STORIA 97
「それは間違っているよ。伝えるべき意思は、はっきりと言わなきゃいけない。自分がするべき事をしているなら、尚更。一度相手に強く噛ます位の心構えを持ってみてもいいと想うよ。怖がる事もない。そうすれば未だ見ぬ結果が君を迎えてくれる筈だ。勿論、好い結果に恵まれるという意味でね」
「僕にそんな事出来るでしょうか……?」
「出来るよ。君は気付いていなさそうだけど、確りと自分の意見を言える一面も持っているじゃないか」
「そんな筈は……」
「俺が蘭の話に触れた時、君は拒絶する想いをちゃんと言葉にしていただろう?」
「それは蘭が……」
「好きだからだろ? 失いたくない存在を切り離されるという不安に怯えたから、君は胸の内に控えていた感情を露にせずにはいられなかった。正直に言葉として形に出来た。それは当然の感情だと想う」
そうだ、僕は学生の頃も、蘭の事に構って来る人物が居れば、不満な感情を剥き出しにしていた。
普段ならとても太刀打ち出来そうもない相手にも、躊躇する事もなく自分の想いを言葉にしていたんだ。
たった一つの支えを失う事が怖くて。
だけど、一瞬の声音の力も弱さの影から生まれる物なら綺麗な物抔ではない。
そんなこと、何の自慢にもならない。
「それでいいんだよ。職場でも自分を抑える必要なんかないじゃないか。辛いなら誰かに寄り掛かればいい。そんな事も許されない世の中じゃない。人ってそれ程までに冷たい情の持ち主ばかりじゃないよ。もっと目を凝らして深く覗いてごらん。必ず何人かは君の想いを理解してくれる人が居るよ。それを見落とさないでいて欲しいんだ」
「絲岐さん、あなたは本当に優しい人なんですね。職場の人達が辛く僕に接して来る事、そこには要因となる物が必ずあって、僕にも原因があるのだという事をあなたはとっくに気付いている筈なのに、僕を気遣って傷口に触れないでいてくれる。以前、勤めていた工場会社にもそんな優しい人がいました。でも、僕には優しい言葉を貰える資格なんてないんです」
「それでも、君なりに一生懸命に頑張って来たんだろ?」
「そのつもりでしたけど、今となっては何だか分からなくなってしまいそうで不安なんです。人によって物事の基準が違う様に、僕の頑張りなんて物も周りから見てしまえば努力の欠片にも及ばないんじゃないかって。実際にそう言われる事も何度かありました。僕自身の考えに甘えがあった事を重々認めてもいますけれど、仕事の事だけを考えて一つずつクリアしていこうと想う裏でまた何か言われるんじゃないかなって。妙にその人の視線が気になって結果、過去に学んだ筈の作業でミスったり。周りは四、五個以上の作業内容を覚える事位なら、ほんの数秒の間に可能で。その日、耳にすれば二度と忘れないし、同じ間違いを起こす筈もないって言うけれど、僕には到底無理な話で何度も同じ処で失敗を繰り返していたんです」
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