STORIA 80

僕の視線に気付く事のない彼女は気に入りの絹のストールを大切そうに膝に掛け、その指先で壊れ物でも抱く様にある包みを手にしていた。

例の男性からの贈り物だろうか?

母にとって余程の宝物だと見える。

包みの外には仄かな赤と緑、二色が折り成すリボンが添えられ、細く華奢な装飾物は彼女の冷淡な心には決して似合いもしない。

その物が彼女が想いを寄せる相手からの贈り物であるなら今、あなたは少女が抱く恋心の様な想いで相手の存在を深く慕っているのだろう。

愛しい者に出逢えた瞬間には本能が女性でいたい、と華の様に儚げな心で誰かを想い続けているのだと、鬼の様な感情の片隅に小さく残る想いがあなたの躰から見え隠れしているかの様だった。

誰かを愛する心が存在するなら、何故その心で僕の事を愛してはくれないのだろうか。

僅かでもあなたから親としての愛情を受ける事が出来たなら、僕を包む空気は、その色は明日にでも姿を変えてくれるのに。





母は身支度を始めていた。

当然、プレゼントの贈り主に逢う為にだろう。

室内に彼女の存在が確認出来なくなると、僕はリビング奥へ喉を潤しにと足を踏み入れた。

開いた冷蔵庫の向こう側、洋棚の片隅に置かれた先程の二色のリボンを纏う貰い物が、僕の目元に好奇心を掻き立てるかの様にしてちらつく。

あの人がとても大切そうな心で執着していた、そこにある物が気になって仕方がないんだ。

人に対しても物にも余り執着しない母なのに、繊細に扱おうとする指先で包みにそっと触れる彼女の姿を目にしてしまった僕は、こんな小物にさえも劣ってしまう存在なのかと悔しさに輪が掛かる。

僕は息を殺し、閑かに茶色い包みを開け様と試みた。

二色のリボンに指先を潜らせ、中を覗こうとする。

だけど、妙に違和感を覚えもした。

リボンは随分と古い物の様で、そばで見ると色も褪せ切っていた。

幾ら何でも他人が、こんな物を贈り物にしたりする物なのだろうか。

形を隠す固形の正体を僕は無性に知りたくなって、茶色い包みに再び手を掛けた。

だけど、後悔がすぐに襲う。

何かの足音が戻る気配がし、勢いよく玄関扉が閉まる。

"しまった……"、と心が悔やみの声を上げた時には僕の耳を押し潰す様な母の声と姿ばかりの美しい、その指先がこの全てを払い除けていた。

「それに触らないで頂戴! いい? 二度とその包みに触るんじゃないよ!?」

母の想いが怒涛の様に僕の聴覚に流れ込んで来る。

一度に想いを吐き出した彼女は包みを両手で守る様に胸元に抱き、荒く呼気を取り乱したまま、次第に下がりゆく心拍数を整えるかの様に呼吸を落としていった。




「あんたを訪ねて来た人が居るのよ、……出なさい」

彼女は吐き捨てる様に言葉を残すと、早速に僕のそばを立ち去った。

「……僕を……?」

傷みを抱えた心のままで、閉ざされた重く厚みのある扉を恐々と押し開けてみる。

そこには初めて目にする男性の姿が僕を待っていた。








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