STORIA 71
蘭を一人の女性として愛しいと想う反面、僕より明らかに幸福な立場で居る彼女をただ人として羨む事もある。
そして僕の全てが上手く行かないのは蘭、君のせいだとその心を責める時さえもある。
君が僕のそばに居ないから。
どうして行ってしまったんだ。
自分の声が、心が必要とする人間に届かない事が、こんなにももどかしい事なんだと想い知らされている。
こんな自分は大嫌いだ。
自分が幾ら哀しみに覆われているからって、そんな想いを抱く事は彼女を敵視する様な目で見ているのも同然だ。
ごめん、蘭……。
蘭、君に逢って早くこんな想いは忘れてしまいたい。
君なら靄に包まれたこの心、きっと覚ましてくれる。
今、僕の声が届かない事が悔しい。
あんなに近くに居た君なのに。
君がここに居なくて、僕の言葉を受け取れる距離に居なくて、そんな中、僕は君が帰国するまでの後九ヶ月という月日をどう過ごして行けば……。
あの時と同じだ。
君が空港から姿を消した瞬間に抱いていた想いと。
終えた食事の皿を覆い隠す様に、テーブルに俯せになっていた。
僅かな頼りだった照明具から零れる暖色が、閉ざした瞼によって遮光される。
明るみを帯びる幸せそうな話し声と、屋外の路上を行き交う車の音だけが淋しく僕の耳に響いていた。
僕は独りだ……。
哀しい程に自分は独りなのだという事を想い知らされている。
生きた周りの音に。
存在感のある人達の動きや声に、独り佇む僕の姿だけが浮き彫りになっていく。
僕は何だか怖くなって、ここに居る自分の現状さえ認めたくない気分を味わってしまっていたんだ。
他人の幸せに満ち溢れた表情を見るのが何より辛くて、塞いだ瞼を押し開ける事にも勇気がいる程だった。
空になった食器を肘で退け固く押し当てた額をテーブルから上げもせず唯一、人の言葉を受け取れる耳だけを解放し、残る感覚器の全てを閉ざしている。
僕が本当の孤独な生き物だという事を実感しなくて済む様に。
人混みを嫌う自分が常に存在していても、こんな場所へ自分から足を運び求めて来る程、何らかの形で誰かと繋がっていたいと想う心が残っていたから。
張り詰めた聴覚が他の全ての感覚を集めた様に敏感になって、周りから聴こえて来る話し声を一言も逃さずに受け入れていた。
独り交わす言葉もなく、笑顔見せる相手も居ず、静かに座っていると様々な人の想いを耳にする事がある。
他が幸せそうに話す内容など聴き入れたくないと想う程に、伝わる言葉は輪郭をはっきりとした物に変化を遂げ耳底の芯まで届いて来る。
僕の左側のテーブルで食事をしていた恋人同士が席を離れた後、入れ替わりに賑やかな四人連れが席に着いた。
辺りは一瞬で慌ただしい空気に染まる。
男ばかりの四人、大学生だろうか。
そこに華と呼べる存在はなかった。
気が付くと僕は、彼等の会話にじっくりと聴き入ってしまっていた。
何という事はない会話。
男ばかりの食卓に不満なのか満足なのか、四人で馬鹿やって騒ぎ立てている。
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