陽射しは微睡む闇の淵に沈んだままだ。

不明瞭な白昼も夢の最中に漂う幻を見ているようで、その短さが冬至の知らせを告げる。

呼気に惑うほど、仄かに霞む気体が全身を強張らせていた。

都心より僅かに先を移ろう季節に包まれた彼の地では、雪が辺り一面を銀白色に染め上げているのだろうか。





「黎。荷物は、これだけ? 他に忘れ物はない? ああ、私。財布は持参してるかしら」

自家用自動車のトランクに、僕の長期滞在分の衣類等を含む鞄やケースを一通り詰め終えた母が、慌ただしい様相で自身の手荷物を探っている。

今日、僕は彼女の車で羽田空港国内線旅客ターミナルへと向かう。

名ばかりの運転免許を持つ僕は、遠出の際には決まって母の車を利用する。

普段は可能な距離なら、徒歩や電車で移動をしていた。

三年間、通い続けた職場までの道のりだって、そうだ。

母は、数日前から羽田まで必ず見送りに行くのだと、強く言って止まない。

頑な意思表示に押されて、彼女のご希望通り、運転は任せようと想う。

「母さん。慌てすぎだよ」

脇から母の行動を眺めていた僕は、彼女のどこか落ち着かない様子に小さく笑った。

釧路へ発つのが僕ではなく、まるで母が旅立つ様に見えたからだ。

「あ、そうだわ。これ、黎の荷物の上に置いてあったんだけど。一緒に持って行くの?」

母が、一通の封書を差し出す。

「うん。都に、見せてやろうと想ってね」

茶封筒を受け取り、少しだけ自慢気に言う。







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